第53話 前進!
俺はリスティのベッドに腰かけた状態で、口を半開きにして虚空を眺め、惚けていた。
圧倒的な解放感と、苛烈なまでの多幸感で、脳が満たされている。
「ふふっ、余裕のないフォルカの声、可愛いかったよ。さっきより更に薄かったから、これで暫くは爆発はしないね」
いや爆発しないから、という突っ込みの言葉も出てこない。
「ありがとう……」
「妻として当然。フォルカがして欲しいときはいつでもするから。これなら後処理とかもいらないし……ま、フォルカのは涎まみれだけどね」
リスティが立ち上がり悪戯っぽく笑う。
俺は心の底からコーム王に感謝していた。手記を残してくれて、ありがとう。今まで色々思ってごめん。
リスティが30センチぐらい間を空けて、横に座る。もっとピッタリしたくて俺が腰を浮かせると、リスティが手を伸ばして止めた。
「臭うかもだから……」
「やだ。くっ付きたい」
俺が子供みたいな言い方をすると、リスティは諦めたように手を下ろした。近付いて肩を抱く。
確かに、僅かに生臭い臭いを感じる。その原因を思えば確信できる。俺は世界で一番の幸せ者だ。
暫く、そのまま幸福を噛み締める。
コンコンコンとノックがした。
「フォルカ様、こちらでいらっしゃいますか?」
リタだ。俺は「いるよ」と返す。
「聖水の輸送業者は既に待機しておりますので、お伝えしておきます」
そうか、そんな時間か。
「分かった、行く。リスティ、行ってくるね」
「いってらっしゃい」
俺は部屋を出て、中庭へ。日課の『聖水』供給を終わらせる。その後は事務仕事を進めるため、執務室兼書斎へ移動する。
カンカン、トントンと音がする。セレーナとラーシャの部屋を作るため早速工事が始まっていた。
何から手を付けようかと考えていると、ドアがノックされ、リタと文官一人が入ってくる。
リタは医者から妊娠でほぼ間違いないだろうと言われていたが、
「フォルカ様、
帽子状の鉄製防具が3つ手渡される。持つと、思ったより軽い。薄めのようだ。3個はどれも同じぐらいの重さと形状、ばらつきはなく品質は揃っている。
「工房側で性能を検証した資料がこちらです。フォルカ様の指示した、山なりに飛んでくる矢を防げるという水準はクリアしているそうです」
ふむ。とりあえず俺は被ってみる。サイズは少し緩いが俺より頭の大きな人が被れないと困るからこんなものだろう。布か何かで調整すればいい。机からハンカチを出して実際に調整してみる。顎紐も付いているので結ぶ。首を振ってみるが、ズレたり落ちたりはしない。大丈夫そうだ。軽いので首への負担も少ない。
「リタ、どうかな?」
「兵士用の実用品なのでフォルカ様に似合うかというと、今ひとつかと」
つまり格好良くはない、と。まぁでも見た目は重要ではない。
「念の為にこちらでも検証するか。中庭に弓兵を何人か集めてくれ」
俺は指示を出す。文官は「承知しました」と足早に出て行く。
俺はリタを連れて中庭に出た。鉄帽子をリタにも被せてみる。かなり緩いが……ちょっと間抜けな感じで可愛い。
「フォルカ様、その、なぜそんなに楽しそうなのですか」
「可愛いから」
「そ、そうですか」
そうしているうちに、文官が兵士を連れてやってきた。
俺は再び
「防具の性能を試したい。山なりの軌道で少し遠くから
検証は可能な限り実際に近い条件でやりたい。なら人が被った状態で試すのが一番だ。
「ふ、フォルカ様に向けて射るのですか!?」
弓兵が驚く。うーむ。この辺魔法使い連中なら「あ、いつものね」なのだが。
「防御魔法を表皮近くに展開するから大丈夫だ。普通の矢では絶対に貫けない。あ、抗魔鋼の矢とか持ち出してないよね?」
「はい。もちろん。アレは金庫に入っていて持ち出し禁止ですから」
「なら、完全に安全だ。遠慮なく撃ってくれ。山なり軌道となると中々命中しないだろうが、沢山撃てばそのうち当たるだろう」
