やっぱり、私は嫌なやつだ。

 自分でも言うのもなんだが、中学生の頃の私は嫌なやつだった。昔の私は、ちょっとテニスが上手いからってだいぶ調子に乗っていた。部活の顧問には口出しするなとばっさり切り捨てていたし、他の生徒が絡んできても内心で見下しつつ適当にあしらっていた。

 そんな世間を舐めたクソガキみたいな態度でも、表向きは周囲と上手くいっていたのだ―――怪我をするまでは。


 周囲からの評価が最悪でも、私がそれなりの学校生活を送れていた理由は簡単だ。テニスが上手いから。

 小学生の時から成長しようが、義務教育最後の期間であろうが、所詮は中学生。考え方やノリだって、子供だ。スポーツの実力というのは、子供にとっては偉さを決める分かりやすい指標になる。ましてやテニス部だって運動部だ。尚更そういう風潮が強かった。運動が出来る男子がクラスの中心人物になるように、テニス部において最もテニスの上手い私は、文字通り「特権階級」だった。

 自分勝手な振る舞いをしようが、周囲につっけんどんな態度を取ろうが、許される。だって、テニスが上手いから。


 ……じゃあ、テニスが上手くなくなったら?




 高校に入った私は、すっかり周囲から浮いていた。中学時代の傲慢さはすっかり無くなっていたけども、それと同時に私は無個性な人間に成り下がった。

 クラスの隅っこでひっそりと送る高校生活。それは、今まで日向に居た私にとって耐え難い苦痛だった。テニスを失った無力感と、誰にも相手にされない寂しさ。その二つを抱えていた、そんな時。


「キミ、二年前全国に行った子だろ。こんなところで何をしてるんだ?」


 浜野千夏に、私は出会ったのだ。




 私が怪我をした試合で、対戦相手だった子。正直なところ、それくらいの印象しか無かった。今更まともにプレイ出来ないテニスに関わるつもりだって、全く無かった。それでも私が千夏に、テニスを教えるだのコーチになるだのと積極的に関わったのは、そうすれば千夏は私の相手をしてくれるだろうと思ったから。

 要するに、相手にされたいから嘘をついて絡みに行った。それだけのことだった。


「まずは、怪我がちな体質を改善しなきゃね。そのためにはまず、食事を変えようか」

「は?」

「まずは今キミがくっちゃくっちゃ噛んでいるガムを吐き捨てろ。そういうあまーい食べ物は制限をして、出来る限りタンパク質とビタミンC、あとは出来ればコラーゲンを取るんだ」

「うっせえな、アタシが何食おうと自由だろうが! 一々口出しすんなっ!」


 その通りだ。少なくとも、ネットで付け焼き刃の知識を得ただけの女に指図される筋合いはないだろう。そのはずなのに、千夏は翌日からガムを食べなくなった。


「キミが怪我がちなのはフォームにも問題がありそうだね。まずは強いショットを撃てば良いという考えを捨てよう」

「黙れよ! これがアタシのやり方なんだ、これで勝ててたんだから問題は何も……」

「ある。そのままだとまた怪我をするぞ。――私は、キミに夢を叶えてほしい。少しでいいから話を聞いてくれ」

「……ちっ。分かったよ。やれば良いんだろ、やれば」


 嘘だ。私の相手さえしてくれれば、夢が叶おうが叶うまいがどうでも良かった。むしろ、夢が叶ってしまえば、千夏が私に構う理由が無くなる。だから、どちらかと言えば叶ってほしくなかった。


