第40話 王都へ
リタを愛人にした後、俺の日常は平穏に過ぎて行った。俺は『聖水』を作って、事務仕事をして、魔法戦訓練をして、時々夜にリタを可愛がった。
一点、変化としては実は既婚者のマリエルさんが妊娠した。彼女の旦那さんはリスティを補助する医療スタッフのうちの一人として共にガスティーク入りしている。どうやらマリエルさんはリスティの子供の乳母を狙って、忙しい合間を縫って頑張っていたらしい。
そうして、夏が来た。王都へ向かう季節だ。
◇◇ ◆ ◇◇
ガタゴトと馬車は進む。季節は初夏。木々の緑は濃く、陽射しは力強い。
馬車の中にはリスティと2人きり、御者はリタが務めてくれている。
今回、マリエルさんはレミルバのガスティーク邸に残してきた。
「もうすぐ王都だね」
「うん。久しぶりって程でもないけど、でも私が王都を長く離れたのは初めてだから、何だか懐かしく感じる」
俺達は社交と、その他諸々のため王都に向かっている。両親と妹達もいるし荷物も多いので馬車12台の大所帯だ。
「リスティ、体調は大丈夫?」
「うん。悪阻ももう治まったし、大丈夫だよ。悪くなったらちゃんと言うから、安心して」
そう言ってリスティは微笑む。
リスティはゆったりした薄水色のワンピースを着ていた。
俺とリスティの赤ちゃんは順調に育っている……と思われる。見えないので分からないし心配だが、不穏な兆候は特にない。
「フォルカ様、リスティ様。城門が見えてきました」
リタが、教えてくれる。いよいよ到着だ。
騎兵が先行して身分を示しているので、ガスティーク一行の車列は止まらずに城門を通過していく。
馬車での移動は座っているだけとはいえ結構疲れる。今日は王都ガスティーク邸入りして、明日王城に行く予定だ。なのでもう少しでダラダラできる。
「リスティ様、フォルカ様、馬が走って来ます。特徴からして、マルスフィーかと」
リタの困ったような声がした。窓を開け顔を出すと、確かに立派な体躯の白い馬が
「お姉様ぁぁぁああ!」
美しい声色の、大きな声が響く。オペラのクライマックスかな?
「あの子はまた……」
リスティがこめかみを押さえる。白馬を駆るのは言わずもがな、リスティの妹フェリシーである。紺のズボンの上に白いブラウスを着ている。
フェリシー王女が俺達の乗る馬車のところまで来たので、窓を大きく開ける。
するとなんと、フェリシー王女はするっと窓から車内に入ってきた。運動神経凄い。
「ちょっと! フェリシー、突然入ってこない!」
「ああ、お姉様っ」
リスティの突っ込みを無視して、フェリシーは両手を広げる。抱き付くようだ。でも、妊婦なので加減はして欲しい。サバ折りはよくない。
「殿下、あまり強くは」
「わかっています」
フェリシー王女は軽く姉の肩を抱く。そしてそのままリスティの髪に頭を突っ込んで深呼吸を始めた。
「フェリシー! 嗅がない!」
「お姉様分を吸ってるだけです! ふふ、いい匂い」
それを嗅ぐと言うと思う。そう言えば馬はと、気になって外を見ると、フェリシー王女の馬マルスフィーは馬車の横を歩いてついて来ている。頭の良い馬だ。
「フェリシー殿下、お久しぶりです」
「お久しぶりです。フォルカ義兄様、お姉様、妊娠おめでとうございます」
「ありがとうございます」
「お姉様の体調は大丈夫ですか?」
「ええ。医師は順調だと」
そんな、会話を交わす間もフェリシー王女はずっとリスティを吸っている。
「フェリシー! 人の髪に頭突っ込んだまま話さない!」
リスティの言葉にフェリシー王女は少しだけ顔を離す。だが、リスティの髪を一房掴んで鼻に当てて嗅ぎ続けていた。
「この後はガスティーク邸に?」
「そうよ。明日お城に行くから、フェリシーはそろそろ帰りなさい」
「ええっ! ガスティーク邸に荷物を置いたらお城に来ましょうよ。駄目なら私がこのままガスティーク邸に付いて行きます」
「デボラ呼んで回収させるわよ。そして、いい加減本当に嗅ぐの止めなさい!」
リスティがフェリシー王女の肩を掴んで無理矢理剥がす。
「むぅ、まだ吸い足りないのに」
フェリシー王女はそう言って頬を膨らませる。愉快な姉妹である。
「フェリシー、王都の方はどう? 何か変わったことはあった?」
「うーん。フォルカ義兄様の突然の結婚で死んだ魚のような目になってた令嬢が数人いたぐらい? あと、レンドーフ伯領での緑熱症制圧は話題になってます。流石はガスティークと称賛されてますよ」
「つまりは概ね平和と」
ふむ。イザベル殿下の情報から特に更新はなしか。
「はい。他には……小さい話なら、てりやきばーがー? の店が大人気らしいですよ。フォルカ義兄様がお姉様を連れて行った話が広まって話題になり、そこから味にハマる人が続出だそうで。朝一から並ばないと食べられないそうです」
おお、照り焼きソースがブレイクしてたか。少し嬉しい。
「
「本格的な量産はしてないのです。鉄やら綿やらで手一杯で、これ以上は人材が足りません」
そうこう話すうちに馬車は王都ガスティーク邸に着く。
「さ、フェリシー、お城に帰りなさい。明日また会えるから」
「ううっ、まぁ、仕方ないですね。今日は帰ります。明日はいっぱい吸う」
そう言ってフェリシー王女はマルスフィーに跨り、去って行った。
愉快な人である。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます