第14話 披露宴

 大聖堂での婚姻の儀式が終わった後は、馬車で王都を一回り。前後を儀仗兵に挾まれてのプチパレードだ。

 ぶっちゃけ山車だしの飾り役だが、リスティは嬉しそうだった。王都の市民も大盛りあがりで手を振ってくれたし、良かったと思う。


 それが終わると、僅かな休憩を挟んで夜会だ。日本で言うところの披露宴である。


 夜会自体は高位貴族中心の小規模なものだ。

 何せ一ヶ月前の発表なので大規模な夜会は不可能である。元々予定されていた『先代国王の誕生日会』のラベルを貼り替えた、というのが実態だろう。

 ま、小規模と言っても参加者二百人は超えてるのだけど。


 会場である王城の広間の前に到着し、待機。国王陛下の挨拶が終わったタイミングで俺達は入場だ。


 暫くして、合図があった。


「じゃ、行こうか。リスティ」


「はい。フォルカ」


 俺の腕にリスティが手を添え、歩き出す。扉が開いた。

 来賓の視線が一斉にこちらに来る。


 ゆっくりと笑顔で会場の中央へと進んでいく。そこには人の居ない開けたスペースがある。

 ロフリク王国の披露宴では、主役の二人はまず皆の前でダンスを踊る習慣があるのだ。


 音楽が始まり、俺はリスティの腰に手を添える。


 ところで、俺はダンスがあまり得意ではない。もちろん、踊れはするのだが、並程度である。ダンスの練習をする時間があるなら魔法の訓練をしたかった。実はリスティも似たような状況だ。


 だが、大丈夫。


 ダンスを始めると、皆の視線はリスティのネックレスに向く。

 大聖堂は薄暗く、距離もあったため見えにくかっただろうが、この部屋ならハッキリ見える。目の肥えた高位貴族ならそれがガスティーク侯爵の渾身の作品だと気付くだろう。


 煌めきが目を奪い、そして人々は考える。『ガスティーク侯爵がここまでのものを作ったなら、この婚姻はガスティーク侯も望んだものなのか?』とか色々。


 新郎新婦のダンスは疲労も考慮し短い曲を一曲だけだ。ガスティーク侯爵の心情を分析しているうちには終わる。ダンスの巧拙など印象には残らないだろう。


 踊りきって一礼。うん、乗り切れた。

 リスティと目が合い、笑い合う。


 ダンスを乗り切っても休む暇はもちろんない。この後は歓談の時間。まずは今回唯一の外国からの来賓であるティエール国王夫妻に挨拶をしに行く。

 隣国の王相手だが、そこまで気を使う必要はない。ロフリク王国の王妃シャルロッテはティエール王国の第三王女、つまり二人はリスティの祖父と祖母だ。

 ティエールには『確認』終了後に即早馬が走っていた。かなり無理をして予定を空けてくれたらしい。


「お祖父様、お祖母様、お久しぶりです。お越しいただき、ありがとうございます。こちらが夫のフォルカです」


「陛下、フォルカ・グレス・ガスティークと申します」


 俺は背筋を伸ばして深く一礼。


「うむ。シャルロッテから申し分のない男性だと聞いている。孫をよろしく頼むよ」


 ティエール王が顔の皺を深めて笑う。人の良さそうなお爺ちゃんだ。


「ふふ、おめでとう。本当に凄い首飾りね。ガスティーク侯爵の作品かしら?」


「はい。義父様おとうさまからいただきました」


 ティエール王妃の質問にリスティが嬉しそうに答える。


「やっぱり。流石は土適性8で精密魔法制御に秀でたガスティーク侯ね、これ程の品はティエール最高の魔法彫金師でも作れないわ。時間もかかったでしょう」


「はい。他の仕事を放りだして、工房に籠もっていましたよ。家臣達が苦労していました」


「ふむ。ご苦労だが、優秀な魔法使いに仕える者の宿命だな。何せ魔法だけは代えが効かん」


 確かに、ガスティーク家で高度なボールベアリングを作れるのは父だけだし、『聖水』を作れるのは俺だけだ。事務仕事は振ろうと思えば振れるが魔法はどうにもならない。


「そう言う意味ではガスティークうちは次の代も家臣が苦労しますね」


「全くだ。フォルカ殿もリスティも、魔法について唯一無二と言っていい使い手、臣下を大切にすると良い」


「はい。お祖父様、ご助言ありがとうございます」


 さて、このままお喋りをしていたいが、あまり長々と話す時間はない。


 俺達は「それでは」と切り上げ、中央奥の新郎新婦用のテーブルに向かう。ここから先は順番に挨拶にくるのを相手する形になる。残念ながら椅子はなく、立ちっぱなしだ。ただ日本と違い、新郎に酒を飲ませたりはしない。

 貴族の序列順にお祝いの言葉を述べに行くのが通例だ。なので最初が一番重い。


 優美で力強い足取りで近づいてくるのはマンジュラ公爵、テイモン・ストラ・マンジュラだ。四十代後半の男性で白髪碧眼、やや痩せ型で背は高い。公爵の髪は昔は輝くような金髪だったが、8年前のグリフィス王国侵攻以降の苦労が祟って、年齢以上に老けてしまった。

 そして、序列一位マンジュラ公爵家とロフリク王家は、グリフィス王国に対する対応を巡って対立している。グリフィスへの逆襲を主張するマンジュラ公と、防衛体制の強化に留めるロフリク王家という構図だ。

 つまり、マンジュラ公は敵対派閥の領袖である。


「フォルカ殿、リスティ様、ご結婚おめでとうございます」


「これはマンジュラ公、急な式になってしまい申し訳ございませんでした。ご列席いただきありがとうございます」


「いや、体の事情はままならぬもの、気にされる必要はございません」


 『体の事情』ときたか。先代国王の病気に配慮する表現としては余りに不自然な言い回しだ。

 マンジュラ公は非常に優秀な人物、全部勘付かれているだろう。たがそれは想定内、勘付かれたところで大して困りはしない。確証がなければ手札にはならない。


「そう言っていただけると幸いです」


「優れた魔法使い同士の結婚は国の将来性にとっても非常に有益なこと。月巡りの善きことお祈り申し上げる」


 魔法戦力増強のために子作り頑張れよ、という意味だ。

 マンジュラ公はそう言うと「では他の方も居ますのでこれで」とあっさり立ち去る。


 さて次は序列2位ファマグスタ公爵、リスティの元婚約者の家だ。お互いやり難いことこの上ない。

 二人の男性がやって来る。ファマグスタ公爵と嫡男のモーゼスさんだ。


「フォルカ殿、リスティ様、ご結婚おめでとうございます」


「ファマグスタ公爵、本日は列席ありがとうございます」


 ひとまず公爵と俺で挨拶。もうこれで終わりじゃだめかな? と思ってしまうが、ファマグスタ公爵家とギクシャクしていると思われるのは良くない。


「ご結婚おめでとうございます」


 そう言祝ぐモーゼスさんは本当に申し訳なさそうな顔をしている。罪悪感に押し潰されているような、そんな顔だ。


 彼も辛かったのだろうな、と俺は思った。公爵がゴリ押しして決めた婚約者との生殖が難しく、公爵家の嫡男として血を継ぐ義務もあって、嫌な立場だ。


 俺は「ありがとうございます」と言いつつ、半歩モーゼスさんに近づく。


「ご安心ください。必ず幸せにします」


 周りに聞こえないよう小さな声で俺は言った。モーゼスさんと目が合う。僅かに表情が緩んだような気がした。


 モーゼスさんが「ありがとう」と小さく呟く。


 空気が緩んだので、そのまま少し雑談をする。

 いつかファマグスタ公爵領の港に新鮮な魚介を食べに行くことになって、少なくとも端から見た分には和やかに終わった。

 良かった良かった。

 さて、これで後は楽だ。


「フォルカ殿! リスティ様! ご結婚おめでとう!」


 豪快に笑うのは、序列3位のドメイア公爵。綺麗にハゲた50歳の男性だ。

 先の対ポメイス戦争は、ドメイア公爵領の鉱山を巡る争いだった。そのため『後方支援』に赴いた俺とリスティは、公爵からの覚えはいい。

 お祝いの言葉をいただいて、戦争の思い出を少し話して終了する。


 序列4位のペリステ侯爵はアル兄と一緒に挨拶しに来て雑談をして終了。今度ライラも連れて狩りに行く約束をした。


 序列6位ポーレッタ伯爵は『土魔法適性10』の大魔法使い。ただ、領地も遠く、関係が薄いので定型的な会話で終了した。


 そこから先は段々と序列は曖昧になっていく。ポロポロと人が来てお祝いの挨拶をして去っていく感じ。

 皆、表面上は穏やかな挨拶をしていくが、言葉が過度に定型的な人が多い。そして、俺に対しては同情の視線がしばしば向けられる。やはり今回の結婚に不穏なものを感じている貴族が多い印象だ。

 俺が貧乳好きなだけなのに、勘ぐらないで欲しい。ここで『諸君私は貧乳が好きだ』とか演説を始めたら駄目だろうか? 駄目だろうな。


 そうして、貴族からのお祝いの挨拶が一通り終わった。そのタイミングで男性2人が近付いてくる。金髪碧眼の美青年と、若草色の髪に碧眼の美少年、第一王子のケフィン殿下と第二王子のステイン殿下だ。2人は身内なので身分順の範囲外になる。


「フォルカ殿、リスティ、結婚おめでとう」

「フォルカ殿、リスティ姉様、ご結婚おめでとうございます」

 

「ケフィン殿下、ステイン殿下、本日はありがとうございます」

「兄様、ステイン、準備中も今日も、お世話になりました。ありがとう」


 挨拶を交わす。ちなみにステイン殿下は第二王妃の子だが、兄弟仲はよいらしい。


「ステイン殿下、演奏は本当に素敵でした。重ねてお礼を申し上げます」


 ステイン殿下は音楽に造詣が深い。楽器も使いこなすが、特に風属性派生『音』を駆使した魔法演奏においては、国随一の腕前だ。今日も一部の演奏を担当してくれていた。


「いえ、それほどでは。まだ研鑽の道半ばです」


 少し照れた様子で微笑む姿は、可愛い。ステイン殿下、顔立ちが女性的な上にやや童顔なのだ。骨格をよく見れば男性なのだが、最初見たときはケフィン殿下やリスティの妹かと思った。


 ……あれ? 妹と言えばフェリシー殿下はいないな。というかここ暫く見ていない気がする。


「そう言えば、フェリシー殿下は……」


 俺がそう言いかけると


「大丈夫です」


 リスティが横からそう言った。


「大丈夫って?」


「大丈夫です。フォルカ殿は気にせず」


 ケフィン殿下が、そう被せてくる。よく分からないが、二人が『大丈夫』というなら大丈夫なのだろう。


 そんな風に若干の問題を含みつつも、特に波乱もなく夜会は終わった。





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読んでいただきありがとうございます。

結婚式まで来れました。

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