第44話 夜会②
マンジュラ公爵派について考えながらフラフラしていたら、いつの間にか一人の男性が近くにいた。栗色の髪の中年男性、クイトゥネン伯爵だ。
「フォルカ殿、リスティ様、お久しぶりです」
「これはクイトゥネン伯、お久しぶりです」
伯爵は恭しく頭を下げる。俺達も深めに礼を返した。
「ご懐妊おめでとうございます。心よりお喜び申し上げます。体調は大丈夫ですか?」
何だろう? クイトゥネン伯の声色に僅かだが違和感があった。少し緊張しているような印象を受ける。
「ありがとうございます。まだお腹も出始めたところで心配も絶えませんが、順調に進んでいます」
「私も親なので、ご不安は分かります。ただ心配ごとは生まれた後も、次々出てくるものです。やれることをやった上で、肩の力を抜かれるのがよろしいかと」
子供といえば、クイトゥネン伯の娘であるセレーナ嬢とラーシャ嬢は姿が見えない。別行動だろうか。あの二人はリスティとは仲が良かった筈だ。
「そう言えば、セレーナさんとラーシャさんは?」
気になったので、俺はシンプルに聞いた。別にこの夜会に家族全員で参加する必要はないが、あの二人は『風属性適性10』の大魔法使いだ。来ていても良さそうなものである。
「娘は、今日は参加しておりません。領地の留守を頼んでおります」
そう言えば、去年も彼女らを見た記憶はない。というか、3年ぐらい会ってないかもしれない。何か事情でもあるのだろうか? 少し気になる。しかし、探りを入れて関係を損ねても困る。
そんなことを思っていると、リスティが口を開く。
「そう言えば先日、クイトゥネン伯爵領製の陶器を新しく買いました。変わらず質がいいですね」
無難な話で、話題を変える。何か事情がありそうだったし、妥当な判断だと思う。
そのまま少し雑談して、別れる。
「フォルカ。セレーナとラーシャが来てない理由、私は分かる。お友達のことだから口は噤むけど、ガスティーク家に不利益なような話ではないから」
クイトゥネン伯が十分遠ざかったところで、リスティが小さな声でそう言った。
「分かった」
リスティが把握しているなら心配はない。俺は気にするのをやめる。
さて、次はどうしようか。別室のホールではダンスが行われているから、そっちに遊びに行っても良いか。自分では踊りたくないが、今日はパートナーが妊婦なので見物だけでも大丈夫だろう。
「ダンスホールでも冷やかそうか」
俺が提案するとリスティは「良いね」と乗ってきた。
屋内に戻り、別室ホールの方向に歩き出す。そこでまた、知った顔が近付いてきた。くりっとした目の整った顔立ちに、大きな胸。紫色のドレスは、裾にガラスビーズが沢山縫い付けられ、キラキラと輝いている。
見た目が良いので、周囲の男性の視線を一身に集めている。クーデルだ。今日は彼女も夜会に連れて来られていた。
「フォルカ様、リスティ様〜」
クーデルは疲れた様子で、へにょへにょした声を出す。
「どうしたの、クー? 慣れないから疲れた?」
「はい。それはもう。ドレスのお陰で注目されてしまって……」
確かにクーデルの着ているドレスはかなりの品だ。俺が作ったガラスビーズも質が良いし。
だが、男性の視線を集めまくってるのはクーデルの素材の良さ故である。
「クーは美人だから目立つよね」
「そんなこと、ないですよ。たぶん。ライラ様の後ろに隠れていたのですが、アルヴィ様に取られてしまって。なのでお二人の後ろに隠れます」
そう言ってクーデルが俺達の後ろにくっつく。
「なら、一緒にダンスホールを冷やかそう」
三人で歩いて、別ホールに入る。
ホールの奥には楽団が演奏をしているが、その中にイザベル殿下とステイン殿下がいる。なかなかに特殊な状況だが、ロフリク王国では毎年のことだ。二人はバイオリンを弾きつつ、魔法でも色々な音色を出し、重ねている。流石は音楽活動に専念したくて第二王妃の座をゲットしたイザベル殿下、今年も見事な演奏である。
「イザベル殿下とステイン殿下、凄い魔法精度ですね……美しい」
クーデルが声を漏らす。音楽よりも魔法構築を褒める気持ちは、俺にも分かる。滑らかで優美な魔力の流れ、書道家の筆使いを眺めているような気分になる。
と、ホールの中で一際注目を集めている場所があった。人々の体に遮られて、誰かは分からない。
気になって向かうと、俺達に気付いた回りの人々が動いて、道を開けてくれた。
踊っているのはアル兄とライラだった。
アル兄は純白のタキシードっぽい服を着ている。よく似合っていた。ライラのドレスは黄色で、父お手製のサファイアとダイヤのネックレスが首元に輝いている。
アル兄はイケメンだし、俺が言うのも何だがライラも可愛い系の美少女だ。かなり絵になる光景である。
……アル兄ダンス上手いな。ステップにキレがある。俺とは段違いだ。きっちりダンスに誘ってるあたり行動力もある。素直に尊敬する次第だ。
ダンスが一曲終わり、俺達に気付いたアル兄とライラがやってくる。
「やぁアル兄、良いダンスだったよ」
「頑張って練習したからな」
アル兄が少しだけ自慢げに笑う。
「お兄様、私もちゃんと合わせられましたよ」
「うんうん。俺よりずっと上手いぞ、ライラ」
自慢げな妹がとても可愛い。うん、この2人やっぱりお似合いだ。
「ダンスより何より、妊娠おめでとう」
「ありがとう、アル兄」
「ありがとうございます。アルヴィさん」
アル兄の他意のない祝福の言葉が嬉しい。
「さて、どうする? 何か少しつまむか?」
ドレスを汚さないようカナッペやサンドイッチ中心だが、一応食事もある。確かに少しお腹が空いた。
「そうしようか。折角だから皆で行こう」
アル兄とライラも合流して、皆で食事のあるスペースに移動する。
その後は色々食べながら、雑談して、時々他の家の人と挨拶して、平穏に夜会は終わった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます