第33話 山賊狩り


 翌日の早朝、俺とリタは協力者の狩人達と共に町の門の前にいた。日の出前なので、周囲はまだ薄暗い。

 俺の前では町長が心配そうな顔をしている。


「その、フォルカ様、本当によろしいのでしょうか。疫病対策以外のことまでやっていただいてしまって」


「構わない。山賊とやらも緑熱症を持っている可能性がある。処理しておいた方が疫病対策の面でも安全だ」


 半分建前、半分は本当だ。実際、山賊から再び緑熱症が広がる危険性はゼロではない。


「今日も追加の発症者が出るかもしれない。そうなったら即座に今朝俺が作った浄化魔法の水を飲ませてくれ」


「はい。ご指示の通りに」


 先程、樽一つ分の浄化魔法を付与した水を作っておいた。発症初期なら飲めばすぐ治る。


「では行ってくる。ただ俺が動けるのは今日一日が限界だ。山賊が見つからなければレンドーフ伯の討伐隊が来るのを待つか、自分達で潰すかになる」


「はっ。承知しております。どうぞお気をつけて」


 深々頭を下げる町長に背を向け、馬に跨り、町を出る。


「狩人さん方、なるべく急ぎたいので小走りでお願いします」


 リタが協力者達に言う。協力者は8名、狩人や木こりなど山に慣れた人達だ。ただ乗馬技術はないそうなので、徒歩になってしまった。


 狩人さんは「そのぐらいは大丈夫さ」笑顔で言う。


 ジョギングぐらいの速さで進む。周囲は徐々に明るくなり、朝焼けが空を染める頃、山賊が潜むと思しき山に到着した。狩人さん達は少し息が切れている程度で、問題なさそうだ。


「では、山賊の捜査を始めます。山賊がどんな場所を拠点にするにせよ、水は必要なはず。水源地点を巡り、痕跡を探します。フォルカ様の戦闘能力は極めて高いので、発見さえすれば制圧は容易です」


 リタが仕切り、俺は偉そうな顔をして立っている。リタは索敵や罠の扱いなどの訓練を重点的に受けている。RPGゲームだったらシーフとかそんな感じだ。山賊探しなら俺の出る幕はない。


「はっ、承知しました」

「わかりやした!」

「やります」


 と、協力者達が口々に返してくれる。モチベーションは高そうだ。


「フォルカ様、まずは山の西側にある小川の周辺を探索します。一番使い易い水場ですので」


 狩人を先頭に山へと入っていく。

 少し進むと、小川に辿り着く。飛び越えられる程度の川幅で、澄んだ水が流れている。確かに水場には良さそうだ。山賊がこの川の水を使っていれば、汲みに来たときの足跡が残っている可能性がある。


 狩人達が少し広がって、地面を見ながら上流に向けて進んでいく。


 俺も一応、足跡を探しながら歩いた。


 上へ上へ、淡々と探索を続ける。

 しかし、何も見つからないまま、川の始点である湧き水の泉に辿り着いてしまう。


「痕跡なし、か」


「はい。少しだけ休憩して、次に行きましょう」


 昼食には少し早いが、ちょうど湧き水がある。携行食のパンを齧り、水筒の水を飲み、減った分を泉から補給する。綺麗な水だが、念の為に浄化魔法もかけておく。


「では、予定通り次は東側の池を目指します。道案内を頼みます」


 狩人さんが「おう」と応え、移動を再開する。足跡は探しつつも、ペースを上げて池を目指す。2時間ぐらい歩いたか、池に着いた。先程の湧き水程澄んではいないが、煮沸すれば問題なく飲めるだろう、そんな感じの水だ。


 池の周辺を、慎重に探る。暫くして「足跡だ」と声が上がった。


 リタが見つかった足跡を確認する。


「確かに足跡です。辿りましょう」


 俺達は足跡を辿り、リタを先頭に静かに進む。やがて、一つの洞穴に辿り着いた。


 一見自然の洞穴だが、入口に雨水が入り込まないように堀が作られている。


「この辺には村も集落もねぇ。山賊に間違いねぇ」


 協力者の木こりさんが言う。

 なら、ようやく俺の出番だ。


「よし、ここからは任せろ。リタ、俺が前に出る。後ろに付いてきてくれ」


 木こりさんは間違いないと言うが、念の為攻撃する前に山賊であることは確認したい。ひとまず潜入だ。


 俺は風魔法派生『音』の消音魔法を発動する。消音範囲は俺とリタの足に限定しているので、足音だけが消える。次いで念の為に防御魔法をかけ、万全の状態で洞穴に入る。


 穴の奥に向けて、僅かに風が流れている。換気用の縦穴か何かあるのだろう。奥から人の声も聞こえてきた。雑談のようだが内容までは聞こえない。何にせよ人がいることは確定だ。


