4. 風の悪戯
フクの姿は、微かな光に包まれ、その毛並みはシルクのように輝く。しかし、その瞳には深い悲しみが宿り、リリーの無事を願う想いがフクの全身から溢れ出ているかのようだった。
「クゥン……」
フクは悲しげに鳴き、リリーの顔を舐める。しかし、リリーに反応はない。何度も何度もリリーの頬をなめるフクの目には、絶望と悲しみが宿っていた。
フクは決意したかのように口をキュッと結ぶと、自分の体から光のようなエネルギーを放出し始める。まるで命の灯火のように、そのエネルギーが静かにリリーの体に吸収されていく。フクの体が徐々に透明になっていく中、リリーの頬に僅かな赤みが差し始めた。
「ワン!」
最後の力を振り絞り、フクは大きく吠える。その声には、リリーの復活を喜ぶとともに別れの悲しみが込められているようだった。
そっとリリーの目が開く。フクは尻尾を軽く振り、リリーの方を見つめると、ゆっくりとうなずいた。その仕草は、「さようなら」と言っているかのようにも見える。やがて、フクの姿が徐々に薄くなり始めた。
「え……? フク……。どうしたの? ダメ、行かないで……」
リリーは慌ててフクを抱きしめようとしたが、もはや実体を失ったフクは手が素通りしてしまう。その感覚に、リリーの心が引き裂かれるように痛んだ。
「フ、フクぅぅぅ……」
リリーの頬を、熱い涙が伝った。赤ちゃんだった頃に貰われてきて、ずっと一緒だった可愛い子犬。いきなりの別れに心がついていかない。
「わん……」
最後に小さく鳴いたフクは、ほのかな光の玉となって空へと昇っていく。その姿は、まるで天を目指す蛍ようだった。
「いやぁぁぁぁぁ、フクぅ……」
リリーは飛び去って行く光の玉へ必死に手を伸ばし、そして泣き崩れる。その悲痛な叫びは、失われた絆の深さを物語っていた。
青空に消えていく光を見つめながら、リリーの心には深い悲しみの向こうに、不思議と確かな温もりを感じ、そっと胸を押さえた。
「フク……、ありがとう……」
◇
そのころ、力を使い果たした漆黒の彼は、もはや意識もままならない状態だった――――。
その時一陣の風が吹く。
運命の糸が絡むかのように、その風に乗って一つの小さな奇跡がコロコロっと転がってくる。それは可愛いまん丸のペンギンのマスコットだった。
瓦礫の上をポンポンと転がり落ちるペンギン。
それはゼロの粒子の降り積もるところにポスッと静かに落ちたのだった。
突如として、まるで生命の意志を持つかのように、ゼロの残った粒子がそのマスコットへと引き寄せられていく。光の粒子が舞い、マスコットをコアとして、ゼロの新たな姿が形作られていった。その光景は、まるで星々が集まって新しい生命を生み出すかのようにすら見えた。
やがて光が収まると、丸くてふわふわした子供ペンギンの姿が現れる。身体がグレーで、頭から鼻にかけて黒く、つぶらな瞳を持つその姿は、かつての漆黒の巨体とは対照的な、愛らしさに満ちていた。
徐々に意識が戻ってきた彼は、子犬の声を聴く――――。
「わん……わん……」
その声には『エリーをお願い』という強い想いが込められており、彼は驚きとともにそれを受け取った。
え……?
見上げると空に輝きがすぅっと消えていく。刹那、彼は理解した。フクは後を自分に託したのだ。
「フ、フク……」
彼はフクから託された想いを重く受け止めながら手を伸ばした。
が、それは腕ではなくペンギンの翼だった。
「え……? あれ……?」
彼は自身の異変に気付き、慌てて割れた窓ガラスの破片に自分の姿を映す。
(な、何だ? これは……私なのか?)
突然の変化に戸惑いを隠せない。
何故こんな可愛らしい姿になったのか、全く理解できず、翼で身体のあちこちをまさぐって思わず宙を仰いだ。彼のクリっとした可愛い目には困惑の色が宿った。
泣きはらしたリリーがゆっくりと体を起こすと、傍らにいる可愛らしいペンギンに気づく。
「あら……あなたは?」
彼は焦る。陰ながら見守るはずだったのに、こんな姿で見つかってしまったのだ。心臓が高鳴るのを感じながら、必死に平静を装う。
「ピッ、ピッピッピ!」
口から出てくる謎の可愛い鳴き声に戸惑いながら、チビた羽をパタパタと動かした。その姿は、まるで言葉を失った子供のようだった。
「ははっ、なぁに? 爆発でどっかから飛んで来たのかしら?」
彼はものすごい速度でうなずいた。その必死さが、逆に愛らしさを増している。
「ふぅん、生き残れてよかったね……」
リリーはそっと彼を持ち上げると、じっとそのつぶらな瞳をのぞきこむ。
「でもあなた……昔持ってたマスコットにそっくり……ね?」
ピ……?
彼は首を傾げた。
その仕草にリリーは心をぐっとつかまれる。
「すっごく可愛いわ……。いい子ね」
リリーは彼を優しく抱きしめた。その腕の中で、彼は初めて知る温もりに包まれる。
「うわぁ、ふわっふわで温かいわぁ……」
リリーはペンギンのもふもふの羽毛にほほを寄せる。その瞬間、彼女の顔に小さな笑顔が浮かんだ。それは悲しみの中にある、小さな希望の光のようだった。
彼はいきなりの抱擁に驚いて硬直してしまった。まさか少女に抱きしめられる日が来るなんて思いもしなかったのだから。その温もりと優しさに、彼の心は激しく揺れ動く。
ただ、フクに託された想いがある。これからは自分がリリーをそばで守るのだという誓いを心に刻み、キュッと口を結んだ。
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