第22話 侵入者


「この川を越えると、ガスティーク領だよ」


「はい。いよいよですね」


 馬車が木製の橋を渡っていく。川の中の岩に、鷺のような白い鳥がぽつんと立っていた。


 橋を渡りきり、領地に入った。


 昨夜は母の実家でもあるレディング伯爵邸で一泊し歓待を受け、移動二日目だ。


「天気は大丈夫そうだし、予定通り綿畑が見れそうだね」


 今日は街道を少し逸れて、綿の畑にリスティを案内する。

 ちなみに地球の綿ワタとは完全に別種で、多年草ではなく高さ2メートル程の低木だ。取れる繊維が綿そのものなので、俺は『綿』と脳内翻訳している。


「楽しみです。確か川に挟まれた土地で栽培しているんですよね」


「うん。苗の持ち出しを防ぎやすいし、水も豊富だからね」


 寒さに強く品種改良した『綿』はガスティーク家の財産だ。いつかは流出してしまうだろうが、なるべく長く独占しておきたい。なので湖と合流する二本の川に挟まれた島のような地形の、ガスティーク領コライビでのみ栽培をしている。

 コライビに通じる橋は二本だけで、どちらも厳重に警備されている。船で近付くことも当然禁止だ。


 馬車は林の脇の道を、半ば朽ちた落ち葉を踏んで進む。暫くして、また川にぶつかる。


 川には石造りのアーチ橋がかかっている。これが『綿』を栽培するコライビに続く橋の一本だ。橋のたもとには警備兵の詰所がある。


 馬車が一旦止まる。ここで身分確認をして進むのだが――なんだか雰囲気が違う。


「何かあったようです。警備兵が走ってきます」


 御者席側の小窓が開き、リタがそう言う。俺は馬車の扉を開け、外に出た。焦った様子の警備兵が寄ってきて頭を下げる。


「フォルカ様、良いところに来てくださいました。コライビに賊が侵入した可能性がございます」


 新婚ぽやぽやモードから、一気に頭を切り替える。


「詳細を」


「はい。巡回兵が不審な小舟をコライビ側の岸で見つけました。何者かが船で侵入した可能性があります。現在、脱出されないよう警備兵を総動員して川辺を警戒中です」


 適切な対応だ。俺は頷く。


「農民の動員は?」


 コライビの警備兵は60人程だ。警備兵だけでコライビ全体をカバーするのは難しい。コライビには当然、綿を栽培する農民がいる。彼らはガスティーク家に雇用されている立場なので命令し易い。


「始めました。農民には川辺の監視をさせるつもりです。順次動き出すかと」


 リスティも馬車から降りてくる。


「聞こえていました。フォルカ、私達も使ってください」


「ありがとう」


 マリエルさん達リスティ同行組も含め、家臣が集まってくる。


 さて、どう動くべきか。


 まず、賊の目的は恐らく『綿』の栽培方法の入手だ。コライビに侵入する理由などそれ以外に思い付かない。

 一応、俺とリスティの暗殺が目的というケースも想定はし得る。だが、俺達がコライビを訪問することを知っている人間は僅かだし、そもそも決めたのは7日前だ。仮に情報が漏れたとしても暗殺部隊を手配するのには時間が足りない。


 一度大きめに息を吸い、声を出す。


「皆。コライビに賊が侵入した可能性が高い。警備兵と協力して対処にあたる。枝や種を持ち出させてはならない」


 ある意味運が良い。元々コライビにいる警備兵や農民に加えて、これだけの人員が投入できるのは大きい。

 俺はコライビの地図を頭に思い浮かべながら、対応を考える。

 舟がコライビ側にあって、橋が突破されていない以上、賊はまだコライビ内に居る可能性が高い。既に警備兵らがやっているように、逃さないことが重要だ。


「現在農民の動員準備中で、彼らは川辺の監視に投入される。バリアスはこの橋の警備、ヴァルフは西側の橋に向かって警備に加われ」


 家臣の中で戦闘能力に優れた二人に橋の防御を命じる。元からいる警備兵らと合わせれば簡単には抜かれない筈だ。


「リタとマリエルさんは俺とリスティの護衛。それ以外は動員農民による河川監視体制が整うまでは川辺を巡回警戒し、その後は侵入者の捜索を行え。細部は任せる」


 早口で指示を出す。同行している家臣には非戦闘要員も多いが、目にはなる。


「俺とリスティは川の反対側を捜索する」


 無理をして冬の川を泳ぎ脱出済みの可能性もゼロではないし、対岸に協力者が居て、枝や種だけを革袋等に入れて流すという手段を取る可能性もある。対岸の索敵も行うべきだ。戦闘能力が高く小回りが効く俺が直接動くのが最適だろう。


