第49話 狩り、再び

 俺達はペリステ侯爵邸の庭にいた。


 今日は以前、アル兄と「また夏に」と約束していた狩りバーベキューなのだ。

 ここで待ち合わせて、出発する。今回は少しメンバーが増えている。


 ガスティーク家からの参加メンバーは俺、リスティ、ライラ、アリア、ライラの侍女アモッラの5人になる。

 アモッラは身長180センチ超えで筋骨隆々な赤髪の女性だ。とても強そうで、実際強い。妊娠初期の可能性があるリタはお休みなので、代わりに入って貰った。


 ペリステ家は前回同様アル兄に従者のドナルドさんが付いてくる。


 白馬マルスフィーに乗りフェリシー王女が現れた。シュタッと馬から降りる。なんやかんやで妹思いのリスティが誘ったのだ。


「お姉様、お誘いありがとうございます」


 フェリシー王女は満面の笑み。リスティと出掛けるのが本当に嬉しいらしい。


 程なく、もう一組の参加者も同じく乗馬して現れる。セレーナとラーシャだ。二人は顔合わせの後も王都に滞在していたので、交流を深めておこうと誘った。


「フォルカさん、お誘いありがとうございます。アルヴィさん、フェリシー殿下ご無沙汰しております」


 二人は胸を気にして他の貴族との交流を避けていたが、いつまでも引き籠もってはいられない。このメンバーならリハビリにはちょうど良いだろう。


「ああ、セレーナ、ラーシャお久しぶり。話は聞いたよ。フォルカはいい奴だから、よろしくな」


「お姉様をよろしくお願いしますね」


 これで参加者が揃った。


「しかし、大魔法使い級が5人にフェリシー殿下までか」


 アル兄が呟く。確かにとんでもない戦力だ。こんな連中に狙われる鹿は前世で何をしたのだろう? きっとコンビニでタバコを買うとき番号で言わなかったに違いない。なら容赦は要らないな。


「ではっ! 出発〜」


 フェリシー王女が明るい声を上げて、皆でぞろぞろ移動を開始する。


 妊娠中のリスティはアリアと一緒にアモッラが御者をする馬車に乗っている。それとは別にドナルドさんが荷馬車の御者をしていた。その他のメンバーは全員馬に乗って移動だ。


「まずは建設現場の見学だけど、どんな感じかね」


 今日は狩りの前に『温室』の建築現場を見る。ちょうど通り道なのだ。作業員のための付届けも準備してある。


 のんびり進んで温室の建設地に到着する。既に基礎工事が終わり、魔法加工された鉄骨が組まれ、一部には板ガラスも嵌っていた。


「皆様、ご視察いただき光栄でございます」


 工事の責任者が恭しく頭を下げる。彼らは王家に仕え、建築工事を担う家臣達だ。つまり正式な貴族である。土属性魔法の使い手が何人もいるので高度な建築ができるし、機密管理に関しても信頼が置ける。


「これが、お父様の苺小屋」


 そう呟くのはフェリシー王女。温室じゃなくて苺小屋らしい。まぁ、実態に即した名前という意味では適切だろう。


「おやつの為にこれを作るワガママが許されるなら、私もお姉様と一つのベッドで眠れるべきでは?」


 小声で、フェリシー王女が何か言ってる。

 ……ガスティーク家としては外国の賓客を驚かせるとか、そういう使い方を想定して提案したのです。そして、ロフリク家の家臣はそういうこと外交ネタにも使ってくれる筈、たぶん。


