第61話 グリフィス王都の一室にて

 グリフィス王国の宰相、ジグスタ伯、コッバス・ジグスタは夜の執務室で人を待っていた。

 やがて足音が近づいてきて、ドアがノックされる。


「ゾワンでございます」


「入ってくれ」


 扉が開き、黒髪の中年男性が入ってくる。体つきはガッチリしていて、顔は厳つい。彼はジグスタ伯の友人で、王家の武官を務めている。


「本日はどのようなご用件でしょうか、副宰相閣下」


 不本意な役職を、わざとらしく呼ばれる。


「やめてくれ……」


 副宰相、今の王になってから設けられたいわく付きの役職だ。その役割を端的に説明すれば『王のご機嫌取りに専念する宰相に代わり実務を回す』である。損な立場を押し付けられて、ジグスタ伯の頭はすっかり白くなってしまった。


「すまん。で、何の用だコッバス」


「意見を聞きたい。諜報部門から報告を受けた。ロフリク王国ガスティーク領で武具の量産が始まった。複数のルートからの情報で、ほぼ間違いない」


 ゾワンは苦い顔をする。嬉しくない情報だ。


 グリフィス王国は9年前、東で国境を接するロフリク王国に対して奇襲的に攻め込んだ。大軍を投入し、ロフリク王国西部諸侯に大打撃を与えたものの、ヒルワン平原の会戦においてロフリク王国軍主力に敗北。撤退を余儀なくされている。

 その後、ロフリク王国は賠償金を要求してきたが、グリフィス王国は完全に無視。そのまま現在に至る。


 そして、どうやら、ロフリク王国はグリフィス王国への逆襲に向け準備を進めている。


 その中心になっているのが大貴族ガスティーク家だ。どうやったのか、綿を国産し、鉄の生産も大幅に増やしている。麦の生産性も向上させているようで、その余力で農民の一部に兵としての訓練も施していた。

 ガスティーク家はヒルワン平原会戦で当時の当主が戦死している。グリフィスを憎んでいても当然だ。


「ガスティーク家の意志は固いな」


 ジグスタ伯の言葉に対して、ゾワンは訝しげな顔をする。


「ガスティーク家は現状維持側で、グリフィス逆襲を訴えるマンジュラ公爵と対立しているというのが、ロフリク王国内での一般的理解のようだが」


「そんなものは嘘だ。確かに逆襲の時期については相違もあろう。だが向いている方向は同じだ。そうでなければあそこまで軍事に偏重した領地経営はない」


 ガスティーク家は綿で得た利益を製鉄場へ投資し、赤字を垂れ流ながら鋼鉄を増産している。そして今、その鋼鉄で武具を作り始めたのだ。

 しかも、農閑期の農民に給金を払って、軍事訓練を施している。その給金は気持ち程度の額ではなく『栄養状態がワンランク上がる』程だという。兵士の筋肉量を上げることまで考えているのだ。


「それにガスティーク侯爵は息子に『胸なし』を娶らせてまで、立場固めと戦力増強を進めているのだぞ」


 胸のない第一王女を息子の正妻にしたことでロフリク王家、ファマグスタ公爵家に恩を売り、更にはティエール王家とも繋がった。


 挙げ句の果てに魔法戦力拡張のために側室にまで『胸なし』の大魔法使いを選んで、息子に生殖を強いているというのだから、恐ろしい。

 貧乳と生殖が出来る素質があったとしても、精神的負担は大きいだろう。

 だが、その結果、ガスティーク家は大魔法使いが4人という恐ろしい状況になっている。今後3人の女性大魔法使いが生んだ子が、更に戦力を増やすだろう。


 ゾワンは暫く考え込み「確かに、そうだな」と頷いた。


 ジグスタ伯の予想ではロフリク王国が実際に逆襲を仕掛けてくるまでには、少なくとも数年、長ければ20年程の猶予がある。だが、まだ時間があるなどと悠長なことは言っていられない。敵の準備が整うまで待つなど愚の極みだ。


