第55話 成就

 俺は両親と共に王国大聖堂の前に立つ。数多の尖塔が空を突く、白亜の聖堂は荘厳で美しかった。


 セレーナとラーシャがやってくる。夏空色の髪に、純白のドレス、小さく風が吹いて裾のレースが揺れた。


 立派なドレスだった。

 最上級の絹布で仕立てられ、一見目立たない白糸での刺繍が、無数の花模様を作っている。正妻として嫁ぐ並の伯爵令嬢よりずっと上、ともすればリスティのドレスに匹敵する。

 クイトゥネン伯爵家と言えど、この水準を二着は相当な出費の筈だ。

 側室の式に家として見栄を張る利は乏しい。積まれた金貨に込められているのは純粋な娘への愛情だろう。


 似合っていて、とても綺麗だ。


 大聖堂での挙式にして良かった。レミルバの教会だって悪い場所ではないが、この装いに相応しいのはこっちだ。


 共に歩くクイトゥネン伯爵夫妻は優しげな目で娘を見ていた。


「セレーナ、ラーシャ、よろしく」


「はい。よろしくお願いいたします」


 新婦と軽く挨拶。両家の両親に続き、俺達は大聖堂へと入る。

 両手に花、とはならない。俺の左に二人が並ぶ形で聖堂を進む。


 参列者の一番前の席にはケフィン王子、その隣には金髪碧眼で胸の大きな少女が座っている。婚約者のジスレーヌさんだ。彼女はまだ13歳、二人が共に行事に参加するのは初めてだと思う。参列者の人数も "格" も側室の式の域を完全に超えている。


 儀式自体は取り立てて述べるべきこともない。

 リスティのときと同じように、太陽神に誓いを立てて、両家が婚姻の承認を宣言し、供物として果実を捧げる。違いは供物の果実を火で燃やしているぐらいだ。


 恙無く、祭事は終わる。


 これで、正式に妻が3人……凄いな。




 結婚式を終えると次は夜会。100人を超えるぐらいの参加者数になったので、会場は王城の中ホールだ。


 開始早々、俺はヴィーダル・マンジュラと向かい合っていた。お互い絵に描いたような作り笑い。顔の作りは違うのに、鏡でも見ている気分だ。


「フォルカ殿、セレーナ殿、ラーシャ殿、ご結婚を心よりお祝い申し上げます」


「これはヴィーダル殿、ありがとうございます。非常にお忙しい中、挙式に続きご参加いただけたこと、まさに望外の吉事、大変ありがたく思います」


 『来ると思ってなかったよ、何で来んの?』という意味だ。


「いえ、寧ろ父と揃って参加出来なかったこと、申し訳なく、無念でなりません」


 そのまま少し雑談をするが、慇懃無礼のコンクール。


 隣ではセレーナとラーシャが引き攣った笑みを浮かべている。二人共、ようこそ、ロフリク・ガスティーク側へ。うちに嫁いだ以上マンジュラ家とはこんな感じだぜ? 慣れてくれ。


 暫しの応酬を経て、ヴィーダルさんは「では」と離れていく。


 初手で疲れたが、そこから先は平和なお祝い会だった。

 ドメイア公爵が「優秀な子が沢山生まれたら嫁にくれ」と笑い、アル兄はセレーナとラーシャのドレスを褒めまくる。

 身内やご近所からは、素直なお祝いの言葉をいただく。


 今日の参加者は皆、今回の婚姻の性質を理解している。リスティのときのような困惑や訝しみはない。


 ヴィーダルさんも最初の挨拶以降は、ノルマは終わったとばかりに隅っこで静かにしていた。


 しかし彼は何をしに来たのだろう……


 少し考えて、何となく分かった。これは単に見に来たのだろう。両家親族の雰囲気や、嫁ぐ二人の様子、そういった情報を得る為の観察、そう考えればしっくりくる。


 少し不気味だ。まるで不測の事態が起きていないか、念の為確認しに来たような……。


 そんな感じで、俺の心に不安を残しつつも、夜会は終わった。


 後は馬車でセレーナ、ラーシャと共にガスティーク邸へ帰還するだけだ。



◇◇ ◆ ◇◇



 俺は風呂を済ませ、王都ガスティーク邸の寝室にいた。椅子に腰掛け、そわそわした気分で、待つ。


 ドアが開き、セレーナとラーシャが入ってくる。


 二人はお揃いのネグリジェを着ていた。


 純白の薄い絹布で作られ、襟元と袖、スカートの裾の部分に青いリボンの飾りが付いている。凄く可愛い。

 明らかに新品だし、普段使い用とは思えない。今日の為にドレスだけでなく、寝間着も仕立てたのだろう。


 二人も湯浴みを済ませたようで、髪が少ししっとりしていた。


「フォルカさん、今日はお疲れ様でした」


「うん。セレーナとラーシャもお疲れ様」


 緊張で少し喉が渇く。野望の成就まであと少し。

 俺は立ち上がり、右手でセレーナ、左手でラーシャの手を取る。


「おいで」


 そのまま二人の手を引いてベッドの方へ向かう。


「あ、3人で、なのですね」


 ラーシャが言う。心臓がドクンと鳴る。正念場だ。


「二人が嫌でなければ、俺はそうしたい」


 変態と思われても構わない。ベッドの真横まで来て、手を離す。俺はベッドに浅く腰掛けた。


「大丈夫です。そうなるかな、とは思っていたので」


 そう言って、セレーナは俺の右足の太腿に手を付いて、右膝に跨る形で座る。ラーシャも同様に左足の膝に座った。中々に挑戦的な体勢だ。


 軽いなと思った。リスティも決して重くはないが、小柄な分ずっと軽い。


「クイトゥネンのワガママを聞いて貰ってますし、要望は何なりと」


 二人の可愛らしい顔がすぐそこにある。石鹸の柔らかい香りがした。


 セレーナが更に顔を寄せてきて、目を閉じる。俺は引き寄せられるように、唇を重ねた。暫くして離し、今度はラーシャとキスをする。


 もうこの時点で、脳が蕩けそうだ。


 俺の野望は無事叶った。



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