第2話 時の止まった少女
マギニトはメッサリア家領地、ユガルク内の村の人間だった。小さな村で両親と魔女であるコルネリアと一緒に暮らしていた。
二百年前、魔女への弾圧は凄まじく、法を無視した私刑が横行していた。コルネリアは幸いにも魔女の印が腕という、容易に隠せる場所にあったため何とか暮らすことができていた。
事件が起きたのはマギニトが八歳のとき、村が野党に襲われたのだ。家畜や食料、布を盗まれ、何人もの人間が斬り殺された。
マギニトは斬られたものの、一命をとりとめた。だが、喜んでいられるのもそれまでだった。傷は深く、塞がる前に入った雑菌や食料不足による空腹で死にかけていた。
悲劇が起きたのは冬ちかく、冬支度が終わっていそうな村を野党は襲ったのだ。当時、まだ平民が軽んじられていた時代に略奪された民を救う者はいない。
家と呼ぶには隙間が多い住まいに貼る布も貯めていた食料も奪われ、薬は一つ残らず持ち去られた彼らには死を待つ以外することはなかった。そんな人間が村にはあふれていた。
雪が解けるのが先か妹の命が解けるのが先かは時間の問題だった。
ある日、コルネリアは木の枝を拾いにいくと言って二度と村には戻らなかった。代わりに食料や兵の徴収の時にしか基本来ない役人が村にやってきた。それぞれの家に僅かばかりの食料、そしてコルネリアの家族には大量の食料と薬を置いていった。
目を丸くしたコルネリアとマギニトの両親がそれらが詰め込まれた袋を開けた瞬間、号泣した。雑に詰め込まれた食料と薬の一番上に丁寧に置かれたコルネリアの首飾りで全てを察したのだ。彼女は自分を売ったのだと。だが当時のマギニトはそれが分からなかった。
守銭奴な貴族が村全体に食料を置いていったのは、恐らくコルネリアの希望と貴族の隠蔽工作がうまく合致したから。いくら食料等を隠すよう居住に押し込むよう置いたとて、コルネリアの家にだけ置いていけば、村の人間は何かあるのかと疑う。それでなくとも、誰もが余裕のない現状、村民同士での奪い合いに発展するかもしれない。また貴族側も、魔女を買ったと知られたら社交界からつまはじきにされる。だから村全体の支援というかたちにして真実を覆い隠した。
村の人間は突然いなくなったコルネリアが自分を売ったとは考えもしなかった。森に枝を拾いにいって狼に喰われたのだと思い、弔いの花で住まいを飾り歌を歌った。
両親はマギニトには真実を教えなかった、姉を慕うマギニトがコルネリアを探しにいくのを防ぐためだ。もし探しに行けば、それこそ本当に狼に襲われる可能性があった。
マギニトは食べ物で精をつけ、薬で傷も癒えた。そしてそれ以来、生きているコルネリアの姿を見ることはなかった。
「お母さんとお父さんは死ぬ前に、お姉ちゃんはまだ生きてるかもしれないと言ったの。私はまだ若かったけど時間が足りるとは思えなかった。だから祝福を受けて巫女になることを決めた」
「巫女になれば魔女と同じくらいの寿命を持つことができる。身体の老いも軽減されるから探す身体を持つには最適だな」
「やっと見つけた時には私はもう老いていて、今更妹と名乗り出るのは怖かった。せめて姉が幸せなら…それで良かった。だからお姉ちゃんが貴族に利用された挙句、今度は肩書きと金目当ての商人の道具になるなんて…認めることはできないのっ!」
巫女長マギニトと姉を失った少女の顔がころころと変わる様を見るハウェルは、話を聞く前とは違い無感情のようだ。
「今までの意味ありげな行動の理由がそれとはな、無駄に力を使わせてくれたものだ」
力が抜けたような顔を意味が分からないといった顔で見るマギニト。ハウェルがマギニトの狙いを掴めなかったように、マギニトもハウェルの狙いが読めずにいた。
ハウェルがマギニトの意図を掴めなかった一番の原因は情報が途絶えたせいもあるが、巫女たちに隠す気が一切無かったからだ。巫女たちはマギニトに頼まれてコルネリアの様子、しかも合法で簡単に確認できる範囲を近所の人から聞いただけに過ぎない。隠す気が無かったせいで探り所が分からなかったのだ。
「だがこれではっきりしたな、お前たちは俺に協力すべきだ。お前が望んでいるのはコルネリアの幸せなんだろう?ならとっとと申請を通して聖歌に追加すべきだ」
「聖者の肩書きをお姉ちゃんが喜ぶとでも!?」
「レコルドルの歌に紡がれた者は地獄に堕ちない」
ハウェルはずっと冷静に見えた、人間らしさを見せたのは不愉快さを相手にこれでもかと知らしめる時だけだった。
マギニトは残っている理性を総動員してハウェルのこれまでの言動を思い出す。ハウェルは一度もコルネリアを呼ぶとき、彼女を指すのに”妻”や”彼女”と代わりの言葉を使うことはしなかった。そして、レコルドルの歌とは聖者の名を音楽に会わせて紡ぐ儀式。
「貴方は…ずっと…」
「コルネリアの名を永遠に紡ぐ…。コルネリアは最期まで魔女であることを隠そうとしていた。それを守るためなら俺は迷信だろうが何でも使う」
愛の告白などでなく、ただ己の中の真実を話し始めるハウェルに空が情を傾けたのか雨音が優しくなった。
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