第20話 閑話、あの日


 カーテン越しの柔らかな光に、リスティは目を覚ました。隣を見るとフォルカが寝ている。


 先程まで、リスティは夢を見ていた。昔の夢だ。あのときの、対ポメイス戦争のときの夢。


 フォルカの寝顔をじっ、と見る。綺麗な顔だ。成長して、あの時よりもっと格好良くなった。


 幸せを噛み締めつつ、思い出す。



◇◇ ◆ ◇◇



 ポメイス王国との戦争時、ロフリク王国軍は戦場となっている鉱山から後方に数キロ離れた農村に拠点を置き、リスティはそこで負傷者の治療にあたっていた。


 仮設病院となっていた天幕で移送されてきた重傷者に治癒魔法を掛けていると、「敵襲!」と叫び声が聞こえた。

 即座に親衛隊がリスティの周りに集まり、リスティ護衛班でリーダーを務めるピエールが「状況確認急げ」と命令を飛ばす。そんな中、リスティはただオロオロしていた。


 親衛隊と共にひとまず天幕から外に出ると、傷だらけでボロボロの兵士が必死の形相で駆け寄ってきて、声を上げる。


「報告します。警戒部隊が交戦中! 魔法使いの比率が高く阻止は不可能! 大魔法使いバナット卿を確認!」


 その内容にリスティは血の気が引くのを感じた。バナット卿の名はリスティも知っている。敵の主力の一人、『土9、闇7』で『完全行使フィルペル』『魔力量千超サウザンタ』だ。大魔法使い級でなければ対抗は困難。リスティを守る親衛隊員12名は精鋭だが、大魔法使い級はいない。一般の兵士もこの場には50人程だ。こんな後方が敵の主力に狙われるのは想定外だった。逃げるべき状況だ。


 親衛隊も明らかに焦り出した。


「敵の位置と規模は!」


「北西方向、川の上流です! 数は推定200」


 リスティ達のいる拠点の北東側には小さな川が流れており、南西側には森がある。主な戦場になっている鉱山は南東だ。

 川を渡って北東に進めばロフリク側の城塞都市がある。順当な脱出方向は北東だ。近くに橋があるので川を渡るのも簡単である。

 しかし、そのとき北東方向から爆音が響いた。視線を向けると煙も上がっている。状況は分からないが、ロフリク軍の巡回部隊が接敵した可能性が高い。そうであれば、敵には別働隊がいる。


「くっ! 脱出ルートを探れ! 索敵急げ!」


 親衛隊のピエールが叫ぶ。すぐにでも脱出したいが、敵の配置が分からない。下手に動いて待ち伏せされては目も当てられない。十数人の兵士が親衛隊の命令に従い、四方に走っていった。


 そこに北西方向から足音が聞こえてきた。多数の人間が走る音だ、バナット卿率いる敵部隊に違いない。


「殿下、ご安心を。必ず守ります。我々は親衛隊、大魔法使い相手でも足止めぐらいはできます」


 ピエールは半ばここで死ぬ覚悟を決めた様子だった。忠臣を死なせたくはない。こちらに大魔法使いは……いると言えば居た。リスティ自身がそうだ。しかし、自分が今まで練習してきたのは回復魔法ばかり。しかも重傷者の治療を続けてきたせいで魔力の残量も心もとない。自分が戦力にならないことぐらいはリスティにも分かる。


「半数を迎撃に回す、残りで殿下を連れて南東方向、前線側へ突破を」


 

