3. 切なる願い

 魔王の最後の一撃。巨大な閃光が放たれる瞬間、リリーは真っ青な顔で窓辺に立ち尽くしていた。小さな体が恐怖で震える中、彼女の瞳に映ったのは、信じがたい光景だった。


 巨大な黒い影が、まるで盾のように村の前に立ちはだかる。そして、躊躇することなく、その身を挺して閃光をその身に受けたのだ。


「あっ!」


 リリーの小さな声が、静寂を破った。誰かが、命を賭して村を守ろうとしてくれている。その熱い想いが、小さなリリーの心に深い衝撃を与えた。恐怖と共に、感謝の念が胸に込み上げてくる。


「お願い……、無事で……」


 ギュッと手を合わせ、かすかな祈りの言葉が、リリーの唇から漏れる。


 刹那、天も地も眩い光に覆われた。それはまるで新しい太陽が村の上で生まれたような、膨大な激しいエネルギーの発露だった。


「キャァ!」


 リリーは両手でフクを抱きながら床にうずくまる。小さな体が恐怖で震える中、彼女の心の中では、黒い影への心配が渦巻いていた。


 ズン!


 天地を揺るがす衝撃音が村中を襲う。まるで世界の終わりを告げるかのような轟音だった。同時にすべてを飲み込むような衝撃波が辺り一帯を覆っていく。


「いやぁぁぁぁぁ!!」


 リリーの家も屋根が吹っ飛び、まるで紙の模型のように一瞬で瓦礫と化した。それはまさに絶望的な悲劇だった。


 一方、漆黒の彼もその猛威に耐えきれず、バラバラに吹き飛ばされていく。燃え上がる麦畑に、彼の身体の破片が星屑のようにばらまかれていった。


 絶望の香りと焦げた麦の匂いが混ざり合う中、巨大な灼熱のキノコ雲が上空へとゆっくりと昇っていく。激しい熱線を放つその姿は、まるで世界の終わりを告げる不吉な死神のようだった。


 しかし、彼はそれでは終わらなかった。散り散りになった身体が、まるで意思を持つかのように徐々に集まってくる。


 やがて、かすかな意識が戻り始めた。


「くぅぅぅ……」


 かつての巨体に比べればはるかに小さくなってしまったが、彼は何とか立ち上がる。辺りを見渡すと、一帯は地獄絵図と化していた。


 キノコ雲の下で、魔物たちの多くが焼き殺され、次々と魔石へと変わっていく。その光景は、まるで星が地に落ちたかのようだった。


 村は彼の身体がガードしたおかげで燃えてはいなかったが、衝撃波で多くの建物が倒壊している。かつての平和な風景は、もはやどこにも見当たらない。


「あ、あぁぁぁ……」


 彼は青ざめた顔で、自分の無力さに愕然とした。


「ハーハッハッハッハーー!!」


 魔王の勝ち誇った笑い声が、荒廃した大地に響き渡る。黒龍に乗った彼の姿が、徐々に遠ざかっていった。


「くっ! リ、リリーは!?」


 彼は認めたくない現実に震えながら、急いでリリーの家に向かう。しかし、そこで目にしたのは崩れ落ちた家の瓦礫だった。


「リリー! ダメだ、リリーー!!」


 彼は必死に瓦礫をどけていく。あちこちについた赤い目からは止めどなく涙がこぼれていった。


 柱をどけ、レンガを掘り、そこで目にしたのは――――、リリーとフクの無残な姿だった。


「ぐぁぁぁぁぁ!」


 彼の悲痛な叫びが村を震わせる。その声には、深い悲しみと自責の念が込められ、まるで魂そのものが引き裂かれるかのようだった。


 彼の漆黒の姿が、まるで砂時計の砂のようにみるみるうちに崩れ始める。無数の粒子となってさらさらと、リリーとフクの遺体の上にゆっくりと降り積もっていく。その光景は、彼の悲しみが少女と子犬を包み込むかのようだった。


 その時だった。不思議な、しかし神秘的な現象が始まったのだ。降り積もったゼロの身体が、まるで夜空に輝く流星群のようにあちこちから閃光を放ち始める。そこから放たれる神聖な力は、生命の源そのもののように純粋で、黄金のような輝きを放っていた。


 その光は、リリーとフクの体を優しく包み込み、まるで母なる大地が子を抱くかのように温かく、しかし力強く二人を覆っていく。そして、リリーとフクの姿が幻想的な輝きを帯び始めた。


 ピクリとフクが動く。小さな体が、春の芽吹きのように微かに震え始めたのだ。ゆっくりと、まるで長い冬の眠りから目覚めるかのように、フクは目を開けた。その瞳には、確かに生命の輝きが宿っている。


 息を吹き返した瞬間、フクは弱々しくも、しかし確かにリリーの方を向き、尻尾を振った。その仕草には、リリーへの深い愛情が滲み出ていた。


 しかし、リリーの体は依然として動かない。その小さな、儚げな姿は、まるで眠りについたかのように静かだった。フクの目に、悲しみの色が浮かぶ。ゼロの意識も、徐々に薄れていく中で、ただ一つの思いだけが彼の心を支配していた。


「リリー……生きて……」


 その切なる願いが、大空に響き渡るかのようだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る