第36話 実験&大切な話


「さて、では緑熱症の病原体候補の感染実験を始めます」


 ここはラボの一室。クーデルがとってもいい笑顔で宣言する。被験者はラボで働く家臣、男女2名づつ。人体実験に喜んで志願した素敵な連中である。


「本当は俺もやりたかったなぁ……」


「何度も言いますが、フォルカ様はほぼ確実に病原体に暴露してますからね。浄化魔法で発症前に消したとしても、免疫があるかもしれないので、今回は対象外です」


 侯爵家の長男に人体実験なんてできません、とか言わないのがクーデルの良いところである。


「私もしたかったよ」


 リスティが残念そうに言う。最近、リスティにクーデルのマッドサイエンティスト気質が伝染うつった気がする。

 部屋の隅ではマリエルさんが頬をピクピクさせている。


「何度も言いますが、リスティ様は免疫に加えて妊娠の可能性もあるので絶対駄目です」


 第一王女にに人体実験なんてできません、とか言わないのがクーデルの良いところである。


 でも、本当に残念だな。

 手を焼いたり、腹を少し刺したりした状態で魔法を使う訓練はしてきたが、病気で苦しみながら魔法を使う訓練はしたことがない。

 俺は軽い風邪以外病気と無縁だったから、いい機会だったのだが。

 ちなみに軽い風邪をしっかり経験しているのは、浄化魔法では治せないからだ。病原性が低すぎて有害判定されないのだと思う。


「培地で培養した病原体候補をオブラートで包みましたので、経口摂取して貰います。その後みんなは外の小屋に隔離です。上手く行けば5日程で発症すると思います。水食料、その他諸々はバッチリ準備されているので、引き籠もり生活を楽しんでくださいね」


 結構辛そうなことをさらりと言うクーデル。これにウキウキ志願するやつ、俺とリスティを含めて変だろ。


「では、飲んでください!」


「「はい!」」


 被験者のみんなが元気に返事をして、病原体候補を飲み込む。躊躇いは一切ない。



 こうして、緑熱症感染実験が行われた。


 結果は、大成功。病原体摂取から5日後に、被験者全員が緑熱症特有の緑のゲロを吐いた。


 緑熱症菌発見の歴史的瞬間なのだが……

 真っ青な顔をしたラボメンバーが自分の吐いた吐瀉物の色に喜ぶ異常な光景、一般人が見たらドン引きだろう。


 誰だこんな組織作ってこんな連中集めたの……俺か。



◇◇ ◆ ◇◇



 父の執務室で、俺とリスティ、クーデルで緑熱症菌発見の報告をしていた。


「ということで、緑熱症病原体の特定に成功しました。今後はアルコールが有効か、何度の熱湯で消毒できるかなど、調べる予定です」


「ふむ。素晴らしいな。流石にそうなると、ガスティークだけで情報を秘匿するのも良くない。夏に王都に行ったときに国王陛下に報告するか」


「お父様きっと驚きます。なら今年の夏はクーも王都だね」


 リスティの言葉にクーデルが「えっ?」って顔をする。


「お、王都ですか……フォルカ様とリスティ様がいれば私はいなくても」


「クーデル、お前もたまには外に出なさい」


 父が苦笑いしてクーデルに言う。クーデルは観念したようで「はい。旦那様」と返した。


「ふふ。お父様にクーのこと紹介できるね」


「えっ!? いえ、私なんかを国王陛下に謁見させないでください。そんな身分じゃ」


「私のお友達枠なら大丈夫」


 父さんは満足気に微笑んでいる。リスティがガスティーク家に馴染んでいる様子が嬉しいのだろう。


「では、これで」


 報告は終わったので、執務室から出る。


 時刻は夕暮れ、屋敷の廊下は窓から差し込む夕日で朱色に染まっている。クーデルはラボに戻り、俺とリスティは自室に向う。今日はもう仕事はない。


 自室の居間でリスティと夕食を食べる。今年初めてのアスパラが出た。仄かな甘みに春を感じる。

 腹を満たして、風呂に入れば1日は終了だ。


「あのね、フォルカ。話があるんだ」


 寝室で2人きりになったタイミングで、リスティがそう切り出してきた。改まって何だろう。


 俺が「わかった」と返してテーブルにつくと、リスティも向かいに座る。リスティは少し緊張したような顔をしていた。蒼く綺麗な瞳がじっと俺を見つめてくる。


「えっと、あのね、月のものが遅れてるの」


 リスティが躊躇いがちに言った。それって、つまり……


「その、まだ全然分からないけど、赤ちゃんデキたかも」


 初めてリスティを抱いて以降、俺の精巣の作る精液は一滴残らずリスティの中に注いできたので、順当な結果だ。嬉しさと、少しの不安が混ざり合って心に広がる。


「そうか。その、そうだと良いな」


 リスティが「うん」とはにかむ。可愛い。


「だから、その、今日からは」


「うん。分かってる」


 この世界だと妊娠中の性行為は基本NGとされている。日本でも妊娠初期の行為は非推奨だったと思うし、暫く夫婦の営みはなしだ。


「今週中に来なかったら、義父様達にも伝えて寝室も分けようと思うけど、それでいい?」


「わかった。そうしよう」


 俺は頷く。ロフリク王国の貴族だと妊娠中は夫婦の寝室を分けるのが標準だ。俺的には一緒に寝ていたいし、朝寝顔を見たり見られたりも幸せなのだが、慣習には従うのが無難である。


「うん。あ、寝室分けてもフォルカの寝顔は見たいから、朝は早起きできたら忍び込むね。フォルカも忍び込んで良いよ」


 おう、それは良い提案だ。快諾である。


「それでさ」


 リスティは一度言葉を切り、真剣な顔をする。


「男の人って、5日間射精しないと爆発するんでしょ?」


 ん?


「例の手記にそう書いてあったよ」


 コーム王変態色欲王なら、確かにストレスが爆発するのかもしれない。


「一般的な男性に関して言うなら、少し大袈裟だと思うよ」


「うん。魔力暴走させて被害を出すなんてコーム王ぐらいなのは分かるよ」


「……暴走させたんだ」


 比喩じゃない爆発かよ! 危険生物だな。


「それでね。私が口でしてもいいけど……若しくは、その、私が言うのも何なのだけど……リタさんに手を出してもいいよ? 私は受け入れるから」


 リスティがそんなことを言った。



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