 ゆっくり、奥へ進んでいく。すると「小便してくるぁ」という声がした。足音が近付いてくる。トイレは洞穴の外で済ませる運用のようだ。


 丁度いい、捕まえて山賊かどうか確認しよう。俺は壁に張り付き、しゃがむ。隠れるという程ではないが、一瞬気付かれなければ済む。


 人の姿が見えた、男性のシルエットだ。俺は即座に消音魔法の範囲を広げて男を包むと、水を生成、紐状に操作し、男の全身に巻き付ける。

 男は転び、そのまま身動きできなくなる。何か叫んでいる様子だが、消音魔法の効果で何も聞こえない。


「きさま、町の連中か、女を取り返しに来やがったんだな、お前ら敵襲だ、と言っています」


 リタが唇を読み、小声で解説してくれる。尋問するまでもなくて助かる。山賊で確定だ。これで遠慮はいらない。


 俺は水を操作して首の血管を絞め、男の意識を落とす。


 奥に向かい、足を踏み出したところで、女性の弱々しい悲鳴が聞こえた。地面を蹴り、走る。

 穴を塞ぐようにボロ布がかけてある。あの先に山賊がいるのだろう。突進し、布を払い除けると、丸い部屋のような空間があり、男が5人いた。女性の姿はない。奥にもう一枚ボロ布が下がり、その先に洞穴は続いているようなので、奥にいるのだろう。


 俺は水を操作し、5人全員同時に首を締め、頸動脈の血流を止める。言葉を発する余裕は与えなかったが、意識を失う前に暴れ、ガチャガチャと物の崩れる音がする。


「何ごとだっ!」


 音を聞きつけたのだろう、奥から3人の男が出てくる。手に短剣を持っているが、何の脅威でもない。

 男達が次の言葉を吐くより先に、水を操り首を絞め、意識を落とす。


 更に奥に進もうと、もう一枚のボロ布をめくる。すると、嫌な臭いがした。


 精液や汗の臭いなら想定内だ、だがそれらに混じって別の臭いがする。


 これは死臭だ。


 洞穴は布のすぐ先で曲がっていて、灰色の壁しか見えない。


 足を進める。3歩先で曲がると、四角い小部屋のような空間があった。


 中には裸でうずくまる女性が2人いた。身体のあちこちにアザがあり、痛々しい。


 そして、女性の死体が2つ。片方は死んだばかりだろう。もう一つの死体は死後暫く経ったもののようだ。

 町から攫われたのは3人だが、他にも誘拐していた訳か。


 古い方の死体は死因がよく分からないが、新しい方の死体は首を絞められて殺されたようだ。首に手の跡がはっきり残っている。加えて全身怪我だらけで、眼球も一つ潰れているように見える。


 酷い光景だ。


 強姦までは分かっていたが、ここまでとは。


 洞穴はここで終わっており、山賊はもういない。


「助けにきてくれたの?」


 震える声で、女性が聞いてくる。俺より年下だろう、顔にはまだ幼さすら感じる。


「ああ。ひとまず浄化と治癒をかける」


 2人まとめて、浄化魔法と治癒魔法をかける。これで怪我と感染症は大丈夫だ。


「リタ、頼む」


 女性に任せた方がいいだろう。俺はリタに対応を任せ、一旦外に向かった。


 外で待機していた狩人達を呼び、気絶させておいた山賊達を洞穴から運び出して、縄で縛る。緑熱症を持っていると困るので、浄化魔法をかけていく。


 そうしているうちに山賊が意識を取り戻し始めた。起きた山賊は「てめぇらどうなるか分かってんのか!」「ぶっ殺す」などと凄んでいるが、声が震えている。


 縄から抜け出そうともがく者もいる。暴れられると面倒だ。抵抗力を奪っておいた方がいい。この後町まで歩かせるつもりだから足は破壊できないが、腕は要らない。俺は山賊の腕の骨をへし折ることにした。


 水を操り腕に巻き付け、関節でない部分を曲げる。バギッと分かりやすい音がして、山賊の骨が砕けた。野太い悲鳴が上がる。一箇所では不安だから、プリーツのイメージで山折り谷折りしていく。バギバギバギバギ音がして、喉を潰しそうな絶叫が響いた。


 次々と同様の処置をする。山賊の悲鳴と呻きが山にこだまする。


「汚い合唱だな」


「貴族様、殺しちまわないんですか?」


「死刑は確定だが、レンドーフ伯爵家が尋問してからだ。どこから流れて来たのか知る必要がある」


 いや、尋問後はレンドーフ伯に頼んでガスティーク家で人体実験用に貰うか。クーデルが何をしてもいい犯罪者を欲しがっている。ちょうどいいかもしれない。


 山賊達が静かになった頃、中からリタが女の子2人を連れて出てきた。服は着ているが、あちこち破れている。

 2人は俯き、こちらを見ようとはしない。心の傷は深いだろうし、町では『そういう目にあった』と知られてしまっているので結婚にも響く。挙げ句に家族も殆どが殺されている。