「いえ、当家が迎撃します。親衛隊は殿下の護衛に専念を」



 子供の、だが落ち着いた声がした。フォルカ・ガスティークだった。腰に剣を帯び、後ろに家臣の魔法使い9人を従え、悠然と北西方向へ歩いていく。


「バリアス、円を描くように移動し、8デイツ4分後に森側から敵側面を攻撃。なるべく派手にだ。走れ!」


 ガスティーク家家臣の一人が「はっ!」と言って駆け出す。


 敵が視認できた。川と森の間の細長い草っ原を、こちらに向かってくる。


「残りは横列、俺を支援しろ」


 ガスティークの家臣は一言の異論も唱えず、指示通りに横列を作る。その三歩前に、フォルカ。

 異常な光景だった。普通なら家臣達はフォルカを守るべく行動する状況だ。だが、当然のようにフォルカの命令に服し、主の嫡男を最前に立たせている。


 フォルカが巨大な水の玉を生み出した。直径は大人の背丈程もある。


 迫る敵を目掛けて、フォルカが水球を放つ。情報通り敵の魔法使い比率は高いらしく、多数の防御魔法が展開される。恐らく敵の3割程が実戦レベルの魔法使いだ。


 フォルカの水球は敵に向かって真っ直ぐに飛び、だが途中で勢いを失う。バケツで撒いたように、水が撒き散らされ、敵の手前の地面に広がり――巨大な炎が上がった。

 フォルカの放った水球には火属性エンチャントがされていたようだ。


 立ち上る炎に敵の足が止まる。


 フォルカは既に二発目の水弾を作っている。同様に発射され敵の手前に着弾、敵前の炎の壁が広くなる。その頃には既に三発目の水球が作られていた。


 同じように敵の方向に水球が放たれる。だが、三発目は今までと違った。途中で形を変え、幾つもの水の槍に分裂して加速し、敵集団の前列に降り注いだ。


 一発目と二発目が地面への攻撃だったため、一部の敵は油断したのだろう。防御魔法の構築が遅れた。


 炎と悲鳴が上がった。


 フォルカが敵に向かって十数歩分だけ走る。ガスティーク家の家臣達もフォルカに合わせて前に出た。


 距離を詰めたフォルカは聖属性の光の矢を放つ。ガスティーク家臣達も攻撃魔法を発射した。混乱したところに追撃され、最前列の敵が次々と倒れていく。


 とはいえ、敵は数が多い。敵集団からも反撃の攻撃魔法が飛ぶ。だがフォルカは足元から水を生成し、鞭か触手のように振るって敵の攻撃魔法を悉く叩き落とした。


 フォルカ達も攻撃の手は緩めない。魔法の撃ち合いが始まる。飛び交う攻撃魔法の数は圧倒的に敵の方が多い。だが、ポメイス部隊の眼前にはまだ炎が揺れており、下草が燃えた煙が漂っているため、視界が悪い。

 一方フォルカ側はなまじ敵が多いため、撃てば誰かしらには当たる。

 撃ち合いはポメイス側に不利な状況だ。


 敵からすれば、このまま撃ち合うのは不味い。前に出るか、後ろに下がるかだが、危険を犯し奇襲してきた浸透部隊が下がる筈がない。前に出るとして更に二択、フォルカが地面に撒いた炎に対し、森側から迂回するか、正面から踏破するか。


 敵は後者を選択したようだ。一人の男が前に出る。黒髪を後ろで縛った中年男性だ。強力な土魔法により土砂が放たれ、フォルカの撒いた ”水” を埋める。バナット卿に違いなかった。


 バナット卿を先頭にポメイス部隊が突撃してくる。フォルカとガスティーク家臣はそれを正面から迎え撃った。バナット卿が闇魔法の付与された石弾を次々と放ち、対するフォルカは幾本もの水の鞭を操って石弾を叩き落としていく。

 手数はポメイス側の方がずっと多い。だがそれでも、フォルカ達はポメイスの攻撃に的確に対処していく。

 フォルカは敵の攻撃をあるものは躱し、あるものは叩き落とし、傷を負わない。ガスティーク家臣は敵を牽制して動きを抑えつつ、フォルカが処理しきれない攻撃を防御している。完璧な連携だった。


 水の鞭を操るフォルカの姿は、傍から見れば噴水の中で子供が遊んでいるようだった。


「明らかにバナット卿より強い……」


 ピエールが驚きの声を上げる。数で圧倒的に優っているのに、フォルカにダメージを与えられていない状況、どちらが格上かは明らかだ。


 どちらも敵に打撃を与えきれない、苛烈な膠着状態が生じた。だが、そこに叫び声と共に森側から攻撃がなされた。フォルカが最初に指示した側面攻撃だ。


 たった一人の攻撃、如何に魔法使いといえど大した火力ではない。しかし、一時ポメイス兵の目はそちらに向いた。脅威ではないと即座に見抜いたのだろう、バナット卿だけがフォルカから目を離さなかった。


