第60話 命名

 少しして、母に付き添われ、赤ちゃんを抱いたリスティが部屋に入ってくる。赤ん坊は白い布に包まれて、ふぎゃふぎゃと泣いてる。


「おおっ! リスティ、よくやった! 見せてくれ」


 ダミアン先王がリスティに近づき、グワッと赤子の顔を覗き込む。


「うむ! 凛々しい! これは将来凄まじい美男子になるな!!」


「もう……どんな顔が付いてたってそう言うんでしょう。ほら、他の人も見たそうだよ」


 リスティが笑う。先王はそこから30秒程赤ん坊を凝視して、一歩下がる。


「見せてくれ。……うん。可愛いな。フォルカの生まれたときを思い出す。懐かしい」


 俺が『アレ? 俺はアパートで寝てたはず』とか思っていた頃だ。懐かしい。


 皆で順に赤ん坊を見て、可愛い、可愛いと騒ぐ。素敵な光景だ。


「さっき少しだけ魔力を流そうとしてみた。抵抗は大きかったよ」


 俺は一つ安心する。今の段階ではこの子にどの程度の魔法適性があるかは分からない。しかし、体に魔力を通そうとすれば、その抵抗で『強い』『弱い』『普通』ぐらいの分類はできる。とりあえず『強い』なら家督の相続には問題ないだろう。


「義父様、フォルカ、名前は前に考えていた通りでいい?」


 リスティの問いに父と俺は頷く。男の子だったときの名前、女の子だったときの名前をリスティはそれぞれ考えていた。


「なら、この子の名前は ”ブレスタ” です」


 リスティが朗らかに宣言する。ブレスタはこの世界の古代語で『朝焼けに染まる雲』を意味する言葉だ。


 ブレスタ・ガスティーク、俺の息子の名前だ。


「うむ! 良い名前だ! そうだ、早馬を走らせねば」


 先王は叫んで部屋を出て行った。3騎しかいなかった護衛の1人を伝令に走らせるのだろう。レミルバと王都の間は感覚的には『東京駅から小田原駅』ぐらい。近いと言えば近いが、馬を替えながらほぼ休憩なしで走るとなると、相当辛い。頑張れ。


 ブレスタちゃんはスッと静かになった。息はちゃんとしている、眠ったみたいだ。


 すぐに先王は戻ってきて、赤ん坊の寝顔を見て「寝顔も凛々しい!」と叫んだ。


「よし! 宴だ。ガスティーク侯爵、金は出す。酒の準備を!! レミルバ市民にも振る舞おう」


 先王がまた叫ぶ。


「恐れながら先王陛下、当然準備してあります」


「ガスティーク侯爵! 流石だ! よし飲もう」


 ダミアン先王のテンションが凄い。俺も滅茶苦茶嬉しいのだけど、負けてる気がする。

 そして自身も身重のマリエルさんはずっと号泣していた。


 ……胸が大きくならなくて、悩み苦しんだであろうことを思えば、無理もないか。早馬が着けば王城でも大騒ぎだろう。

 この子ブレスタは凄いな。皆を幸せにする。


「さて、では私は演奏しましょう。テラスに出ますね」


 ロフリク王国には子供の誕生を祝う定番の楽曲があるから、それを演奏してくれるのだろう。

 ステイン王子がケースからバイオリンっぽい楽器を取り出す。部屋の外には大きなテラスがある。母が「私が見ていますよ」と言ってブレスタを抱き、それ以外の皆でテラスに出る。


 時刻は昼前、天気は快晴だ。


 ステイン王子が「では」と魔法を構築し始める。放たれた魔力が優美に、複雑な式を成す。幾つもの魔法が同時に展開、保持される。

 全て風属性派生『音』の演奏魔法だ。もはや一人の演奏の範疇ではない。魔法の楽団オーケストラを空に従え、ステイン王子は背すじを伸ばして弦を構える。


 アリアが「わぁ綺麗」と感嘆の声を漏らした。


「あ、ステイン殿下。折角です。都市中に拡散して良いですか? 私達は殿下のような演奏はできませんが魔力は強いですから」


 セレーナが声を上げた。ステイン王子は「それは良いですね」と嬉しそうに頷く。


「ラーシャ、やるよ」「うん」


 セレーナとラーシャが魔法を構築する。2人の魔力が混ざり、極大の魔法を構築する。言葉通り、音を拡散するスピーカーのような魔法だ。単に増幅するのではなく、増幅しつつ飛ばす。それがレミルバ上空の全体に広がる。

 無数の高音質スピーカーが、空のそこら中に設置されたような状況だ。


 これまた凄まじい魔法だった。魔力は個人個人で波長が異なるため、2人で一つの魔法を構築することは出来ない。だがこの世界で『真正双子』と呼ばれる『一卵性双生児』だけは別だ。波長が完全に一致するため、セレーナとラーシャはただでさえ膨大な魔力を、合わせることができる。


 ステイン王子が演奏を始める。楽器を奏でながら、魔法でも多種多様な音を生み出す。穏やかで、明るい旋律だ。

 セレーナとラーシャの魔法がその音色を拾い、レミルバ全域に響かせた。


 市民は突然のことに驚いているだろうが、この曲を知る者は少なからずいる筈だ。子供が生まれての祝いごとだと分かるだろう。


 青空の下、都市を満たす演奏に耳を傾ける。

 魔法は素晴らしい。


 その後、レミルバ内の幾つもの広場でガスティーク家から市民に酒が振る舞わ、お祭り騒ぎの中、リスティ出産の大イベンは終了した。





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