第63話 マリーバ視察

この話は読まずに飛ばしても大丈夫です。

フォルカとリスティの工場視察です。


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 馬車で門を抜け、マリーバ市街に入る。護衛6騎に挟まれ、馬車は目抜き通りをゆっくりと進んでいく。


 俺とリスティは都市マリーバに視察に来ていた。リスティが見たがっていた紡績機や布織機を見せるためだ。久しぶりにリスティと2人きりで馬車の旅である。


「活気があるね」


 リスティが呟く。


 確かに、マリーバの表通りは騒がしい。総人口はレミルバより少ないのだが、街が狭いため人口密度はマリーバの方が高いのだ。


「昔は物流の中継地として程々に栄えた、もっと静かな都市だったけど、綿の工場が出来てから人が増えたから。ほら、左前に教会が見えるでしょ」


「教会? あ、本当だ。飾り気の少ない建物だね」


 マリーバの教会は外壁は漆喰塗りで屋根は赤褐色の瓦、リスティの言う通りシンプルな作りだ。決して粗雑な建物ではないが、賑わう都市の中で少し浮いている。


「昔のマリーバは、あの教会が似合う感じの街だったよ」


 我ながら感覚ベースの適当な解説である。


「何となく、分かった気がする」


 リスティは頷く。伝わったようだ。


 マリーバは元々あった街に、城壁外に突き出すように工場が建造された都市だ。なので角が生えたような、不思議な形をしている。

 今向かっているのはその角のように飛び出た工場部分だ。石壁に囲まれ、都市と専用の門一箇所だけで繋がっている。


 門に辿り着くとマリーバを管理する代官に出迎えられる。彼はダンド・アルシュタン、クーデルのお父さんだ。


「フォルカ様、リスティ様、ようこそお越しくださいました」


「今日はよろしく頼む」


「出迎えありがとう。クーのお父さん」


 リスティは軽い感じで返す。家臣に対してやや不適切な口調かもしれないが、リスティのこれは『クーデルは王家から降嫁した王女と仲良くやってるよ』というアピールだ。クーデルパパは優秀なので、ちゃんと伝わる。


「不肖の娘がお世話になっているようで。ありがたいお話です。では、マリーバ工場をご案内いたします」


 まずは紡績機からということで、三角屋根の建物に向かう。


「リスティ様、ご存知と思いますがマリーバの工場労働者は全員男性囚人です。一応ご注意を」


「はい。聞いています。上手く管理できているのですよね」


「フォルカ様発案の方法が機能しております。問題ございません」


 2人が話す通り、マリーバの工場は囚人を働かせている。機密保持のための方策だ。全員終身刑か死刑囚なので、外に情報が漏れる可能性は小さい。

 コライビは苗が持ち出されなければ大丈夫だが、こっちは知識が出ては困る。外に出ない人間が必要だったのだ。

 ガスティーク領だけでは足りないので、他領の囚人も譲り受けて集めている。ロフリク王国では奴隷売買は禁止だが、囚人を領主間で売買するのは合法だ。


「囚人を階層分けしているのでしたっけ?」


「うん。色分けして待遇を変えてる」


 終身刑や死刑というと凶悪犯ばかりを想像してしまうが、必ずしもそうではない。人権思想なんてまだないこの世界、割と簡単に死刑になる。社会秩序維持の為に金をかけて刑務所を運営するような発想はないから、囚人に適した仕事がない領地では、窃盗は1回目が鞭打ちで2回目は死刑とか、そんな感じだ。

 なので、根は真面目な人間とかも普通にいる。


「囚人達は首から木札を下げていますが、白が上、青が中、灰色が下といった感じです」


 名前と番号の入ったネームプレートである。最初は服に名前と番号を入れようかと思ったが、コストが嵩むので木札にした。


「 "白札" は基本的に、真面目かつ養う家族のいる人。家族もマリーバに移住させて、監視付きだけど、面会も許可している。給金も出るから、それで家族も生きていける。 "白札" には作業だけじゃなく囚人の管理もさせてる」


 俺はそう補足する。一見慈悲深いが、つまり家族を人質にして従わせているのだ。囚人とその家族が生きていく為にはガスティーク家の命令に忠実に、真面目に働き続けるしかない。


