第31話 疫病⑤
朝、日の出とともに村を出た。リタと2人で朝焼けの中を馬で進む。
昨日、2つ目の村でも問題なく治療と浄化を終えることができた。しかし、流石に魔力が残り少なくなり、日も暮れたので、村で空き部屋を借り一泊したのだ。
風が吹いて、体が震えた。早朝は冷える。俺は荷物から水筒を出すと、魔法で中の水を加熱して60度ぐらいのお湯に変えて、懐に仕舞う。これで少し暖かい。
リタも自分で同様の対応をしている。魔法は本当に便利だと思う。
3つ目の村は人口約80人で少し小さめだ。そのため通る人も少ないのだろう。道はとても狭く、全く整備されていない。半ば獣道だ。
移動を始めて2時間ぐらい経った頃だろうか、目的地に着いた。
やることは同じ、名乗り、発症者の集合を命じて、治す。最後に建物を浄化だ。
3つ目の村も、村人は従順で、混乱なく対処が完了した。
「村長、俺達はピレネーバに向かう。感染が再拡大しないよう、十分に気を付けろ。渡した浄化付与水も10日もすれば使えなくなる」
この村はちゃんと村長が生きている。60歳ぐらいのおじいちゃんだ。
「ははぁっ。承知いたしましたじゃ。それと、魔法使いの貴族様には問題ないと思いますが、近くの山に山賊が住み着いたという話ですじゃ。一応ご注意を」
意外な言葉に少し困惑する。山賊、ロフリク王国では珍しい。
「分かった。情報感謝する」
そう返して、村を出る。
「リタ、さした脅威ではないが、一応警戒を」
「はい。もちろんです。しかし、山賊ですか、今どき居るのですね」
「まぁ、あり得ないことではないよ。たぶん外国から流れてきたとかじゃないかな? 賊なんてすぐに討伐される運命だけど、発生しない訳ではないし」
ファンタジー世界では定番の盗賊団やら山賊団やらは、この世界にも存在はする。だが、まともに統治されている地域であればすぐに領主に討伐される儚い命だ。
「リタ、遠距離からの矢を防げるように、軽めの防御をかけておくね」
言って、魔法を構築し発動。仄かな白い光がリタを包んだ。
「フォルカ様、魔力も使いますし、私は」
「駄目。もちろんリタが攻撃を察知できずにやられるとは思わないけど、万が一には備える。嫌なら俺が前に出るよ?」
リタはそれ以上は反対せず「わかりました」と小さく笑った。
今日も淡々と道を進む。
警戒はしたものの、特に何もなく、やがて4つ目の目的地、ピレネーバが見えてくる。人口600人程の町だ。
町は木製の壁に囲まれていて、入口には簡素な門がある。そこに初老の男性と20歳ぐらいの青年の2人が、槍を手に立っていた。表情は硬く、なんだか殺気だった雰囲気だ。
まぁ、平民が殺気立っていても脅威ではない。近付くと青年の方が槍を向けてくる。だが隣の初老の男性が慌てた様子で槍を下げさせた。そうそう、貴族に槍向けると危ないからね。
「私はフォルカ・グレス・ガスティーク。レンドーフ伯爵の要請を受け、疫病対処のために来た」
俺はちょっと低めの声で言う。
「これは、失礼いたしました。どうぞこちらへ」
初老の方の男性が腰を大きく曲げて頭を下げる。それを見て青年の方も慣れない感じで頭を下げた。
「うむ。まずは町長に会いたい。生きているか?」
「は、はい。ただ、町長も流行り病で臥せっておりまして」
町を動かすなら町長を使うのが一番だ。病人だろうと、生きているなら治せばいい。
「それでも構わない。案内しろ」
「はっ。ご案内いたします」
初老の男性が手のひらで方向を指し「こちらへ」と歩き出す。
俺とリタは町の中へと進んでいく。やはり疫病が広がっているのだろう。出歩く人は殆どおらず、静かだ。
「その、先程は若い者が大変な失礼を、申し訳ございません」
「まぁ、構わないが、随分と殺気立っていたな。疫病のせいか?」
「いえ……実は昨夜、山賊が町に侵入しまして、被害が出ているのです」
