第46話 申入れ


 王都ガスティーク邸のベッドの上で体を起こす。窓のすぐ外の木で、小鳥が囀っていた。


 昨日一緒に寝ていたリタがいない。そう思って部屋を見回すと、彼女は部屋の隅の椅子に座っていた。既に仕事着をしっかり着て、髪も上げている。


「リタ、おはよう」


「フォルカ様、おはようございます」


 リタは澄ました顔で挨拶を返す。昨夜は甘い声で鳴いていたのに、今は完全にお仕事モードだ。俺は少し意地悪をしたくなり、自然な感じでリタに歩み寄る。


「リタ、昨日も可愛かったよ」


 そう言って、スッと顔を近付けてキスをする。「フォ、フォルカさまっ!」と焦った声を出すリタが可愛い。


 耳まで赤くなったリタに満足し、俺は服を着替える。この後は作業があるから比較的ラフな格好だ。


 初代即位の夜会から一週間、俺は王都で平穏な日々を過ごしていた。

 今日はリスティは治療の依頼を受けて王城に行き、父と母は他家の結婚式に呼ばれている。


 俺は一日屋敷にいるので、板ガラス製作をする予定である。王家は早速大量の原材料を届けてくれたのだ。


 ささっと『聖水』作りを終わらせ、裏庭でガラス成型に取り掛かる。不純物を弾いてから、規格を揃える為の石枠に合わせてガラスを板状にする。

 一枚終わると男性家臣が完成した板ガラスを運び、リタが次の原料を出してくれる。


 俺はこの手の魔法作業が好きだ。魔力をなるべく早く、緻密にコントロールして、製品を作り上げていく。単純ではあるが、技量が試される。やはり『聖水』と違って美しさという目標があるのが良い。


 どんどん、成型していく。それを家臣達が木製の大型ラックに格納していく。


 温室は王都城壁外の小さな森に作ることになった。大きさはガスティーク家のものよりも小さいが、北側を除き壁もガラス化する予定だ。内部も幾つかに区切り温度に変化を付け、通年の苺供給を目指すらしい。


 ……国王陛下、苺好き過ぎだろ。未来の歴史家に『苺王レオガルザ』とか書かれないか心配である。


 妹二人との昼食を間に挟み、延々と作業を続ける。日が傾き、オレンジ色の光が庭を照らす頃、流石に魔力と体力が厳しくなってきたので手を止める。


「ふぅ、働いた」


「フォルカ様。とんでもない量を作りましたね……」


 リタの表情には疲労の色が濃い。ガラスを運び出していた家臣もフラフラだ。しまった、周りの体力を考えずに頑張ってしまった。


「皆、お疲れ様。ごめんね、やり過ぎたかも。ゆっくり休んで」


 反省。後で俺のポケットマネーから労おう。


 そんなこんなで今日も平和に一日が終わる。そう思っていたら、両親に執務室に呼び出された。



◇◇ ◆ ◇◇



「父さん、母さん、入ります」


 俺が執務室に入ると、父と母だけでなくリスティもいた。


 父が座るように言うので、打合せ用のテーブルにつく。


「父さん、母さん、どうしました」


「うむ。今日は結婚式の後、少し個別の会談があってな。そこで提案……いや要請と言った方がいいか。話を受けた」


 なんか父の歯切れが悪い。どうしたのだろうと思っていると、リスティが口を開いた。


「フォルカ、私が言うのも何なのだけど……単刀直入に、側室娶らない?」


 想定外の言葉に俺は大きく首を傾げた。ゴキッと首が鳴った。痛い。


「つまり、俺に縁談が提示されたと?」


 両親とリスティが頷く。随分と唐突な話しである。

 ちなみに俺より先にリスティに話が通っているのは不自然ではない。側室の選定に関しては正妻の意見が非常に重視されるからだ。つまり既にリスティのOKは出ていることになる。


「どこの家から?」


「クイトゥネン家だ」


 意外な名前が出た。クイトゥネンは伯爵家の中でも上位の家だ、ガスティーク家相手とはいえ娘を側室に出すのは不自然な家格である。それに俺と結婚となると、年齢的にセレーナかラーシャだろう。二人は共に風属性適性10最高値、双子の大魔法使いである。側室に出すような人材ではない。


 ……そこまで考えたところで、俺の中で情報が組み上がっていく。


 セレーナとラーシャは今年の初代即位記念日の夜会には不参加。去年も見た記憶はない。その他にも様々な夜会やお茶会があるが、かれこれ3年ぐらいは会っていない。


 なぜか社交の場に現れなくなった伯爵令嬢、その理由を知っているというリスティ、そして ”リスティの妊娠が発表された夜会” でのクイトゥネン伯爵の変な態度……


 つまり――


「胸ですか?」


 俺はいつか言ったようなセリフを言う。


 3人の頭がコクンと縦に振られた。


「セレーナとラーシャの胸は私よりは僅かに大きいかな。つまりリタさんと同じぐらい。ここ3年程二人は社交の場を避けてるけど、私は時々会っていたの」


「クイトゥネン伯爵には他にも子供はいるが、セレーナ・ラーシャの双子以外は魔法適性がパッとしない。元々伯爵はどちらか片方に婿を取らせて家を継がせるつもりだったそうだ」


 クイトゥネン家には男児もいる。血統のスペアが作り易いから当主は男性の方が無難だが、同時に魔法適性も重要だ。魔法の才能に差がある場合は女性に家を継がせることもよくある。

 父が言葉を続ける。


「良い婿を貰うバーターとしてもう片方を嫁がせるとか色々考えていたそうだが、胸が膨らまなかった。しかし、伯爵としては大魔法使いの血統は諦め難いらしい。側室として娶って、生まれた子供を養子に欲しいと言っている。クイトゥネン家の都合だが、あの家には借りもあるしな」


 なお、借りというのは約200年前のことだ。飢饉が起きたとき食糧支援をして貰ったらしい。気の長い話だが、貴族の世界で恩に時効はない。

 何にせよ事情はよく分かった。


「どっちですか?」


 予想は付くが一応聞いておく。


「できれば両方と言われている」


 やはりそうか。まぁ、ちっぱいOKの高位魔法使いなんて俺しか居ないしな。


 俺は考える。暫く会っていないが、セレーナとラーシャはかなり可愛い子だった。さぞ素敵なちっぱい美少女になっているだろう。俺に損はない。ガスティーク家としてもクイトゥネンに借りを返せる。そして、大魔法使い級が子供を作るのは国防の面からも好ましい。


「リスティはどう思っているの?」


 了承済みではあるのだろうが、温度感は確認しておきたい。


「二人とは仲良しだし、上手くやれると思う。このままじゃ可愛そうだしね。フォルカが受入れてくれると嬉しい」


 リスティの表情と声色は自然で、無理はしていなさそうだ。

 ならば――


「俺としては、リタの意見を聞いた上で前向きに、まずは顔合わせから、といった感じですね」


 リタが異を唱えることはないだろう。しかし聞いておくことが重要だ。リタも既に俺にとっては大切な家族、ちゃんと尊重したい。


「分かった。ならそう進めよう」


 父さんがそう纏めた。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る