第6話:卑怯者の逆恨み



「連絡もなしに突然来るなんて、失礼じゃない? それに僕は誰かから逃げたつもりはないし、君、確か配属が北部に移ったって聞いたけどどうしてシチリアにいるの?」


 この男はあの一件の後すぐに屋敷警備から外され、一度赴いたら二度とシチリアには戻ってこられないであろう、落ち零れの構成員が集まる僻地への異動が命じられていたため、今、ここにいるのはおかしい。


「うるせぇっ! 全部お前のせいだろうがっ! お前が気持ち悪いオメガのフェロモンでヴィート様を誘惑して、俺を飛ばすよう計ったことは知ってるぞ!」


 以前のようなきっちりとしたスーツではなく、薄汚れたシャツを身に纏った男が唾を吐きながら怒鳴り散らす。


「悪いけど僕はヴィーを誘惑した覚えも、君の異動を願った覚えもないよ。全てはヴィーが決めたことだ」


 と、言ったところで、きっと信じないだろうが。

 以前もそうだったが、この男は人の話を聞く耳がない。そんな人間に真実を説こうとしても無駄であろう。男の血走った双眸を見て、セイは別の解決手段を巡らせた。


「それで、ここまで来て君は僕をどうしたいの?」

「ハッ、決まってるだろう! お前のせいで俺の人生が狂ったんだから、俺と同じようにお前の人生もメチャクチャにしてやるんだよっ」


 目的は脅しか、もしくは命か。言葉から推測しながら、ゆっくりとセイは食卓へと近づいた。机の下には護身用の銃が括りつけてある。男がどんな行動に出るかはまだ分からない今、最後の手段として視野に入れておかなければ。人を殺すことは好きではないが、こればかりは仕方がない。だが――――。


「おっとそれ以上動くなよ。変に頭が回るお前のことだ、どうせ隙を見て銃でもぶっ放そうって考えてるんだろうが、そうはさせない」

「っ……」


 隠していた銃に手が届く直前で、男が懐から同じ鉄の塊を取り出す。


「けどな、安心しろ。俺はお前をこの場で殺すつもりはない。お前にはもっとお似合いないたぶり方があるからな」


 銃口をこちらに向けながら、男が一歩一歩セイに近づく。


「確かオメガは項を噛まれると、そのアルファと一生の番になるんだよなぁ?」


 それは子どもでも知っていること。だが、この男から改めた形で聞かされると、気味の悪さが際立つ。


「……何が言いたいの?」

「で、番持ちになるとオメガは一生発情に悩まされることはなくなるが、番相手には絶対服従となる。まぁ、それだけでも十分滑稽な姿だが、面白いのはその後だ」


 男がニタニタと気持ちの悪い笑みを浮かべる。


「番の解消」

「なっ……!」

「一度慰み者になったオメガは、相手のアルファに番関係を解除されると二度と番を作れなくなるうえ、一生強い発情期に苦しみながら最期を迎えることになる、だったか?」


 そう、オメガは一度でも項を噛まれると、身体が番相手だけのもの作り替えられてしまうため、ヒートはなくなるが二度と他のアルファと番うことができなくなる。ゆえに番となったアルファとオメガは一生をともに過ごすことが多いのだが、中には残酷な選択を取るアルファもいる。それが番の解消だ。


「この世界は面白いよなぁ? オメガは一人としか番えないっていうのに、アルファ側からは簡単に番関係を解消できるんだからよ」

「っ、ま、さか……」

「ハッ、さすが無駄な知識ばっかり詰め込んでるだけあって、すぐに察しはついたようだな。そうだ、俺は今からお前を犯して項を噛む。そしてすぐさま番を解消してやるんだよ。そうすれば、お前は一生もがき苦しんで死を迎える……どうだ、アルファを狂わす穢れたオメガにぴったりな末路だろ?」


 何て卑怯なことを考えるのだろう。あまりのおぞましさに聞いただけで気持ちが悪くなり、立ちくらみがした。


「やめろ……そんなことをして、ヴィーに知られたら、君は確実に命を落とすことになるんだよ」

「何だ、今さら怖じ気づいて命乞いか? だが残念だったな。これまで築き上げてきた地位やプライド、それにヴィート様からの信頼まで失った俺には、もう怖いものなんてないんだよ。お前にさえ復讐できれば、命なんてどうでもいい」


 じりじりとこちらに寄ってくる男は、覚悟を決めた本気の目をしている。無論、最初から男のことを甘くみていたわけではないが、命をかけた人間の気迫はそれだけ震え上がるほどセイの恐怖を刺激してきた。


 男の手には拳銃。逃げれば即座に撃たれておしまいだ。しかし、だからといって何もせずに立っていれば、近づいてくる男のアルファフェロモンで自由を奪われてしまうだけ。

 ここはもう足の一本でも犠牲にして食卓の下へと飛び込み、銃を取って応戦するしかないか。成功率は半々だが、この男に項を噛まれて番になるよりはましだ。頭をフル回転させ、思い浮かんだ策を決行しようと、セイが爪先を静かに動かす。


「だから勝手に動くなと言っただろうがっ!」


 しかし飛び出す前に行動を見破られてしまい、怒号とともに銃のハンマーを起こした男が、セイの胸に銃口を向ける。


 ――――ダメだ、間に合わない。


 これまでの経験から危機を免れることが不可能であることを悟ったセイは、被弾の恐怖に目を閉じる。

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