第30話 疫病④


 俺はリタと2人、馬に乗って道を進んでいた。馬の速さは人間のジョギングぐらい。この先は馬を換えるあてもないので、これぐらいの速度が最適だ。


 カンシュラで人員の割り振りを決めた後、俺は『聖水』を30樽分生成して、後のことはリスティやクーデルに任せ、状況が悪いという北側の地域を目指したのだ。


 今頃、カンシュラでは本格的な治療が開始され、その他の各町村にも浄化魔法の使い手か、『聖水』を持った人員が向かっている筈だ。


「しかし、どう回ったものか……」


 馬上で呟く。


 俺が担当する1町3村だが、一つ悩ましい点がある。近場から順に対処していくと一番大きなピレネーバという町が最後になるのだ。


 人口のことを考えれば、町を優先した方が助かる命は多い可能性もある。とはいえ、移動時間も軽視はできない。動いている間にも人は死んでいく。村から回った場合と、町から回った場合、どちらがより多く救えるか正直分からない。


「難しいですね……」


 リタにも妙案はないようだ。何にせよ決めるしかない。


「村から行くか。遠い方の町を優先すると、村人は後回しにされたと反感を持つかもしれない。近場からの方が角が立たないだろう」


「分かりました。では次の分かれ道を右ですね」


 程なく、分岐点が見えてくる。右側の道は狭く凸凹も多い。この先の人口が少ないことを伺わせる。


「私が前に行きます」


 分岐の先は道が狭いので横には並べない。警戒要員でもあるリタは前に出る。


 今日のリタは髪をポニーテールにしている。本物の馬の尻尾と上下に並んで、揺れていた。


 俺は水筒の『自己魔力水』を飲む。

 これは水に魔法構築前の純魔力を込めたもので、飲むことで少量ながら魔力を再取り込みできる。いわば自分専用のMP回復薬である。カンシュラまでの移動中に作っておいた。


 リタの後ろ姿や、景色を眺めつつ、淡々と進む。やがて、1つ目の村が見えてきた。


「あれですね」


「だな。ポルンナ村、人口約200人か」


 塀や柵はなく、民家が固まって建っているだけの静かな感じの村だ。

 そのまま村に入る。どこからが村の中なのか判然としないが、横に民家があるので村の中だろう。


 俺達に気付いたようで、一つの家から40歳ぐらいの男性が出てきた。


「ど、どなた様でいらっしゃいますでしょうか」


 服装から俺が貴族だということまでは理解しているのだろう。不安げな声で、男性が言う。


「フォルカ・グレス・ガスティークだ。レンドーフ伯の要請を受け来た。ここの村長を呼んでくれ」


 俺がそう言うと、男は困ったような顔をする。


「その、村長は昨日、流行り病で亡くなりまして……私が村長の息子ですので、代わりご要件を、伺います」


「そうか。私は疫病への対処を行うために来た。対処と言っても、村を焼き払うつもりはないから安心しろ。感染状況を聞きたい。発症者、死者は何人だ?」


「はっ、はい。その、発症者は……どんどん増えていて、よく分かりません。昨日にはもう村の半分以上が動けなくて。死んだのは、たぶん20人ぐらいです」


 なるほど。病人が半分超えとはかなり悪い。


「分かった。すまないが私は他の村も回るので時間がない。発症者を一箇所に集めてくれ。まとめて治療する」


「治療……せ、聖魔法使い様なのですか」


「そうだ。急ぎ全員集めてくれ」


「は、はい! 今すぐ!」


 村長の息子だという男性が「みな、集まれ!」と繰り返しながら村の中を走る。あちこちの家から人が出てくる。


 病人を集めるまで、ある程度時間がかかるだろう。その間に適当な村人に井戸の場所を聞く。


 村の半数が感染となると飲み水の汚染も考えられる。村の井戸を回り浄化魔法をかけていく。程なく、井戸の処理は終わる。


 青い顔をした者がフラフラと、歩けない状況のものは家族らしき人が担いで、広場っぽいところに人が集まっていく。


「貴族様、全員集まりました」


 暫くして、村長の息子がそう言った。なるほど確かに100人ぐらいいる。


「分かった。浄化魔法を使う」


 さて、後はある意味単純作業だ。


 一人づつ手を触れ、浄化魔法をかけていく。症状が重そうな者には軽い治癒魔法も追加だ。

 その気になれば範囲で一度にまとめて浄化することもできるのだが、個別にかけた方が魔力効率が良い。いくら俺の魔力量が膨大でも、今日は大量の『聖水』を生成済みだ。『自己魔力水』も気休めにしかならない。この後のことを考えれば、魔力は温存したい。


 紫色の唇で震えている8歳ぐらいの女の子に、浄化魔法をかける。まだ子供で体力も心配なので、軽く治癒魔法を追加。女の子の表情がふっと緩む。弱々しく笑って「ありがとう」と言うので「もう大丈夫だよ」と返す。


 延々と繰り返し、100人を癒しきる。最後の方には序盤で治療を受けた人が起き上がり出していた。俺に感謝の言葉を伝えに来る者もいたが、多くは放心した顔で座っている。村の規模からして、ほぼ全員が誰かしら親族を亡くしている状態だろう。無理もない。


 しかし、まだ終わりではない。発症者のいた家は汚染されている可能性が高い。殆どの家がそうだろうから、全戸浄化だ。


「次いで家を浄化する。病人はまだそこで休ませておけ」


 村の中を走り回り、片っ端から浄化していく。空間浄化は対人浄化より魔力消費が少なく時間もかからない。

 合計45棟の建物を浄化し、作業完了。広場に戻る。病人達は一様に顔色がよくなっていた。


「フォルカ様、村人に水差しを用意させておきました」


 俺がふぅ、と一息ついたところに、リタが木製の水差しを持ってきた。俺は水を生成して浄化魔法を付与し、水差しに満たしていく。感染症専用だから、普段の『聖水』と違い治癒魔法は込めない。


「村長の息子、一通り治癒は終わった。今後発症者が出たらこの水をコップ半分飲ませろ。あと、吐瀉物や糞便は感染源になる。熱湯をかけて処理するように」


 村長の息子が緊張した様子で水差しを受け取る。


「しょ、承知いたしました」


「ああ。では私は次へ向かう」


 俺がそう言うと村長の息子は地面に正座して水差しを横に置き、頭を下げた。


「貴族様、本当にありがとうございます。もうこの村は駄目かと思いました。お陰でなんとか、生活を立て直せると思います」


「何、レンドーフ伯爵の要請とあらば当然だ。これから大変だと思うが、頑張ってくれ」


 そう返して、リタと再び馬に跨り、移動を再開する。村の入口のところで村長の息子がずっと頭を下げていた。


「フォルカ様、魔力量は大丈夫ですか?」


 リタが心配そうな声を出す。


「かなり消耗したが、まだ行ける」


 さて、また暫くは移動時間だ。前を行くリタのポニテが揺れた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る