「ど、どうだっ! これくらい何てことないぞ!」

「流石だね。それじゃあもう一セットやろうか」

「え゛っ」


 皮肉なことに、千夏は変わっていった。そのきっかけであろう私は、腐り切ったままだというのに。


「やった、やったぞ、アタシ優勝したんだ! これでまた全国に行ける!」

「――おめでとう。これも、キミの努力の賜物だな」


 この言葉だけは、嘘偽りの一切ない本心だった。浜野千夏という人間には、再起するきっかけが必要だったのだろう。そして、そのきっかけを得た彼女は急成長を遂げた。

 ……きっかけ自体は、何でも良かったのだろう。ネットで情報を調べただけの似非コーチであろうと。

 そうして私たちは、二人で栄光をつかんだ。実際は、お察しの通りだが。




「センパイ、今日の練習はどうしますか!?」

「明日の試合に備えて、軽めのメニューにしておいたよ。……それにしても、先輩か。そう呼ばれると少し恥ずかしいな」


 センパイと呼ばれる度に、その無垢な眼差しを向けられる度に、嬉しくなる。そして、そんな千夏の視線が他の誰かに向かうと、ほの暗いナニカがこみ上げてくる。今のどうしようもない私をこんな風に慕ってくれるのは、千夏だけだ。だというのに彼女は、私以外の数多くの人間と仲良くしていた。それが腹が立ってしょうがない。そしてそれと同時に不安にもなる。ひょっとして、私はもう千夏には不要なのか?

 ……認めよう。私は千夏に依存している、と。


 かつての私と同じように、彼女はテニスが上手いという個性を手に入れたことで、クラスの中心人物になりつつある。元々傍から見ても可愛いのだから、全国クラスのスポーツのプレイヤーともなれば人気者になるのは必至であった。

 ……出来れば、私だけ相手にしてほしいのだが。


「何を恐れてるんですか、センパイ! それとも、大丈夫だって言ってる私のことが、信用できないんですか!?」

「三十分ほど休憩を入れるぞ。……一旦頭を冷やして来い」


 どっちが頭を冷やしたほうがいいんだか、という話である。


「落ち着け、私。変なことを考えるな」


 言葉ではそう言いつつも、内心は非常に動揺していた。私だけを見てくれない千夏に、もやもやが募る。なんとかそれをかき消そうと藻掻く度に、更にもやもやは増えていく。


「ああもう、クソッたれ!」


 そうこうしている内になんだかもやもやを吹き飛ばしたくなった私は、肩を壊しているにも関わらず思いっきりサーブを撃って……


 バコン。


「……は?」


 そしてサーブは、キレイに隅に決まった。


 何ということだろうか、いつの間にか私は肩が治っていたらしい。そりゃあ、自然に治癒することだってあるのかもしれないが……、ねえ。

肩が治って、テニスが出来るようになって。昔のように皆に相手されるようになって。……だからどうした?


 そこまで考えて、気づく。ああ、そうか。もはや今の私にとって、皆に相手にされることは重要ではないのだ。高校生活で一人にはある程度耐性がついたからかもだろうか。或いは中学時代の経験から上辺だけ相手にされてもしょうがないと感じているからなのかもしれないな。

 いずれにせよ、私は誰かに構ってもらわなくても別に良い訳で。にも関わらず、私がテニスのコーチとして振る舞い続けて、千夏に相手にされようとしているのは。


――私が、浜野千夏のことが好きだから。




 だとすれば、テニスが出来るようになる必要はないだろう。むしろ、出来ないからこそ千夏に夢を託しているということにして、もっと千夏に――。


「……ふふ、これで良いんだ」


 私は、右腕でサーブを放った。



 正直、千夏が怪我をしたとき、嬉しかった。これで、千夏に構う人間が減る。私に強引に迫ってくれた時、もっと私は嬉しかった。ああ、これで千夏は私だけを見てくれる。

 そして今。


「もういっかい、して良いですか?」

「……良いよ、好きにしてくれ」


 どうしようもなく、私は千夏が好きだ。それと同時に、最低な私が大嫌いだ。昔から何一つ変わりはしない腐り切った私自身に絶望した。それと同時に、後悔もしている。あの時、私が声をかけなければ、千夏はこんなことにはならなかっただろうに。

――にも関わらず、私自身は。


「ふふっ」


 やっぱり、私は嫌なやつだ。




 後日、病院にて。


「軽傷なんで、一、二週間後には復帰出来ますかねえ。まあ出来るだけ、安静にしてね」

「「えっ」」


 ……残念に思った私は、間違いなく嫌なやつだった。

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貴女になら、なんだってされても良い。 スライム小説家 @kanikani225

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