「流石、早いですね。もうここまで」


 フェリシー王女の呟きは無視して、俺は工事に関する感想を述べる。これなら遠からず完成するだろう。やはり土属性魔法があると建築速度は段違いだ。


「はい。お陰様で順調に進んでおります。フォルカ様に作成いただいた板ガラスは質が高く、寸法も揃っているので作業が非常にしやすいです」


「それは何よりです」


 そう言って貰えると、頑張った甲斐があった。


 作業員の皆さんへということで、大量の焼き菓子を渡す。最初はお酒とも思ったが、森の中に酒を持ち込まれても困るだろうから、クッキーにした。

 フェリシー王女が「どうぞー」と渡し、責任者さんが「ははーっ」と受け取る。


 見学を終了し、王家の狩場の森へ向かった。


 ぞろぞろと進み、目的地に到着する。夏の森は緑の色が深く、力強く見える。

 前回同様に湖の畔に馬車を止めた。ドナルドさんとアモッラの従者組が手早く荷物を降ろしていく。


「では、私達で調理の準備をしておきます」


「うん、よろしくお願い。じゃあ食材調達と行こうか。アル兄とライラはまた魚を狙ってみてよ」


 さり気なく、はもう面倒くさいので、俺は露骨にアル兄とライラをセットにする。


「おう、俺は構わないが」

「分かったー」


 二人からは同意が帰ってくる。


「あ、でもライラ、今回は石打ちは禁止ね。あれは邪道だ」


「えー、ゴッチン楽だよ」


 俺が縛りを付けると、ライラが異を唱える。


「だって魚釣りにならないじゃん。それに狙った魚以外にもダメージを与える無差別攻撃だし」


 俺は認めない。石打ち漁じゃすぐに終わってしまう。アル兄とのんびり魚が竿にかかるのを待っているといい。


「うーん。まぁ、仕方ない。頑張るね」


 少し不満そうにライラが返し、アル兄とライラは釣竿を手に川に向かって行った。

 遠ざかっていく後ろ姿は楽しそうな雰囲気を感じさせる。


「ふむ。いい感じですね」


 と、腕組みして言うのはフェリシー王女だ。


「初代即位の夜会で楽しそうに踊る二人を見て、アルヴィさん狙いの令嬢達が滅茶苦茶焦っていたそうですが、これはもう決まりかもしれません」


「うん。アル兄はそこらの令嬢になんかにあげないぞ」


「フォルカ、そっちなんだ」


「だってアル兄は大魔法使いで、優しくて、イケメンで、家柄も良いんだぞ」


 ライラめっちゃ可愛い我が妹でもなければアル兄には釣り合わない。逆もまた然りである。


「さて、じゃあこっちは鹿か猪でも探すか。リスティはゆっくりしててね」


「うん。いってらっしゃい」


 従者組と妊娠中のリスティを残して、俺達は森へと入っていく。


 皆で、獲物を探す。鹿か、猪を狩りたい。今回はアリアも真面目に探している。フェリシー王女とセレーナ、ラーシャがいるから少し自重しているのかもしれない。


 森の中を歩き回る。だが中々見つからない。


「居ませんね、もう少し簡単に見つかってもいいと思いますけど」


 フェリシー王女がぼやく。


 もしかして俺が余計なことを考えたせいだろうか? 『コンビニでタバコを番号で言わない奴』なんて転生させてねぇわ! という神の意志表示だろうか?