「この規模の町が?」
意外な答えが返ってきた。前の村で話のあった山賊だろうが、普通、600人も人口のいる町は襲われない。
「はい。その、賊は10人かそこらなので普段なら撃退できたと思うのですが、病で多くの者が倒れ混乱しており、夜陰に乗じた侵入に対処できなかったのです。奪うだけ奪ってすぐに逃げてしまいましたし」
なるほど、確かにその状況だと厳しいかもしれない。
「貴族様、ここが町長の家です」
初老男性が指差すのは周囲より二回り大きな家、これが町長宅らしい。
初老男性が小走りに扉のところに行って荒くドアをノックする。
程なく中から中年の女性が出てきた。
「はい。なんでしょうか」
「貴族様がいらした。すぐ町長に」
「えっ、あの、しかし町長は」
中年女性が戸惑いの声を上げるので、俺は彼女に近付く。
「フォルカ・グレス・ガスティークだ。病気だとは聞いている。それで構わないから話をさせろ」
有無を言わせぬ雰囲気に、中年女性は「分かりました」と俺達を中に案内する。
案内された部屋には、なるほど中年の男性が青い顔で寝ている。
「町長、辛いだろうが、起きろ」
俺がそう言うと、中年女性が「あなた、貴族様が」と町長の体を揺する。なるほど、この人は町長の奥さんか。
町長がゆっくりと目を開けた。だが、目の焦点が合っていない。まだ朦朧としているようだ。
「フォルカ・グレス・ガスティークだ。まずは治す」
町長の腹のあたりに手を当て、浄化魔法を発動、続いて回復魔法をかける。目に光が戻っていく。
「これは、聖属性魔法っ。が、ガスティーク侯爵家っ、失礼いたしまし」
コートの家紋に気付いたらしき町長は、無理に体を起こそうとしてバランスを崩す。
「そのままで構わない。私はレンドーフ伯爵の要請を受けて来た。疫病を抑え込む。ひとまず発症者は全員治すつもりだが、何人ぐらいいる?」
「ぜ、全員でございますか、恐らく200名近いかと」
流石に俺も連日の魔法行使で消耗している。護身用に最低限の魔力は残す必要があるし、『自己魔力水』も飲み切った。一度に全員は治せない。
「200人なら2日あれば終わる。ただ今日中に治せるのは50人ぐらいだ。ひとまず明日まで保たないかもしれない重症者を選別して治療するのがいいだろう。町長、できるか?」
「は、はい。若い衆を集めてやらせます。客間を急ぎ準備させますので、お使いください」
「よろしく頼む」
町長の奥さんが慌てて外に出て行って、少しして客間に案内される。テーブルに椅子2つ、木製の仕切りの先にベッドが二つというシンプルな部屋だが、この規模の町ならこんなものだろう。
「リタ、座ろう」
二人で椅子に座って一息。町長の奥さんがお茶を出してくれる。
「やっぱり疲れるね」
そう言って俺は肩を回す。乗馬は嫌いではないが、連日長時間となると疲労が激しい。
「フォルカ様、無理はなさらないでくださいね。昔から貴方様はやり過ぎます」
「ありがと、大丈夫だよ。リタも体力を温存するようにね。暫くかかるだろうし、寝ておいたら?」
「いえ、私は警戒しないと」
「なら命令、睡眠を取って体力の回復に努めよ。大丈夫、警戒は自分でできる」
仕方ないなぁ、という顔でリタが命令に従いベッドで横になる。
実際、今のうちに休んでおいて貰う方がいい。
きちんと警戒はしつつ、静かに待つ。
1時間半程経っただろうか。足音が近付いてきて、扉がノックされる。リタを起こそうと思って視線を向けると、彼女は既に身を起こしており、シュバッと俺の隣に移動する。早い。
俺が「開けて構わない」と返すと町長が入ってくる。
「貴族様、ご指示通り50名、町の広場に集めました」
「分かった。向かう」
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