第11話 デート②
一般市街に入ると道を行き交う人が一気に増え、喧騒が満ちる。
時々、すれ違う人がリスティの方をチラッと見てくる。たぶん「うわ、胸無し女だ。隣は恋人……の訳ないな、お兄さんだろう」とか考えているのだろう。被害妄想かもしれないが、少し不愉快だ。
安易に連れ出したのは失敗だったかなと心配になって、リスティの表情を確認する。少し緊張した雰囲気だが笑顔で、特に視線を気にした様子はない。良かった。
更に少し歩くと『南市場』と呼ばれる場所に着く。大勢の人が買い物に勤しんでいるようで、賑やかだ。
「到着。俺は来るの久しぶりだな。リスティは時々来たりする?」
「いいえ。馬車で近くを通ることはよくありますけど、市場に入るのは数年ぶりです。でも活気があっていいですね」
「ロフリク王国が繁栄している証拠だね。露店を冷やかそうと思うけど、それでいい?」
「はい。私もそれがいいです」
市場は大きな広場とそれを取り囲む建物群で構成される。広場に露店が並び、周囲の建物にも商店が入っている。
当然、きちんと店を構える屋内店舗の方が扱う商品の格は上だ。しかし、リスティは王族だし、俺だって高位貴族である。本当の高級品は店には並ばず、大商人が売り込みに来るものだ。屋内店舗にわざわざ買うような物はない。むしろ露店の方が変な物を売っていたりして面白い。何に使うか分からない『雑貨らしきもの』とか。
ちなみに金は一般的な大工の年収ぐらいは財布に入っている。金貨銀貨がジャラジャラで少し重い。
二人で露店を眺めてふらつく。飲食系の屋台もあり良い匂いがするが、食事をする場所はもう決めてあるので今は我慢。
「うん。行商人が多い。良いことだ」
露店にも王国商人の店、近隣の村が生産品を直売する店、街から街へ渡り歩く広域行商人の店など色々あるが、俺達が眺めて楽しいのは広域行商人の店だ。
広域行商人が集まるのは王都の経済状況が良く『売れる』と思われている証拠である。
ロフリク王家は先代も当代も善政をしき、戦争はなるべく避け、仕掛けられた戦争には勝っている。調子が良いのも当然かもしれない。
木彫りの鳥、陶器の皿、なんか黒い塊、色々なものが並んでいる。アクセサリーもあるが、もちろんリスティが付けられるような水準のものはない。
「あ、素敵な絵」
リスティの視線の先を見ると、露店の一つ、床に布を敷き商品を並べただけの簡易な店の隅に2枚の絵が並んでいた。額にも入っていない絵だ。一枚は山の絵、植生からしてこの辺の山ではない。もう一枚は花の絵だ。城塞を背景に白い花が描かれている。
俺は絵画に造詣が深い訳ではないが、どちらもかなり上手く見える。
よし、買おう。売っているのは30歳ぐらいの黒髪の男性商人だ。
「店主、この絵は幾らだい?」
俺が聞くと商人はこちらを向き、少し顔を引き
「あ、あの、どちらも中銀貨2枚ですが……私が行商の傍ら描いたものでして、大したものでは」
ほう、この人が描いたのか、素晴らしい。
「両方買うよ。ただ、少し安すぎる、もう少し払う」
俺はそう行って商人に中
「こ、こんなには」
「払わせてください」
もう一度言うと、商人は「大変ありがとうございます」と金貨をしまい、絵を渡してくれる。なんか、良いもの買えた気がする。
「ガスティーク領に行く機会があったら都市レミルバの北にある湖がオススメですよ。絵になる光景です」
俺はそう言ってから、再び歩き出す。
「ガスティーク邸のどこかに飾りましょうか」
「はい。特に花の絵の方は素敵だと思います」
さて、嵩張るものを買ってしまった。絵はA3ぐらいの大きさ、そのまま持つには邪魔だ。袋でも買おうかと思っていると、どこからともなくリタが現れた。無言で絵を回収し、また離れていく。持っていてくれるらしい。ありがたい。
「そろそろ昼食にしようか。近くに元ガスティーク邸使用人がやっている平民向けの店があるのだけど、そこでいい?」
「はい。楽しみです」
リスティからOKが出たので移動を開始した。南市場のすぐ裏手にその店はある。てこてこ歩いて店の前に行くと、客が並んでいた。平民向けの店の中では値段が高い方だが、賑わっているようで何よりだ。
事前に連絡し席は確保させているので、そのまま店内に入る。
「いらっしゃいませ。あっ」
30歳ぐらいの男性店主がビシッと背筋を伸ばす。そのまま深く礼。彼が元使用人だ。
「お待ちしておりました。こちらに」
奥の席に案内され、リスティと向かい合って座る。テーブルも椅子も木製、特に木目とか節とかを気にしていない素朴な品だ。だが清掃は行き届いている。
「こういう雰囲気は新鮮でいいですね」
リスティがそう言って微笑む。本心なら嬉しい。
実は今日の食事をどうするかは少し悩んだ。信頼できる店がよいが、高級店に行ったとしてもリスティは第一王女、普段の食事の劣化番が出てくるだけだ。折角のお忍びだし、平民向けの店がよい。
それで結局、
「ここの名物は少し味の強い豚肉料理なのですが、どうされます?」
リスティの好みや苦手な食べものは事前にリサーチ済みだが確認をとる。
「なら、それを。肉も魚も好きなので大丈夫です」
俺は店主に「二つ頼む」と指示を出す。
料理はすぐに出てくる。白い皿に置かれたそれは『照り焼きバーガー』だ。俺が以前食べたくなって、色々やって再現した品である。味は日本で食べるそれにかなり近い。
木製のコップもテーブルに置かれる。中身はミントとレモンを漬けたフレーバーウォーターだ。
「では、いただきます」
手で食べてもよいが、ナイフとフォークでお上品にいただく。
リスティがパクリと口に入れ、モグモグと咀嚼する。パァァァと笑顔が咲いた。
「これ、美味しいです。食べたことない味です」
口に合ったようで良かった。可愛い女の子が幸せそうに食べる姿は、素晴らしい。
何というか、これはアレだ、ハンバーガーを食べたことないお嬢様をバーガーチェーンに連れていくシチュエーションだ。
「気に入って貰えてよかった」
「連れて来てくれて、ありがとうございます。甘さとしょっぱさと、不思議な味です……しかし、皆さんが必死なときに美味しいもの食べてて、何だか悪いですね」
確かに俺達の結婚式のせいで、王城にはブラック労働が蔓延している。
「まぁ、でも何かしたら邪魔ですから。終わった後に付け届けでもしましょう」
俺も『照り焼きバーガー』をいただく。うん、美味しい。フレーバーウォーターも爽やかで良い。後で店主を褒めておこう。
食べ終わり、店を出る。
「さて、では戻りますか」
俺達はまた手を繋いで、王城に向かって歩き出した。
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