2. 魔王軍襲来
人類と魔物たちは、記録に残る限り千年以上もの間、互いに争い続けてきた。魔物たちは主に牙や爪で、人間は剣や弓などで応戦する。両者の間で繰り広げられる領土争いは絶えることなく、深い溝は埋まることはなかった。
そして今、その長き戦いに終止符を打つべく、魔王ヴェインが立ち上がった。彼はバラバラだった魔物たちを束ね上げ、強大な軍隊を組織。満を持して人間の国への侵攻を開始したのだ。
黄金色に実った麦畑を蹂躙しながら、万を超える魔王軍の部隊が押し寄せてくる。その足音が大地を震わせ、村人たちの心臓を激しく鼓動させる。
漆黒の彼は多くの赤い目をキョロキョロと動かし、その膨大な魔物の群れを観察していた。
リリーの村は魔物の領域に近く、以前から魔物の被害はあったが、こんな大群が現れたのは初めてである。魔王はこの村を簡単に蹂躙し、そこを足がかりに主要な街へと侵攻する予定だった。
村人たちにとって、魔物の侵攻が来る可能性があることは織り込み済みである。しかし、予想をはるかに超える規模の侵攻に、彼らの顔には絶望の色が浮かんでいた。
突如として、澄み切った青空が暗転し、不吉な暗雲が立ち込める。轟く雷鳴が、まるで終末の到来を告げるかのようだった。
震える手で空を指さす村人たち。そこに現れたのは、巨大な黒竜で、その背に跨るのは漆黒の鎧に身を包んだ魔物の姿だった。村人たちは即座に悟った。黒竜に乗るこの存在こそ、魔王ヴェインに他ならないと。その姿は、まさに絶望そのものだった。
「黒竜だ! 魔王が来たぞ!」「ひぃぃぃ!」「もうダメだぁぁぁ!」
村人たちの悲鳴が、凍りつくような空気を引き裂く。ヴェインの威圧感はまるで全てを押しつぶすような圧倒的な迫力をもって村人たちに迫った。
『我が
ヴェインの
「グォォォォ!」「ギュァァァァ!」「キョワァァァ!」
魔物たちの咆哮が地響きとなって村を包み込んだ。鬼が牙をむき、オオカミが爪を研ぎ、巨大な蜘蛛が毒液を滴らせる。飢えた獣のように魔物たちが村へと襲いかかる。
しかし、村の入り口に、一つの巨大な影が立ちはだかる。漆黒の身体に無数の赤い目を輝かせたその存在は、静かにしかし毅然と、村を守る決意を滲ませていた。
彼にとって、魔王軍の全滅など朝飯前である。岩山を粉砕したように、エネルギーを解き放てば何万の魔物も塵となろう。だが、それでは守るべき村も消滅してしまう。守るべき存在がある戦いは、彼にとって最大の難題だった。
彼は一計を案じ、体を大きく広げ始める。彼の体は、まるで磁石に引き寄せられる砂鉄のように、無数の漆黒の微粒子で構成されている。波打つように、生命体のように蠢きながら、彼の体は村の入り口を完全に覆っていった。
魔王の野望と、一つの存在の決意。千年の歴史を塗り替える戦いの幕が、今まさに上がろうとしていた。
◇
グォォォォ!
先陣を切った魔物が、轟音と共に漆黒の壁に突進してくる。
その直後、漆黒の壁からは鋭いトゲが
グギャッ!
断末魔の叫びと共に、魔物の体が霧のように消散する。そこに残されたのは、紫色に輝く美しい魔石。それは、まるで彼の勝利を祝福する星のようだった。
しかし、一頭の魔物を倒しただけでは、魔王軍の勢いは微塵も衰えない。まるで黒い波のように、次々と魔物たちが押し寄せてくる。彼は休む間もなく、漆黒の体から鋭い棘を連射し、魔物たちを串刺しにしていった。
彼の足元には、魔石が次々と転がり、星屑のように積もっていく。その輝きが、苦闘する彼の心の支えとなっていた。
上空から戦況を見守っていた魔王ヴェインの瞳に、怒りの炎が宿る。「くそっ…」彼は歯軋りしながら、魔法部隊に向かって雄叫びを上げた。
次の瞬間、空が燃え上がるかのように、巨大な火の玉が孤軍奮闘する彼に降り注ぎ始める。次々と着弾し、炎と煙が辺りを覆う――――。
だが、爆発で吹き飛ばされた漆黒の体は、まるで意思を持つかのように再集結する。飛び散った微粒子たちが風のように舞い、やがて元の姿に戻るのだった。その不死身の姿に、魔王ヴェインはわなわなと怒りに震える。
そして、漆黒の壁となっている彼の体中に浮かぶ赤い目が、突如として鋭い閃光を放った――――。
激烈な光線が魔法部隊を貫き、大爆発が起こる。魔物たちの断末魔の叫びが、辺りに響き渡った。
「な、なんという力だ……」
村長が震える声で呟く。得体の知れない漆黒の存在が村を守っている。その瞳に、畏怖と恐怖が入り混じった複雑な感情が湧き上がる。
漆黒の彼は勢いに乗り、上空でゆったりと構える魔王ヴェインに向かって、容赦なく光線を浴びせていった。しかし、魔王は何かのシールドを展開し、大爆発の中にあっても微動だにしない。むしろ、じっと漆黒の彼を見据えていた。
「おのれ……、何者だ……」
魔王ヴェインの声に、怒りと共に僅かな興味が滲む。彼の紫の瞳が、漆黒の守護者を鋭く睨む。
「ここは通さん! 撤退しろ!」
漆黒の彼の声が響き渡る。
「お前は魔物のくせになぜ人間に
魔王の吠える声に、彼は静かに答える。
「人間には魅力がある。私はそれが何なのか知りたい」
その言葉に、魔王の顔が歪む。
「はっ!? 魅力? 醜い化け物が何を言っている!」
「み、醜い……。そうだ。だが、それがどうした?」
彼の言葉に、一瞬の静寂が訪れる。
「ふん! 出直しだ……。だが、ただでは終わらせん! ふぅんっ!!」
魔王は天を仰ぎ、両腕を高く掲げる。その手の中に、太陽のような巨大な閃光の球が生まれる。
くっ!
その凶悪で圧倒的なエネルギーに焦りが走る。
その膨大なエネルギーから村を守る術が思い浮かばないのだ。
「また会おう! 化け物よ!」
魔王の叫びと共に、巨大なエネルギー弾が村めがけてすっ飛んでくる――――。
刹那、彼の決意が固まる。たとえ自分が消滅しようとも、この村を、そしてリリーを守
り抜く。彼は激光を放つエネルギー弾めがけて飛び込んでいった。
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