 そのとき変な臭いを感じた。これは多分、腐った肉の臭いだ。


「臭いますね。行ってみましょう」


 臭いのする方向にフェリシー王女がスタスタと歩いていく。皆で続いて歩き出す。


 少し進むと、鹿の死体が二つあった。親子だろうか、片方は子鹿だ。損傷は激しく、野生動物の食べかけの肉という感じ。既に腐り始めており、強烈な臭いを放っている。


「この傷だと……熊か? いや、それにしても損傷が激しい。一撃で叩き潰されている」


 不意に、魔力を感じた。

 俺達以外が近くで魔法を使っている。


 魔力の方向を凝視する。木々が揺れる。大きな音を立て、何かが近付いてきていた。


 すぐに姿が視界に入る。やはり熊だ。そして、その体には魔力が巡っていた。これは、恐らく木属性の自己身体強化魔法だ。


「熊の魔獣か」


 俺は呟く。魔獣とは魔法が使える人間以外の動物を指す言葉だ。人間の中に魔法使いが生まれるように、稀に他の哺乳類や鳥類にも魔法を使える個体が現れる。


 獲物を横取りされるとでも思ったのだろう。異常な速さで一直線に駆けてくる。速すぎて躱せなかったのか、木に衝突するが、木の方が砕け熊の勢いは止まらない。

 大きな熊だった。体長は2.5メートルを超えるだろう。


 熊は一番近くにいたフェリシー王女に迫る。右の前脚を振り上げ、フェリシー王女に叩き付けた。


 丸太で地面を叩いたような大きな低い音が響く。


「魔獣なんて珍しいですね。適性は人間で言うなら木4ぐらいでしょうか」


 フェリシー王女はこともなげに言う。


 身体強化魔法を発動したフェリシー王女は、熊の一撃をガッチリと受け止めていた。


 まぁ、当然の結果である。フェリシー王女の方が魔法使いとして遥かに上なので、元々の膂力の差を覆しているだけだ。


 次の瞬間にはフェリシー王女の放った聖属性の光の刃が熊の胸を刺し貫いていた。位置的に心臓と頚椎を完全に破壊している。


 熊はそのまま倒れる。地面が揺れた。


 魔獣は珍しいので殺すのは少し勿体ない気もするが、熊となると飼育したり調教したりするコスト、リスクが大き過ぎる。馬とかなら捕獲確定だが、猛獣は基本殺処分である。


「肉、捕れましたね」


 セレーナが言う。その通りだ。魔法が使えようと熊は熊、熊肉はジビエ。


「よし、血抜きして」


 こうなれば鹿と同じ、俺は水属性魔法で血を抜く。次にフェリシー王女が『即死魔法』で熊を消毒した。


「この熊が居て、この辺の鹿は減ったのかな」


 専門家じゃないから分からないけど、身体強化魔法の使える熊はヤバい捕食者だ。周辺の鹿や猪は食い尽くしたのかもしれない。


「かもしれません」


 まぁ、とにかく危険な魔獣を駆除できた。肉もある。


「この後どうしようか、量としては既に多過ぎるけど」


 こんな巨大な熊、何キロ肉があるやら。当然食い切れない。


「ここから更に鹿や猪を追加したら、残った肉が馬車に乗らなそうです」


 そう言うのは、ラーシャ。確かに、これ以上大物を獲ったら捨てることになりそうだ。止めよう。


「なら戻ろうか」


「それがいいですね。熊の運搬は私がしますよ」


「フェリシー殿下、申し訳ない」


 この熊は流石に重過ぎるので俺の手では持てない。水属性魔法で無理矢理解決もできるが、身体強化したフェリシー王女が持つのが一番手っ取り早い。


「フォルカ義兄様、そんな畏まらず。お安い御用です」


 そう笑顔で言うと、フェリシー王女は「ふん」と巨大熊を両手でバンザイするように持ち上げる。何だかコミカルで可愛い。アリアがそれを見てパチパチ拍手していた。


 フェリシー王女が歩くと、ドシンドシンと地面が揺れた。両手を上げているため、体勢的に大きな胸が強調される。胸も一緒にプルプル揺れた。


 馬車を止めた湖の畔に戻る。


「お姉様〜熊狩りましたー! しかも魔獣だったんですよ」


 従者組と共に待機していたリスティに、嬉しそうに自慢する。


「お、大っきい……」


 リスティは熊のデカさに目を丸くしている。


「おお、これは見事。解体バラしがいがありますな」


 ドナルドさんは嬉しそうに言う。大型の刃物を取り出して、アモッラと共に早速熊を切り始める。


「でも、私達何もしてないね」


 セレーナが少し寂しそうに言う。そう言えば俺も何もしてない。


「なら、お姉ちゃん、アレ獲ろうよ」


 ラーシャが空を指差す。ラーシャの指の先を見ると、空高くを鳥の群れが飛んでいた。セレーナが「そうしよう!」と返す。


 セレーナとラーシャが魔法を構築した。二人分の魔力を合わせ一つにしている。凄まじい大魔力だ。


 強く、冷たい風が吹いた。飛んでいた鳥が数羽、藻掻きながら空を落ちてくる。風属性魔法の気体操作で大気を操り、鳥を落としているのだ。翼による飛行を阻害し、同時に落下地点もコントロールしているのだろう。


 そのまま俺達の前に6羽の鳥が落ちて来た。地面に衝突して動かなくなる。


 ……なるほど、こう獲るか。俺の風魔法ではとてもあんな高度に干渉はできない。


 二人が落とした鳥は食用になる旅鳥だ。半端な時期に渡りをしてロフリク王国を通過していくので、寝坊鳥と呼ばれる。詳しい生態はロフリク王国では知られていないが、美味しい。


「二人とも凄いな」


 何もしていないのが俺とアリアだけになった。せめて羽を毟ろう。


 俺はぶちぶち、鳥の羽を毟る。


 鳥の羽を毟り終わった頃、アル兄とライラが戻ってきた。


「アル兄、釣れた?」


「竿で釣れたのは1匹だけだな。でも手掴みで9匹取ったから皆で食えるぞ」


 手掴み、それはそれで楽しそうだ。


「私も一匹だけ手で捕まえられたよ」


 そう言うライラはとても嬉しそう。

 夏、若い男女で小川に入って水遊びがてら魚を掴み取り、何だか青春の1ページという感じだな。楽しかったようで何よりだ。


「そっちは……熊っ! でかっ!」


「聞いて驚いてくれ、アル兄。なんと魔獣の熊だ。フェリシー殿下が瞬殺した。そしてセレーナとラーシャは寝坊鳥を落とした。俺は特に何もしてない。鳥の羽を毟っただけだ」


「そうか……残念だったなフォルカ」


 ドナルドさんとアモッラが解体した肉の塊をリスティがナイフで薄くスライスしていく。おお、リスティが料理している。可愛い。


 調理の下拵えが進んでいく。そろそろ火をおこそう。俺はアル兄に仕事を取られる前に薪に火をつける。


 バーベキュー的な食事が始まった。


 まずは薄切り熊肉に、塩と香草ハーブを振って焼く。熊肉は少し硬いけど、旨味が強くて美味しい。


 鳥も焼いて、これまた塩と香草でいただく。あっさりしてクセのない肉が、少し焦げて香ばしい。これまた美味だ。


「美味しいね」


 リスティが笑う。俺は「だな」と笑い返す。


 アル兄とライラが楽しく獲ってくれた魚も焼いて、塩だけでいただく。


 最後は熊鍋、夏に鍋は汗だるまになるが、それも一興だ。野菜と熊肉がいい汁になっている。


 皆でワイワイ食事を楽しみ、『狩り』のイベントは楽しく終わった。


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