「で、 "青札" が普通のちゃんと働く囚人。小遣い程度に給金が出る。5日に1回売店が出るから、そこで酒とかツマミとかを買える」


 リスティの前でわざわざ口に出さないが、定期的に娼婦も工場内に呼ばれる。機密管理上は好ましくないが、色々と対策を打った上で実施している。 "青札" の連中がこれを楽しみに真面目に働くからだ。


「そして "灰札" は粗暴な人や不真面目な人。力で押さえつけて働かせているよ。給金はなし。真面目に働けば青に格上げされるけど」


 加えて "白札" と "青札" は同じ区分の中でも評価で給金を変えている。 "青札" の評価も "白札" に任せているから、そこに明確な上下関係が生まれ、分断となる。


 この方式で今のところ大きな暴動は起きていない。 "灰札" の囚人が暴れたことはあるが、青と白が同調しないから、すぐにガスティーク家の家臣に制圧されている。


 工場に入る。中は学校の体育館4つ分ぐらいの広さだ。

 建屋は基本的に木造だが、機械の配置上柱のスパンを飛ばす必要がある場所だけは魔法加工した鉄骨で補強してある、中々の力作だ。


 あちこちで首から木札を下げた男達が働いている。


「ほら、あれが紡績機。水車の動力で動いている」


 大きな機械が動くのを見てリスティが「凄い」と声を上げる。


 リスティは初めて見る機械に興味津々だが、俺は少し暇だ。なのでクーデルパパに話しかける。


「新しく雇った警備兵はどうだ? きちんと働いているか?」


 先日新たに雇用した警備兵はここマリーバにも配備されている。雇ったのは農家の次男三男達だから、農作業しかしたことがない人々だ。ちゃんと働けているか気になる。


「大半は真面目に働いています。一部問題のある者もいましたが」


「問題というと、どんな奴が?」


「一番凄かったのは、支度金を受け取った夜に娼館に行って使い切った男ですね。家に返しましたが、どうやったらそういう発想になるのか」


 農家の次男三男がいきなり都市で暮らせと言われても困る。住む場所は兵舎として準備するが、それ以外に色々と必要だ。加えて月給制なので初回の給料日まで食いつなぐ必要がある。なので、採用された者には支度金を渡したのだが。


「初回の給料日までどうやって生きるつもりだったのだろう。食事までは支給されないのに……いや、何も考えていないのだな」


「理解に苦しみますが、恐らくは。ただ、先程申し上げました通り、それは例外です。多くは真面目に働いております。間者スパイが紛れ込まないことを重視した採用であることも考えれば、採用は成功と言って良いと考えます」


 クーデルパパは採用を担当した者へのフォローも忘れない。


「フォルカ、じゃあ次は布織機が見たい」


 リスティが満足したので、別の建物に移動する。


 こっちの建物にあるのは、飛び杼を使った布織機だ。リスティがぴょんぴょんしながら布のできる様子を見ている。


 と、知った顔を見つけた。首からは白い木札、囚人だが、その中でも一番優秀な男だ。


「ロジャム、久しいな。元気か?」


 俺が話しかけると、男は膝を付き頭を下げる。


「はい、フォルカ様。ガスティーク家の慈悲のお陰で、家族共々健康に生きることができております」


 この男、ロジャムは他領から買取った囚人で、妻子もマリーバに移住させてある。

 殺人犯ということなのだが、どうやら嵌められただけで冤罪っぽい。だが他領で有罪になっている者を勝手に無罪にはできないし、機密管理上も釈放はできないから、そのまま使っている。

 とにかく優秀で、真面目に働く上に業務改善案を次々と出してくる。本当に良い買い物だった。


「君の仕事にはガスティーク家も満足している」


「勿体ないお言葉です。ありがとうございます」


 ちなみに彼の息子も優秀らしく、クーデルパパからレミルバで教育を受けさせる候補に推薦されている。優秀な子供まで付いてくるとか、お得過ぎる。ハッピーセットだ。


 ロジャムは深く頭を下げた。


「では、仕事に戻ってくれ。息災でな」


 ロジャムを仕事に戻し、目をキラキラさせて織機を見るリスティを "綺麗だなぁ" と思って見つめる。暫くすると、満足したらしく「楽しかった」と微笑んだ。



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