検証が開始された。初射はおっかなびっくり躊躇いがちだった弓兵も俺の胴体に当たった矢がピキンと跳ね返るのを見て、安心して射始めた。
ヒュンヒュンと矢が飛んでくる。20本目ぐらいだろうか、
手を挙げて一回、矢を止めさせる。俺は
だが折角だからもう少し続けよう。角度とかで違うだろうし。
「再開してくれ!」
また矢が飛んでくる。段々慣れてきたのか、命中精度が上がっていく。矢の回収も挟み、試験を続ける。何度も
何十回目の命中か、頭に展開していた防壁に矢が当たる音がした。
手を挙げてまた止める。
既に傷が付いていた場所に命中したのか、それとも角度が良かったのか、よく分からない。だが。
「これで終了にしよう100パーセントではないが有用だと分かった」
戦場でここまで矢の集中攻撃を一般兵が受ける可能性は低い。滅多に貫かれないなら十分だ。
厚くすれば防御力は増すが、重くて動き難くなる。最適な性能だろう。
「合格だ。これで量産するように指示を伝えてくれ」
文官が「はっ、承知いたしました」と返す。
部屋に戻って、改めて事務仕事にとりかかる。リタと一緒に報告を読んだり計算したり、あれやこれや。
暫く頑張って、少し休憩。居間に移動して、リスティとマリエルさんも呼んでお茶をする。
妊婦ばっかりなので、妊娠中OKとされる種類のハーブティーだ。
と、そこに文官を伴って父がやってきた。
「父さん、どうしたの?」
「手紙が届いたので話をしに来た。リスティさんは妊娠しているし、呼ぶより行こうと思ってな」
なるほど。父よ気遣いありがとう。
父に椅子を勧め、お茶も入れる。リタとマリエルさんが立とうとするのを父が止める。
「二通来ていてな。まずはレディング伯からだ。フォルカが醤油を他の家に作って貰おうと言っていた件、レディング家で手を挙げてくれた」
おお、素晴らしい。母の実家なら安心だし、あそこは王都に近いから販売もしやすい筈だ。よし、ラボメンバーを派遣しよう。レディングなら温度計も出して大丈夫だ。
「嬉しいですね。アレがついに、日の目を見る。早急に準備します。クーデルが」
王都に広がれ醤油の香り。焼鳥屋台とか作りたい。醤油ラーメンとかも良い。そうだ、屋台村を作ろう。どこか土地を押さえておくか。
夢が広がる。現代知識はグリフィス圧殺40箇年計画なんかより、楽しく使うものだ。
「うむ。そうしてくれ。そしてもう一つはクイトゥネンからだ。王都大聖堂での挙式で了解が取れた。次に決めるのは招待する範囲だが……」
ああ、悩ましいやつだ。
前世日本でも結婚した友人が滅茶苦茶悩んでた。「あの人を呼ぶならこの人やその人も呼ばないと不自然だが、下手に広げると会場が」とかブツブツ言ってた。懐かしい。
「まずは建国六家に声をかけるか、が問題ですね」
「いや、まずは王家だ。王家が来るなら六家を招待することが確定する」
あ、なるほど。ロフリク王国の文化だと側室の式に正妻の親族、特に父親が参列することはよくある。側室の選定には正妻の意向が重視され、正妻の意向の裏には往々にして、正妻の実家の意向があるからだ。
そして例え正妻の実家の立場であろうとも王家が来るなら建国六家は呼ばなくてはならない。来るかは別として招待しないのは角が立つ。
……めんどい
「たぶん、誰か来ると思いますよ、王家」
リスティが言った。うん、俺もそんな気がする。
「後はここ数代で両家と結婚関係のある家と、両家の隣接領地の領主ですかね」
「それが無難だな」
うーん。とりあえずマンジュラ公爵は来ないと良いなぁ。
あ、でもこれで。
「ところで式って一回ですよね?」
「ああ。二人一緒になってしまうな。例外的だが、教義上は問題ない」
よし、野望に向けて大きく前進だっ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます