第54話 土下座

 一通り話を終え父は戻って行った。


「ねぇ、フォルカ」


 リスティに名前を呼ばれる。声色が少し冷たい。顔を見ると彼女は笑っていた。

 意識的に口角を上げただけの、作り笑いだ。


 俺は何があったのかと不安になる。


「何? リスティ」


「さっき結婚式は一回って聞かされたとき、嬉しそうだったよね。何故?」


 リスティと目が合う。青い瞳が深く輝いた。怪しまれた。野望に半ば勘付かれているかもしれない。

 ピンチだった。何とか対処しなくてはならない。


 冷静に切り抜けろ、フォルカ・グレス・ガスティーク。俺は自分に言い聞かせる。最年少で、戦争で重要な功績を上げた者に贈られる『グレス勇猛たる』の称号を得た俺だ。貴族社会でもマンジュラ派とバチバチやり合ってきた。


 この程度は大した危機ピンチではない。

 上手い言い訳を一つ構築するだけだ。


 そもそも結婚式など疲れる催し、二回もやるとなれば負担が大きいのは明白。これを疎んだとして不自然はない。

 そしてもし別日程で二回となると、参列できるメンバーに差がでることが考えられる。片方だけ多かったら気まずいではないか。一回が良いと俺が願っても当然であろう。


 平静を取り繕い、さも当然のように、そう返せばいい――



 体が自然に動いた。立ち上り、半歩横にずれて椅子の横に、両膝を曲げ、床に付き、腰を落として、足を揃えて正座。そのまま腰を曲げて頭を下げ、手を床に付く。


「ごめんなさい。一度に式を挙げれば、二人共初夜になるので、3Pに持ち込めるかもって、期待しました」


 こんな動き、練習をしたことなど一度もない。にも関わらず完璧な土下座だった。重心は左右のどちらにもブレておらず、無駄のない動きは、流れるよう。


 リスティ相手に嘘は付けない。それに恐らく見破られる。


「ふぅん。そうなんだ……正直で嬉しいよ。確かに二人いればもんね」


 挟む? 何だろう。考えろフォルカ。リスティは ”挟む” の主語を省略している。主語が省略されるのは、何が主語が明白な場合か、卑猥な内容を暈すとき。つまり……


 なるほど、まな板1枚で人参を挟むことはできない。しかしまな板2枚でなら? そう、挟める。当然の道理である。


「知ってるよ。男の人は好きだって」


 巨乳主義派ばかりのこの世界の男達、挟むのが好きな人は多いらしい。それは俺も知っている。でもこの世界の男性陣が好きというのは、そういうことではない。大きさを感じられるから好きなのであって左右からの加圧は本質ではない。そもそも俺は貧乳教徒だ。


「えっと、リスティ」


「姉妹に先後・優劣を付けないという意味では一緒にというのも良いと思うんだよ。でも正妻として、負けられない」


 なんか、リスティが変なことを言い出した。オセロじゃないのだから挟むと勝ちとかはない。

 ……そう言えばこの娘、コーム王の血を引いているのだよな。


「ということで、リタさん」


「は、はい」


 リタは突然名前を呼ばれ、戸惑った感じの声を上げる。


「いずれ、私達も挟もう」


 うん。コーム王のDNAを感じる。



◇◇ ◆ ◇◇



 リスティがコーム王の血の片鱗を見せたのは別として、淡々と慌ただしく、結婚に向けた準備は進んで行った。


 まず王家からの回答は、案の定『参加』だった。レオガルザ陛下は来ないがケフィン第一王子が参列するそうだ。ただ、参加するのは挙式だけ、夜会は王家から参加者はなし。

 何にせよ、これで建国六家の招待が確定。既に招待状を出した。


 家令のミュズリさんは王都に送られた。式に関するほぼ全権を父から委任され押し付けられて、調整にあたっている。

 かなり大変な仕事だろう。仮にレミルバでの挙式でも宿泊場所の確保など別の手間はあるが、やはり仕事の総量は王都挙式の方が多い。俺の野望のせいで苦労させていると思うと本当に申し訳ない。


 ま、とはいえだ。側室の挙式を大聖堂でやるだけで十分異例なので、それ以上の凝ったことはしない。結婚が決まった直後から細々とした準備は進めているし、何とかなるだろう。


 俺の方もミュズリさんの抜けた穴を埋めるため仕事が増えていた。元サラリーマンの技能を活かしガリガリ処理している。


 一日一日と時間は過ぎていく。リスティのお腹はかなり大きくなり、遠目に見ても妊婦と分かるようになった。リタもお腹が出てきている。


 俺には日課が増えた。リスティのお腹に「お父さんですよー元気ですかー」と話しかけ、リスティに暖かい目で見られるという重要なタスクである。


 そして、結婚式の日が間近になり、俺達は王都に向かった。また馬車での移動だ。


 気温はかなり低かったが、火属性の魔法があれば暖を取るのは容易い。小さな樽に水を入れてお湯にするだけだ。

 リスティ、リタに加え、マリエルさんも特製馬車に放り込み、ガタゴト。今回は日数をかけず、途中で馬を替えつつ一泊二日で王都入りした。



「旦那様、奥様、フォルカ様、リスティ様、お待ちしておりました」


 王都ガスティーク邸に到着すると、ミュズリさんの目の下には隈ができていた。あの隈は俺の咎だ、背負って生きよう。


「ご報告いたします。王家からケフィン殿下がご参列の予定で変更はございません。建国六家からは…」


 ミュズリさんの説明が続く。


 建国六家はマンジュラ公爵家からヴィーダル、ファマグスタ公爵家からモーゼスさん、ドメイア公爵家からは公爵本人と娘のジスレーヌさん、アル兄も参加だそうだ。王家に合わせて主に次の代を参加させる流れな訳だ。

 なお、ジスレーヌさんはケフィン殿下の婚約者である。


 しかし、ヴィーダル・マンジュラ、貴殿は来なくていいのだが。


「夜会ですが、こちらは建国六家からはヴィーダル様、ドメイア公爵、アルヴィ様の3名のみご参加です」


 ……ヴィーダル殿は夜会まで来るのか、根性あるなぁ。殆ど敵地に単身突入じゃないか。


 なお、建国六家以外の招待客はそれなりの参加率だ。程よい人数になりそうである。


「あともう一つ、これは別件です。王家から秘密で情報提供がありました。マンジュラ公爵からの情報提供に基づき、王家の防諜部隊がグリフィス王国の間者スパイである可能性のある人物を複数人捕らえたそうです。ガスティーク家も間者スパイには注意して欲しいと」


 きな臭い話だ。嫌だなぁ。




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