第50話 帰路
ガタゴトと馬車が揺れる。季節が秋に差しかかり、陽射しは少しだけ柔らかくなった。窓枠の外に蜻蛉が止まり、すぐまた飛んで、空に去っていく。
俺達は王都からガスティーク領レミルバへの帰路に着いた。馬車の車内には俺とリスティと、そしてリタがいた。
妊娠しているかもしれないので、リタもサスペンションの良いこの特製馬車に乗って貰うことにしたのだ。
ただ、リタは申し訳なさそうな顔でちょこんとしている。緊張させてしまうのでは却ってよくない。
「リタ、ふんぞり返れとは言わないけど、リラックスしなよ」
俺がそう言うとリスティが横でうんうんと頷く。
「折角のんびりじっくり3人で話せる状況なんだし」
「はい。その、お気遣いありがとうございます」
まぁ、リラックスは「しろ」と言われてできるものでもない。ここは何かくだらない話でもして空気を緩くするしかあるまい。何かよい小噺とかないだろうか。考えるが、なかなか出てこない。仕方ない、下ネタで行くか。
「そう言えば、セレーナ、ラーシャとの顔合わせのとき、俺の大きいって言ってたけど、大きい方なのかな?」
「うん。大きいよ。コーム王の手記に家臣の男性器を勃起状態で測らせた100人分の記録があったけど、フォルカは上位2割には入る」
まさかの客観的データだった……つまり俺のサイズは100人中で10番台後半ってところか。リアルな数値だ。
しかし、コーム王、探究心も豊だな。そして家臣の男性陣は御愁傷様。
と、リタが頭をハテナマークで埋めたような顔をしている。それに気付いたリスティが、王家の禁書について説明を始めた。
「そ、それはまた、凄い手記が残されてますね」
うん。俺もロフリク王家はなかなか自由な家風だと思う。フェリシー王女もあんなだし。
「ま、あんなこと言ったけどセレーナとラーシャは大丈夫。フォルカは大きいけど、別に異常なサイズではないから。あと万が一裂けても、私ポメイス戦争のとき内臓の裂傷とか沢山治したし」
はて。なんか、下ネタのレベルを超えて変な方向に話しが転がってくぞ。そうか、リスティもロフリク王家だった。
「セレーナ様とラーシャ様、どんな方なのでしょうか。先日お会いした限りでは気さくな方のようにお見受けしましたが」
リタが少しだけ不安そうな声で聞く。ナイス軌道修正。
「その印象通りだよ。気さくだけど、根は真面目。付き合いやすいタイプだと思う。あの二人はフォルカに恋愛感情はないし、子供はクイトゥネンに戻す予定だし、拗れたりはしないと思う」
「なるほど。リスティ様、ありがとうございます」
「ま、恋愛感情は嫁いでから芽生えないかまでは分からないけど……」
そこでリスティは何か思いついたように、言葉を切り、身を乗り出してリタにぐっと顔を近付けた。
「芽生えると言えばさ、リタさんはいつからフォルカのこと好きだったの?」
リスティはちょっと悪戯っぽく微笑んで聞く。
「あ、あの、その」
「答えるのだー王位継承権者だぞぉー」
リスティが両手を軽く上げて、手のひらを少し開き、小刻みに振りながら言う。
「リスティ、そのポーズなに?」
「えっ、悪い王族のポーズ。私が小さい頃お父様がよくやってきた」
そっか……まぁ、リスティもリタをリラックスさせようと戯けてくれているのだろう、たぶん。
「私はね、ポメイス戦争のとき敵襲から助けられて、キュンとなりました。リタさんは?」
「あう、その、明確にいつというのはないのですが……フォルカ様がまだ小さかった頃は、その、失礼ながら『可愛いなぁ』っていつも思っていました。でも、そのうち顔も凛々しくなってきて、声も変わって……」
リタは顔を真っ赤にして、両手の人差し指の先をちょんちょんしている。可愛い。
「背もどんどん伸びて、顔を見上げるようになって。格好良いなぁって。一度そう思ったらもう……優しいし、頭良いし、頑張り屋だし、素敵なところばっかりで。好きになってました」
そうか、そんな感じだったのか。テレるな。
「ふふっ、リタさん真っ赤で可愛い。なるほど。身長の逆転か。確かに気持ち変わるかも」
リスティは満足気だ。
一つ話に区切りがつき、会話が途切れる。だが悪い雰囲気ではない。リタも肩の力は抜けたようだ。
馬車は揺れる。ガタガタと、ゆらゆらと。
「マリエルは元気かな」
少しして、リスティが呟いた。
「何かあれば連絡がくる筈だから、大丈夫だよ。ガスティーク本邸には聖属性魔法使いもいるし」
「うん。これから賑やかになるね。セレーナとラーシャが来て、私の赤ちゃんが生まれて、マリエルの子供も生まれて、そこから少ししたらたぶんリタさんも」
改めて言われると、凄い。ガスティーク本邸にはまだ十分なスペースがあるが、一気に人が増えることに変わりない。
レミルバに戻ったら部屋を準備したり、色々と忙しそうだ。
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