第15話 披露宴後①

 マンジュラ公爵、テイモン・ストラ・マンジュラは夜会を終え、王都マンジュラ邸に帰還した。とはいえ、まだ眠りはしない。自室で少しだけ時間を調整した後、宴会等に使われる邸内のホールに移動する。

 ホールにはマンジュラ派の有力貴族達が集まっていた。多くは今日の結婚式後の夜会に参加した者達だ。マンジュラ公の家臣達が給仕にまわり、酒と軽食を提供している。


 マンジュラ公自身も葡萄酒を手に取り、適当な椅子に腰掛ける。彼の周りに貴族達が集まってきた。


「マンジュラ公、お疲れ様でございます。今回の婚姻、公爵はどう見られますか?」


 白髪頭で小太りの伯爵が尋ねてくる。マンジュラ公は「ふむ、貴殿らはどう考える?」と逆に問う。


「私は今回の婚姻はお人好しのガスティーク侯爵が王家の要請を断れず、流された結果のことだと予想していました。あのような胸の女性を押し付けられフォルカ殿は不憫だと、深く同情していた次第です。しかし、今日の夜会でのフォルカ殿の笑顔は演技には見えず、混乱しています」


 別の伯爵が言葉を続ける。


「ええ。これが中長期的に王家とガスティークの亀裂になればよいと思っていたのですが、どうもガスティーク側が不満を持っている様子が見えない。演技力が高いだけという可能性もありますが、何やら王都の市場で逢瀬の真似までしていたそうですし」


 そこで、一人の子爵令嬢が一歩前に出る。彼女は病気の父の名代として今日の夜会に出席していた。


「僭越ながら、発言させていただきます。私はライラ嬢と少し会話をしてみました。彼女からロフリク王家に対する怒りや不満は全く感じられませんでした。多少困惑はしているようですが、それだけです。流石にあの年齢で完璧な演技はできないでしょう。両家望んでの通常の婚姻と推測します」


 今回の夜会、ガスティーク家から長女のライラが参加していた。次女アリアは不参加なので、彼女がガスティーク家最年少だ。情報を狙うならそこである。


 マンジュラ公は大きく頷いた。どうやら自派閥の質は保たれている。


「同意見だ。今回の結婚、フォルカ殿とリスティ様は相思相愛にしか見えん。結婚は望んでのことだろう。今回の婚姻でロフリクとガスティークの結束は更に強まったな」


「しかし、あの胸ですぞ?」


 伯爵の一人が疑問を呈する。


「稀に大丈夫な者もいるのは知っていよう。本当にフォルカ殿は厄介な御仁だ。ペリステ侯爵家アルヴィ殿とは親友、対ポメイス戦争でドメイア公爵に恩を売り、今回の婚姻でファマグスタ公爵に特大の貸しを作った。建国六家のうち4つが抑えられた形だ。流石に厳しいと言わざるを得ない」


 派閥の領袖であるマンジュラ公の悲観的な発言に、部屋に沈黙が落ちる。


「となると……」


「ああ、もう一つに賭けるしかなくなったな。だが、片方に注力できると考えれば悪いばかりでもない。今回の婚姻は ”あちら” には利となる」


 マンジュラ公は葡萄酒をぐっと飲み干す。


「ま、上手くやろう、諸君。何にしても、グリフィスは赦さぬ」



◇◇ ◆ ◇◇



 夜会が終わった後、俺とリスティは馬車に乗って王都のガスティーク邸に来た。

 俺達は暫くの間はここで生活する。急な結婚で移住の準備がまだできていないのだ。加えてリスティは最高の治癒魔法使い、高位貴族の治療の予定も入っている。すぐガスティーク領に向かう訳にはいかない。


 馬車を降り、リスティの手を取って庭を抜け正面玄関へ。


 扉が開き、屋敷内に入ると主だった家臣・使用人が整列しており、一斉に頭を下げる。


「リスティ、ガスティーク邸へようこそ。臣下の紹介とかはまた明日以降に。ひとまず着替えて汗を流そう」


 俺がそう言うとリスティは「はい」と頷く。

 リスティの侍女のマリエルさんがすっと後ろから出てきて、「こちらへ」とリスティを案内する。マリエルさんには事前にガスティーク邸の間取りを確認して貰って、打ち合わせも済ませている。任せておけば大丈夫だ。


 ガスティーク邸の湯船は6つあるので、順番待ちをしなくても別々に入浴できる。リスティと一緒に入るというのも捨てがたいが、彼女も疲れている筈、それは今後にとっておくべきだろう。


 一旦リスティと離れた俺は移動し、堅苦しい服を脱いでフロに入る。

 湯を頭から被り、体を洗って湯船に。足を伸ばす。長い息が漏れた。


 疲れた。前世で既婚者から ”結婚式は目茶苦茶疲れる” と聞いていたが、その通りだ。ま、それでも準備をさせられた役人一同に比べれば遥かに楽だが。


 しばし、頭を空っぽにして体を温める。逆上のぼせる前に上がって、体を拭いてラフな服を着る。入浴で疲れはかなり取れた。フォルカは若いので回復が早いのだ。


 風呂から上がった俺は寝室に移動し、部屋にある小さな丸テーブルの椅子に腰掛け、リスティを待つ。


 ノックに続いてドアが開き、薄ピンクのワンピース型寝巻きを着たリスティが入ってきて、テーブルの向かいに座る。


「リスティ、今日はお疲れ様」


「フォルカもお疲れ様です。今日は……今日もありがとう」


 風呂上がりで僅かに上気したリスティが微笑む。可愛い。まつ毛長い。

 まさに『清楚で知的なお姫様』という感じだ。


 今日は正式に初夜、何も憚ることなく、リスティと朝まで一緒にいられる。


「こちらこそ。これから夫婦としてよろしく……リスティ、俺としては第一子は積極的に作っていきたいと思っているけど、君はどう?」


 『確認』の後、月ものは来たと聞いている。流石に一回で妊娠とはならなかったようだ。

 この世界、結婚したら子供は当然作るものではあるが、意向は確認しておきたい。


「ふぇ、あの、えと。私も……その、フォルカの赤ちゃん欲しいです」


 リスティの顔が耳まで赤くなった。可愛すぎる。

 すぐに押し倒したくなる衝動を堪えて、俺は立ち上がり、リスティの手を取る。手を引いて、リスティをベッドに横たえる。サラサラした金色の髪が、俺のベッドの上に広がった。



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