第32話 疫病⑥


 俺は町長の家を出て、広場に向かった。そこだけは石畳の敷かれた広場に、多くの人が寝かされている。皆顔色は悪く、意識がない者も多い。指示通り重症者が集められたようだ。


「処置する」


 俺は端から順に浄化魔法と治癒魔法をかけていく。今回は全員に治癒魔法を併用するので、少し時間がかかる。


 重症者には子供が多いが、皆もう泣く体力もないので静かだ。付き添いの家族達もいるが、彼らも静かに頭を下げるのみ。たぶん町長が余計な口をきかないよう、指示しているのだろう。


 淡々と治療を続ける。治療の終わった患者は少し穏やかな顔になって、そのまま眠ってしまう者が多い。今治療した3歳ぐらいの男の子も最初は弱々しく呻いていたが、それが寝息に変わった。


 と、そこで「貴族様っ!」と声が上がった。女性の声だ。

 声の方に視線をやると、30歳ぐらいの女性がいた。


「貴族様、ご無礼を承知でお願いがございます! 昨夜、賊に娘が攫われてしまいました。他にも若い女性が連れ去られております。どうかお助けを」


 そう言って跪き、地面に頭を付ける。

 そうか、昨夜来たという山賊、人まで攫っていたのか。


 町長が飛び出してきて、これ以上喋るなという感じで、女性を押さえる。


「大変申し訳ございません。よく言って聞かせますので、何卒御容赦を」


 町長の対応は正しい。領主の要請で公務にあたっている他領の貴族に、 ”平民がお願い” は明らかにアウトだ。陳情があるなら町長を通してレンドーフ伯爵家の家臣に伝えなくてはならない。

 周囲の女性を見る目も痛い。今は重症者の治療中なのだ、俺が万が一「よし、今すぐ助けに行くぜ」とか言って出て行ったら治療待ちの人は死ぬ。


「咎めはしない。だが私は疫病に対処するためここにいる。それを放棄して他の事は出来ない」


「御慈悲に感謝いたします。連れて行け!」


 町長の指示で、女性が連れて行かれる。女性はボロボロ涙を流していた。

 山賊が若い女性を攫って何をするのかなど明らかだ。家族の心中は察して余りある。

 さりとて伝染病は封じ込めに失敗すれば指数関数的に死者が増える。どちらが優先かと言えば、考えるまでもない。


 俺は治療を再開する。浄化して、治癒して、延々と繰り返す。空が朱色を帯びる頃、ようやく全員の処置が終わった。


「今日はここまでだ。町長、さっきの部屋を使わせて貰うぞ。明日も治療を続ける。また50人ぐらいずつ治療していくから集めてくれ」


「ははっ。承知いたしました。食事も何かお持ちいたします」


 町長と共に、彼の家へ移動する。客間に戻って椅子に座る。


「ふぅ。重症者50人は結構疲れるな……」


「はい。フォルカ様、今夜は早めに休んでくださいね」


「ありがとう、リタ。ところで、明日は治療と建物の浄化だけど、別に俺一人で何とかなる。だから――」


「分かってます。山賊の情報収集ですよね。フォルカ様が治療されている間に聞き込みをしておきます」


「頼む。俺の魔力繰りを考えると、明日中には疫病対応が一段落する。終わったら、可能なら助けたい」


 山賊に攫われた子は今この時も嬲りものになっているかもしれない。それがどれほど辛いことなのか、男の俺に正しく理解できはしないだろうが、胸の痛い話だ。


「はい……フォルカ様も御理解されている通り、明後日が対処できる最短です。気にし過ぎないでください」


 と、ドアがノックされた。扉が開き、町長の奥さんが「夕食をお持ちいたしました」と、台車を押して入ってくる。


 台車の上には夕食が湯気を立てていた。豆のスープに茹でたソーセージ、漬物にパン。町長の奥さんがテーブルに並べてくれる。急遽作ってくれたにしては、十分な内容だ。量がたっぷりあるのが、ありがたい。


 俺が「ありがとう」と言うと、奥さんはペコリと頭を下げて、立ち去る。


「さて、いただこうか。リタも一緒に」



◇◇ ◆ ◇◇



 翌日、俺は朝から広場に治療に向かった。

 朝は寒いので病人が広場に連れ出されるのは辛いだろうが、それでも日が高くなるまで待つより早く治した方がいいだろう。


 広場にはちゃんと指示通りに病人が集められていた。頭にチラつく山賊の件を努めて考えないようにして、手早く治療を施していく。


 最初の50人を治療し終えて、俺は少し休憩。その間に『町の若い衆』が次の患者グループを集め、入れ替えをしてくれる。


 2グループ目を治療し、昼食を挟んで3グループ目、それが終わったら患者対応をしていた『町の若い衆』にも浄化魔法をかけ、治療が完了する。


 そのまま建物の浄化作業に入る。建物に片っ端から浄化魔法をかけ、終わる頃には夕方になっていた。


 町長にもう一日泊まる旨を伝え、客間に戻る。椅子に座り、一息ついたとき、リタが帰ってきた。


「フォルカ様、戻りました」


「お帰りリタ。こっちは無事終了した。リタは収穫はあった?」


「はい。ある程度は。まず攫われた女性は3人、皆10代半ばです。山賊は家に押し入って若い女以外は殺し、金品を奪った上で女性を攫って逃げたとのこと。昨日の女性は偶然親族の家にいて、難を逃れたそうです」


「酷いな……」


「山賊が現れたのはつい最近のことで、町の東にある山を根城にしているようです。山のどこにいるかは不明ですが、山に詳しい狩人に話を聞くことができ、探すべき場所は絞り込めました。狩人は極めて協力的で、仲間を集めてくれるそうです」


「それはありがたい。なら、やれるな」


「はい」


「町長に話をしておこう。リタ、悪いけど呼んできて」





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読んでいただきありがとうございます。

山賊相手に投入されるフォルカくんという超過剰戦力。


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