第29話 疫病③
ガスティーク邸を出発した翌日の昼過ぎに、俺達は目的地であるカンシュラに辿り着いた。
木造の門を越えた先の広場で馬を止め、恐る恐る馬を降りる。
身体中がガチガチで痛い。全神経を集中し、なんとか地面に両足を付ける。
隣ではリスティも、無事に馬から降りることに成功していた。だが、よく見ると小刻みに震えている。
その斜め後ろでクーデルが地面に突っ伏していた。馬から降りたものの、地面に真っ直ぐ立てなかったのだ。顕微鏡を渡させておいて良かったな、と思った。俺は気合いを入れてクーデルに歩み寄り、手を引いて立ち上がらせる。クーデルは「申し訳ありませんフォルカ様」と弱々しい声で言った。
ガスティーク邸からここまで、道中何度も馬を替えながら強行軍で進んだが、人間に替えはいない。皆、ヘロヘロだった。
「母さん、ライラ、大丈夫?」
隊列の中で後ろの方にいた母と妹に話し掛ける。二人も無事に下馬していた。
「大丈夫よ。これでも乗馬は得意だから」
母は微笑む。傍目には無理をしているようには見えない。だが、これは貴族としての表情を取り繕う技術故だろう。家族だから分かる、僅かに声が高い。
「全然元気だよ」
ケロッとした顔で笑うライラ、こっちは本当に大丈夫そうだ。我が妹、強いな。
しかし、ここからが本番である。
数人の男性が俺達の方に駆け寄ってくる。先頭にいる青年には覚えがある。あのクセのある焦げ茶色の髪はレンドーフ伯の長男、ボンドレさんだ。
「ガスティーク家の皆様でいらっしゃいますね。救援、心より感謝を申し上げます。これほど早く来ていただけるとは……っ! リスティ様まで、感謝の言葉もございません」
「ボンドレ殿、同じ王を戴く臣同士、助け合うのは当然のことです。まず状況を伺いたい」
「フォルカ殿、ありがとうございます。ではこちらに」
ボンドレさんに案内され、俺達は馬を引いて街中を進む。
日中にも関わらず道を歩く人は殆ど見えない。時折井戸から水を汲む人がいるぐらいだ。
やがて大きな屋敷が見えてくる。
「こちらがカンシュラの代官が詰める屋敷です。今回の疫病対応の拠点にしております」
馬を屋敷の庭に繋ぎ、中へ。そのまま全員で会議室っぽい部屋に入る。部屋の中央にはテーブルがあり、周辺地図が広げられていた。
「ガスティーク家からの救援、改めてお礼申し上げます。では状況を説明させていただきます」
ボンドレさんが地図の一箇所を細い木の棒で指す。
「ここが今いるカンシュラ。この街でも多数の患者が出ている状況です。医師は症状からして緑熱症で間違いないだろうと申しております。浄化魔法により回復することも確認済みです。ただ当伯爵家には浄化魔法の使える魔法使いは1人しかおらず、あっという間に魔力切れになりました」
俺は「なるほど」と頷く。浄化で治癒できると確定できたのは良いことだ。
浄化魔法は人体に有害な菌、ウィルスを選択的に消滅させる魔法だと『ラボ』の研究で判明している。どうやって選別しているのか原理は全く不明で、流石は魔法だ。多くの伝染病に有効だが、稀に効かないケースもある。効かない理由は不明。たぶん、何らかの理由で『有害判定』をすり抜けているのだと思う。
「移動制限はしていますか?」
「はい。街道を封鎖、近隣の町や村には移動禁止命令を発しています。赤い丸石が置いてある場所が感染の確認された町や村です」
地図を眺める。広がってはいるが、同時に一定地域内に収まっている。
伯爵家は適切に動いているようだ。これなら適切に戦力を分配すれば、たぶん抑え込める。
「各地の感染の深刻度合いは?」
「北方の1町3村が酷い状況で、南西地区はやや患者が少な目です。他はどこも同じような感染率と推定されます。それと、南のビデラには王都からの支援部隊が向かっていると早馬が来ましたので、任せられるかと」
地図には各町村の大まかな人口も付記されていた。ここカンシュラが人口約3千人で感染が起きた町では最も大きい。2番目が王都から人が向かっているというビデラだ。
「レンドーフ伯爵家の人員はどのような状況で?」
「浄化の使える魔法使いは休息中で、明日にはまた動けるかと。一般兵は多くを街道の封鎖や移動の監視に回しているため、動けるのは20人程です。魔法兵は8名が待機しています」
「ボンドレ殿、それらの人員は組み込んでも?」
主導権を貰うがいいな、という確認だ。
レンドーフ領での疫病対応なので、本来はレンドーフ家が主体的に動くべきだろう。しかし、彼らに
「もちろんです。加えて、単純な人手が必要な場合は領民に何なりと命じてください。命令権を委任する書類も準備します」
ボンドレさんも理由は分かっているようで、あっさりと権限を委ねてくれる。話が早くて良かった。
「分かりました。加えてもう一つ、樽と馬車が必要です。すぐに用意できますか? 樽は水を貯めて運べれば、樽以外のものでも代用できます」
「樽の20や30ならすぐに準備できます。馬車も10台ぐらいはすぐに」
当然、樽は『聖水』の容器である。『聖水』さえ持たせれば一般兵でも聖属性魔法使いの代わりができる。
使えるリソースは把握できた。
となると……
頭の中で人員割り振りの算段を立てていく。
「リスティとクーデルで
俺は担当とその護衛を割り振っていく。
「多数ある小さい集落は一般兵に『聖水』を持って向かわせる。状況が悪いという北方の1町3村は俺が行く。護衛はリタだけでいい」
患者が多い北方地域は一番魔力量の多い自分で対処し、次いで魔力量のあるリスティが人口の多いカンシュラ。患者は少ないが、面積としては広い南西地域は母さんとライラの即死魔法で広範囲を消毒し、治療は『聖水』で対処する。そんなプランだ。
俺の言葉に皆が頷く。異論はないようだ。
「では早速行動を開始しましょう」
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