第43話 夜会①
今日は初代国王即位の日だ。ロフリク王国一番の祝日であり、大規模な夜会が開かれる。
俺にとっては結婚後初めての本格的な社交だ。更にリスティの妊娠も発表される。
何がどうと言うことはない筈なのだが、やはり少し緊張する。
俺とリスティはドアの前に立っていた。扉の先は夜会の会場である大広間だ。
開始時間ギリギリ、既に大半の参加者は会場内に入っている。父さん達も既に中にいるはずだ。別に寝坊した訳ではない。ギリギリに入るようロフリク王家側から言われていたのだ。
「リスティ、行こう」
「うん。少し緊張するね」
リスティをエスコートして、会場に入った。会場内には貴族がひしめいている。多くの視線が俺達に突き刺さる。
リスティは水色に染めた絹に、銀糸で木の葉の意匠の刺繍を施したドレスを着ている。ゆったりとして、身体を締め付けないデザインのそれは、明らかに妊婦用のものだ。
ホールの人々に衝撃が走ったのが、俺にも分かった。
『なっ、あの王女と、性交が成功したのか? しかも、こんなに早く妊娠!?』という心の声が聞こえた気がした。当たらずとも遠からずだろう。
まぁ、驚かれるのは想定通り。
二人でゆっくりと会場の中程まで進み、足を止める。すぐさま給仕から飲み物が渡された。
ちょうどそこで、音楽が響いた。国王、王妃陛下、ダミアン先王陛下の三人が別扉から入ってくる。人々はお喋りをやめ、国王陛下達に注目する。
「皆、よく集まってくれた。知っての通り今日はロフリク王国初代が即位した日……」
国王陛下の挨拶が始まる。内容はまぁ、いつも通り。毎回文面は少しづつ違うし、台本を考える文官は大変なのかもしれないが、聞く側は聞き流すだけである。
「さて、気付いた者もいると思うが今日は一つ報せがある。ガスティーク家に嫁いだ我が娘リスティが妊娠した。建国の同志たるガスティークの吉事を嬉しく思う」
国王陛下の明言に、再びざわめきが広がる。
「……では、ロフリクの未来に、乾杯!」
国王陛下の挨拶が終わり、夜会が始まる。
夜会の開始と同時に中庭と別ホールも開放されるので、通常は人口密度が下がる。だが、俺達の周辺は人口密度が高いままだ。皆、俺とリスティが気になるらしい。
注目を集めてしまっている俺達だが、次々に話しかけられまくったりはしない。衝撃的な事態にひとまず様子見、という雰囲気だ。
そんな中、レンドーフ伯爵がこちらに近付いてきた。白髪で細身の初老の男性だ。
「これはレンドーフ伯爵、お変わりないようで何よりです」
俺は軽く一礼する。
レンドーフ伯は最近会ったばかりだ。緑熱症制圧から少し経って落ち着いた頃、レミルバのガスティーク邸までお礼を言いに来ていた。
「フォルカ殿、リスティ様、おめでとうございます。そして、改めて先日はお世話になりました」
「いえ、当然のことをしたまでです」
「ご謙遜を。多くの領民を救っていただいた恩、決して忘れません。先日の発表も聞かせていただきました。素晴らしい内容でした。それにあの幕に書類を映す魔法、驚きでした……」
そのままレンドーフ伯と少し雑談をする。「では」と伯が離れると、流れができたように、貴族が話しかけてくる。
とは言え、さして重要な話題は出ない。本当に挨拶と雑談といった感じだ。まぁ、マンジュラ派の貴族は『グリフィス潰そうぜ』って言ってくるけど、これも毎度過ぎて時候の挨拶みたいなものである。
時折相手から『あんたスゲーな、よく
今日は俺とリスティの関係が良好なことを示す以外に、政治的なミッションはない。つまり俺は自分の心の通りに、幸せな顔をしていれば足りる。
暫くして、一度人が途切れた。待ちの姿勢ばかりも良くない。俺達も動こう。
「リスティ、歩こうか」
「はい。フォルカ」
とりあえず中庭に出てみる。今日はよく晴れていて、空を見ると星が綺麗だ。
そのとき、一人の男性が近付いて来た。美しい金髪に鋭い目、マンジュラ公爵家三男、ヴィーダル・マンジュラだ。長男と次男は死んでいるので、彼は次期当主である。つまり、敵対派閥の中核人物だ。
中庭に風が吹き、人々の髪を揺らした。
「これは、ヴィーダルさま。お久しぶりです」
先手を打って、リスティが話し掛ける。
「フォルカ殿、リスティ様、お久しぶりです。この度は懐妊おめでとうございます」
「ヴィーダル殿、ありがとうございます」
「いやはや、これでガスティーク家の未来も益々明るいですね。羨ましい限りです」
”羨ましい” か、中々言ってくれる。
ヴィーダル殿は既婚者で、去年子供も生まれている。それにも関わらず ”羨ましい” と言うのは『マンジュラ家は正妻の子が死に
「ふふ、ありがとうございます」
リスティが作り笑いで返す。
「ガスティーク家は綿に鉄にと、生産力を強化していらっしゃる。しかも農民の一部を農閑期に兵として訓練しているとか。着実に力を蓄えられていて、頭の下がる思いです。当家も見習うべきだと常々思っております」
『戦争できるようにしてて嬉しいな。一緒にグリフィス潰そ? 力はあるよね』という意味だ。
「ええ。領民は大切な宝ですから、万が一戦争になったときに少しでも死者が少なくて済むようにと、鍛えております」
俺は『領民を死なせたくないから今は戦争なんてしないぞ』という気持ちを込めて、そう返す。
「なるほど。しかし ”巨木には雷” ですからね」
ヴィーダル殿が言った言葉は『存在し続けるリスクはいずれ顕在化する』という意味の大陸南方の諺だ。『グリフィスみたいな国が隣で元気にしてたらどうせ戦争になるよ? さ、やろう』という意味だろう。
「そうですね。備えは必要です」
今こちらから攻めるのは嫌だぞ、と返す。
「ふむ。フォルカ殿は随分と慎重な性格ですね」
言うまでもなく『この臆病者め』と言う意味だ。
「ええ。ガスティークは慎重なのです。物事は時間がかかっても確実に、というのがモットーでして」
実はガスティーク家もグリフィス王国を潰すこと自体は吝かではない。40年ぐらいかけて準備して、締め上げたいと思っている。そのことはマンジュラ公爵家も分かっている筈だ。
「しかし良き日を待ち続けては、親が病に臥せてしまうのでは」
別に
「生煮え肉で腹を下すのは御免ですから」
寓話で来たので寓話で返す。せっかちな男が色々あって、生煮えシチュー食って腹を壊す話である。
「そうですか……お子様の健やかなるをお祈り申し上げます。子沢山になると良いですね。では」
『次代の魔法戦力沢山作れよー』というエールか煽りか判断に悩む言葉を投げて、ヴィーダル殿は去っていく。
「フォルカ、お疲れ様」
小さな声でリスティが言う。
「ううん。リスティも大丈夫?」
妊婦の体力の方が心配である。
「私は全然平気。むしろマンジュラ派はグリフィスのことばっかりで胸のこと気にしてないから気楽かも」
なるほど、確かに。多分マンジュラ派は俺とリスティがラブラブなのを分かっているのだろうな。マンジュラ公優秀だし。
結局身内と敵だけが俺達のことを理解してくれている訳か。なるほどな。
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