 正直、助けられたと言えるのかどうか、分からない。


「行こう」


 山賊は首を縄で数珠つなぎに縛って、歩かせる。


 少し時間はかかったが、何とか日のあるうちに、町に戻ることが出来た。



◇◇ ◆ ◇◇



 リタと2人、町長の家の客間で椅子に座り、休む。山賊狩りもあったから思ったより長い滞在になってしまったが、明日には出発だ。


 俺に救出を訴えた女性の娘は、殺されていた子だった。襲撃時に夫と息子も失っているそうだから、あの人はもう独りだ。


 助け出した娘達の話によると、殺された少女は「歯が当たった」からリンチされ、それによって「萎える顔になった」から首を絞められたそうだ。

 せめて山賊達には相応しい末路を与えてやらなくてはならない。


「フォルカ様、酷い顔をしていますよ。悲劇は時折起きてしまうものです」


「心配させてごめん……でも、村よりこの町を先に回っていればなぁ……」


 初日に来ていれば、襲撃は撃退できただろう。町と村のどちらを目指すか、あの分かれ道で左に行っていれば、結果は全く違った。

 せめて護衛にもう一人魔法使いを連れてきていれば、昨日の内に救出できて、あの娘は生きていたかもしれない。

 仕方ないことだと、理解はしている。だが、どうしても頭をよぎる。


 戦場で敵を殺すのは大丈夫だけど、こういうのは駄目だ。救えなかった命は、胸に重くのしかかる。


「フォルカ様はお優し過ぎますよ……」


 リタが立ち上がって、俺を後ろから抱きしめてくれた。


「フォルカ様、理屈でないのは分かるので、御無礼をお許しください」


 リタは俺の手を引き、ベッドに連れて行くと、自身はベッドに腰かけて、俺に膝枕をしてくれる。そのまま頭を撫でられる。恥ずかしいが、でも落ち着く。


 小さい頃は時々リタにこんなことをされた。自分の手を焼いての魔法戦闘訓練を初めて目撃されたときなんて、滅茶苦茶心配されて2時間ぐらい頭を撫でられたな。懐かしい記憶だ。


「リタ、ありがとう……」


 段々と、眠くなってきて、俺はまぶたを閉じた。


 意識が段々と沈んでいく。



 ……


 ……


 ギーッ、ギーコ


 ……ブランコに乗っていた。隣にはリタがいて見守っていてくれる。俺は体が小さくて、あまり上手く漕げない。足を振って、不器用にブランコを揺らす。


 ギーゴ、ギーッコ。錆びた鎖が音を鳴らす。


 最初は何の違和感もなくブランコをしていたが、おかしいことに気が付いた。

 ここは『岩瀬 透』が小さい頃に遊んでいた近所の公園だ。リタがいる訳がないし、フォルカがこんなに小さいならリタだって子供のはずだ。


 夢か。


 そう気付いたら、意識が徐々にはっきりしてきて、夢の世界は暗転する。


 俺は目を閉じていて、頭の後ろには温かな感覚。すーっと頭を撫でられる。

 リタはまだ膝枕をしてくれているようだ。心地よい……でも余り長いとリタの足が痛くなるだろう。まだ頭はボーッとしていて重いけど、一度起きないと、そう思ったとき――


 「好き」と声が聞こえた。


「フォルカさま、大好き……」


 ついこぼれてしまったような、小さな甘い声。脳は一気に覚醒するが、今のはたぶん聞いては駄目なセリフだ。目を閉じたまま寝たフリをする。


 ……頭を優しく、リタの手が撫でる。


 今の ”好き” 弟みたいな意味とか……ではないよなぁ。そんな声色ではなかった。


「小さくてもいいなら、私もされたいなぁ……」


 更に凄いことを言い出した。


 そこでリタは少し冷静になったのか ”私は何を” という感じでハッと息を吸う。


 当然、リタは俺が熟睡していると思っている。起きているとバレる訳にはいかない。

 表情筋から完全に力を抜き、呼吸はゆっくり規則正しく。


 リタは静かに俺の頭を撫でている。バレてはなさそうだ。


 ……『されたい』って、そういうことだよな。そこで俺はうっかり、ドレスの着付け練習で見たリタの肢体を思い浮かべてしまう。股間の辺りに血が集まる。しまった、ヤバい。


 あ、でも寝ている間に勃起するのは生理現象としてあり得るらしいし、大丈夫か? ……いや、リタにそんな知識はないだろう。勃つのは駄目だ。


 寝たフリを続けながら記憶の箱を開き、前世の母の顔を思い出す。母さん、助けてくれ。

 呆れ顔の母が脳裏に浮かび。徐々に股間の熱が散っていく。いつもありがとう、母さん。


 リタは変わらず時折俺の頭を撫でながら、静かに座っている。暫く、そのまま時間が過ぎるのを待つ。


 20分ぐらい寝たフリを続けただろうか。俺はそろそろと思い、軽く身じろぎをした。いかにも今目が覚めたという風に、ゆっくり目を開ける。


「リタ……ありがとう」


 そう言ってゆっくりと身体を起こす。


「フォルカ様。大丈夫ですか」


「うん。お陰で落ち着いたよ。足痛くない?」


 実際、気持ちは落ち着いていた。


「私は大丈夫です」


「よかった。さ、リタも寝ておかないと」


 リタが「はい」と言って、もう一つのベッドに移った。


 俺はベッドに横になり、目を閉じる。



 いずれリタのこともちゃんと考えないと。俺はそう思った。





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J( 'ー`)し カーチャン再登場

シリアスモード終了を告げる母



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