「ゾワン、グリフィス王国とロフリク王国、戦力ではどちらが優位だと思う?」


「現在公になっているロフリク貴族の魔法資質に虚偽はないという前提で分析するぞ?」


 本人の名誉にも関わるので魔法資質について虚偽情報を流すのはハードルが高いが、あり得ることだ。歴史を見ればそういう罠を仕掛けた例はある。


「ああ、当然だ。一つ添えておくと間諜スパイ達からの情報に魔法資質についての虚偽発表を示唆するものはない」


「分かった……先の戦争のダメージはグリフィスの方が大きい。魔法使いを多く失ったからな。ポメイス戦でもロフリク王国の魔法戦力は軽微な損害しか受けていない。元々の国力ではこちらが上だが、 ”奇跡の3年” と呼ばれる大魔法使い5人が戦力化した今、魔法戦力ではロフリクがやや優勢だろう。人口はグリフィスの方が多いから一般兵士の動員では勝てるとして、今戦えば互角だな」


「互角か……」


「但し、互角という判断は最大の不安要素を楽観視した場合だ。あの双子の力次第では……」


「流石にこちらの風属性魔法使いの妨害を破っての広域減圧は不可能だと思うがな」


「俺もそう思いたいが……まぁそこについては悩んでも仕方ないか」


「であろうな。……今後戦力比はどう変わっていくと予想する?」


「中期的、今後5年ぐらいでは魔法戦力に大きな変動はないとは思う。だが、ロフリク王国にはまだ魔法資質が公表されていない高位貴族の少年少女も多い。そこが大きな不安要素だ。その辺の情報は抜けていないだろう?」


「ああ。残念だが、今のところ手に入っていない」


 魔法資質は凡そ5歳ぐらいから測定が可能になるが、どの国の貴族もすぐには公表しない。

 「この幼児は大魔法使い級です」などと公表すれば、戦闘能力を身に着ける前に仕留めようと、敵対国が暗殺を仕掛ける可能性があるからだ。

 例外はあるが、最低限自分を守れそうな11歳ぐらいで公にするのが普通である。


 そして、近年ロフリク王国は魔法資質の公表を更に遅らせている。


 ポメイス王国がロフリク王国に戦争を仕掛けたのは、 ”奇跡の3年” の大魔法使い5人が戦力化する前に係争地を奪おうとした為だと言われているのだ。

 結果、ロフリク王国は14歳ぐらいまで高位貴族の魔法資質を隠すようになった。結婚相手探しに支障があるから家格の近い家同士では共有しているのだろうが、簡単に間者スパイが抜けるような情報ではない。


「突然 ”実は大魔法使いでした” となる訳だ」


「ああ。 ”奇跡の3年” の全血兄弟姉妹が、特に怖い。もしあれらの中に化物が潜んでいたら、数年後には更に劣勢になっているかもしれない」


「確かに、全く楽観視はできんな」


「そして非魔法使いの兵士だが、5年あればガスティーク家の鋼鉄製装備が行き渡るだろう。装備の質で兵数の差を覆すまでは無理だろうが、差が縮まることは間違いない」


「そうか……」


「加えて、以前聞いた、ガスティーク家が何かしらの手段で麦の生産を増やしたという情報が気になるな。農法の改良に成功したのだとすると、他領にもそれが広がりロフリク王国全体で農業の生産性が向上する可能性がある。そうなれば動員力でも優位が崩れかねん。いずれは真似できるとしても当分はな」


 ロフリク王国全域で大規模に新農法を実施するなら秘匿は困難だ。グリフィスにも情報は漏れてくるだろうが、それを真似をして成果を上げるには10年はかかる。


「……やはり、待つのは愚策だな」


 ジグスタ伯は溜息をつく。このまま行けば、いつか準備万端整ったロフリク王国が優勢な軍隊を率いて攻めてくるだろう。


「正直、賠償金を払って和解するのが一番だと思うぞ」


「それが通る国なら苦労はせんよ……そもそも何でロフリク王国に侵攻などしたのか。しかも都市への夜襲など野蛮な手段を」


 現在のグリフィス王は自尊心が強い。そしてその周りはおべっか使いばかりだ。賠償金を払うなどという意見は上げたところで即却下され、苛烈な非難を受けるだろう。


「そうだな。国王陛下の方針は、我々では真意に思い至れないことが多い」


 言葉を選びつつゾワンが言う。


「胃が痛いが、国王陛下に奏上せねばな、待ちは危険だ」




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