「行動開始!」


 俺の指示で家臣達が一斉に動き出す。俺は最初に話しかけてきた警備兵に目を向ける。


「警備兵、小舟のあった具体的な位置は?」


 警備兵はコライビの地図を懐から出して「ここです」と指差す。現在地よりやや下流、比較的近い。


「リスティ、一緒に来て欲しい」


「うん。二手に分かれる?」


「いや、敵の全容が分からない。万が一があっては大変だ。戦力の分散は避けよう」


「分かった」


 俺、リスティ、リタ、マリエルさんの4人で捜索を開始する。

 橋の地点から下流に向かい、人物や痕跡がないか見回しながら、川辺を進んでいく。


 右側は川で、左側には森がある。聞こえるのは川の流れる音と自分達の足音だけ、静かだ。時折風が吹き、寒さが染みる。


「どこの手のものかしらね」


「……一番ありそうなのはグリフィス王国やポメイス王国などの近隣諸国かな。後は有力な商会とか? マンジュラ公爵派貴族という線もなくはないけど、可能性は低いと思う」


 盗んだ苗から畑を作ればガスティーク家を完全に敵に回すし、友好関係にあるロフリク王家だって黙ってはいない。国内の貴族が手を出せるとは思えない。


「お話し中失礼します。前方、森の中に誰かいます」


 マリエルさんが小声で言った。


「捕らえましょう、疑わしきは捕縛です」


 小声で返し、俺達は足音を殺して走る。少し進むと、マリエルさんの言う通り人がいた。30代半ばぐらいの男性が二人、服装はツギハギだらけのズボンに、汚れたコート、そこらの村人と言った感じだ。

 突然現れた俺達に驚いた様子で、目を丸くしている。


「ガスティーク家の者だ。ここで何をしている?」


 俺は男達に近付き、声をかける。二人の男は顔を見合わせ、戸惑った様子で口を開く。


「あの、クロテム村のトムと言います。今日は、その狩りに」


 確かに男は背中に粗末な弓を背負っている。狩りと言われれば、そう見える。だが、真実は後で解明すればいい。今は一旦捕獲だ。


「そうか。確認が取れるまで拘束させて貰う」


 リタがスッと縄を出す。そこら辺の木に縛り付け、先へ進むつもりだ。


 そのとき、目の前の男が突然懐に手を突っ込み、何かを取り出した。俺は反射的に聖属性防壁を構築する。


 男の手には黒い球形のものが握られていた。それを俺に向けて投げつけてくる。


 黒い玉は防壁にぶつかって砕け、赤い粉を撒き散らす。色からして唐辛子粉か何かだろう。


 男達はこちらに背を向け、走り出す。逃げるようだ。もちろん逃さない。


 俺は風魔法で赤い粉を吹き散らすと、防壁を消す。既にリスティが魔法の構築を終えていた。土属性派生『雷』の電撃魔法だ。紫電が走り、逃げようとする男二人を直撃する。


 小さな破裂音と共に男達が倒れた。完全に意識を失っている。


「リスティ、やるぅ」


 殺さず、だが確実に行動不能にする程よい威力の雷撃だ。派生系の魔法は高難易度なのに、見事である。


 なんと言うか、良いなぁ。リスティは何も言わずとも綺麗に連携してくれる。素晴らしいパートナーだ。


「拘束します」


 リタが手早く、縄で男達を立木に縛り付ける。

 俺は男達に順に手を当て、魔力を確認する。直接触れて魔力を流し込もうとすれば、反発の強さで魔法素質があるかは分かる。

 反発は弱い。魔法適性は全属性ゼロだろう。


「二人とも魔法使いではないな」


 さて、どうするか。とりあえず怪しい奴を二人拘束できたが、これで全員とは限らないから、捜索は続けたい。ただ、このまま放置してこの二人が救出されたりしたら不味い。


「よし、骨折っておくか」


 リスティの前でエグいことはしたくないが、仕方がない。俺は魔法で水を生成、操作して触手のように使い、男達の両足をバキッと折る。人間二人担ぐのは大変だ。これで仲間が助けに来ても簡単には逃がせない。


「リタ、一旦戻って兵士を連れて来て、こいつらを回収してくれ。俺とリスティ、マリエルさんはこのまま進もう。リスティ、それでいい?」


 リスティは「うん」と頷く。リタは「承知いたしました」と来た道を走って戻っていった。


 俺達3人も移動を再開し、川辺を探索した。暫く進んだが、先程の男達以外には特に発見はない。そのまま反対側の橋まで辿り着き、橋の防衛を命じた家臣のヴァルフと合流する。


「ヴァルフ、状況を」


「はっ。農民の動員は完了し、川辺の監視体制は整いました。現在コライビ内部の捜索に移っています」


「分かった。俺はこのまま橋を守ろう。ヴァルフは捜索に加われ。兵士も1人残っていればいい。連れて行け」


「はっ。では、コライビ内捜索チームに合流します」


 ヴァルフが橋の警備兵を連れて走っていく。俺とリスティ、マリエルさんで橋を見張る。


 暫くして、コライビへの侵入者3名を拘束したとの報が上がった。木の陰に隠れていたところをあっさり拘束されたらしい。




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