 瞬間、フォルカとバナット卿の一対一が成立する。フォルカは既に水の鞭を消していた。全魔力を注いだであろう水の槍を一本、バナット卿に向け放つ。回避困難と判断したのかバナット卿は防御魔法を発動した。高位土魔法の金属生成によりぶ厚い鋼の壁を地面から生やし、闇属魔法の防壁を更に重ねる。


 遠目だが、リスティにはフォルカが小さく笑ったように見えた。


 水の槍がバナット卿の防御魔法と衝突する。聖属性の魔力が闇属性の防壁と相殺し、鋼の壁に水の槍が刺さった。


 轟音がして、鋼の壁の反対側から炎が上がった。フォルカの攻撃がバナット卿の防御を貫いたのだ。


 普通なら『水』と『鋼』では勝負にならない。しかし魔法操作で位置を固定された『水』は魔法強度の範囲内において疑似的に固体として振る舞う。フォルカの渾身の一撃は鋼の弾性限界を超える圧力を生じさせ、極小の穴を穿ったのだろう。

 穴が空けば、まだ火属性エンチャントの残った水がそこから吹き出す。適性8の火魔法が生む高温は鉄をも溶かす。直撃すれば人間は即死だ。


 バナット卿が生み出した鋼鉄の壁が、砂のように崩れる。

 大魔法使い、バナット卿の死亡。大戦果だ。


 とはいえ、まだ敵は多い。150人は残っている。勝ったと言える状況ではない。フォルカは次の魔法を構築している。


「暴風雨」


 フォルカの声が聞こえた。恐らく魔法の名前なのだろう。


 フォルカの周囲に無数の白く輝く『水滴』が生まれた。ゴウと風の音がして、『水滴』が横殴りの雨のように、ポメイス部隊に襲い掛かった。


 聖属性と火属性のエンチャントされた無数の『水滴』を風に乗せて叩きつけているのだ。ポメイスの魔法使い達は防御魔法を展開し身を守ったが、一般の兵は成す術もなく、炎に包まれた。


 短い悲鳴が上がった。


 防御に成功した魔法使い達だが、フォルカの攻撃は止まらない。『水滴』は生成され続け、ポメイス部隊に降り注ぎ続ける。他属性魔法に対する阻害効果の大きな聖属性を含む攻撃だ。防御が徐々に削られていき、魔力の低い者から防壁を砕かれ炎に包まれていく。ガスティーク家臣も黙って見てはいない。攻撃魔法で追い打ちをかけ、防御を打ち抜いていく。


 一人また一人と、ポメイスの魔法使いが倒れていく。


「こんな魔法が、どうしてこんなに持続するんだ……」


 ピエールが唖然とした表情で言う。フォルカの行使している魔法は明らかに時間あたり膨大な魔力を消費する。フォルカの魔力量は1000どころではあるまい。


 小さな悲鳴と共に、最後の一人が倒れた。フォルカが魔法を止める。


 ポメイス軍が居たあたりは、灰色と黒の2色だった。

 一般兵は灰になるまで焼き尽くされ、防御をしていた魔法使いは黒焦げ死体で止まっているのだ。幾らか森に逃げた者も居るだろうが、ほぼ全滅だ。


 フォルカがリスティ達の方に歩いてくる。そのまま胸に手を当て正しい作法で優美に一礼。


「リスティ殿下、ご無事でしょうか」


「は、はい」


「何よりです。親衛隊の皆様、まだ敵がどこに潜んでいるか不明です。離脱しましょう」


「フォルカ・ガスティーク殿……助かりました。ありがとうございます。南東方向に向かい、軍本体と合流しましょう。ここからは我々が前に出ます」


 それ以上の戦闘はなく、リスティ達は無事に軍本体と合流することが出来た。



◇◇ ◆ ◇◇



「おはよう」


 リスティが思い出に耽っていると、フォルカが目を覚ました。


「はい。おはようございます、フォルカ。今日はいよいよガスティーク領へ出発ですね」


 リスティはフォルカに口づけする。結婚してから日課になっているおはようのキスだ。3秒ぐらい唇を重ねて、離そうとしたらフォルカに捕まえられた。もっと長く、らしい。





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読んでいただきありがとうございます。


フォルカくん怖い。でも今のリスティは1対1ならフォルカくんより強いです。


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