第9話 アル兄

 俺は王都ガスティーク邸の裏庭で『聖水』を作っていた。王都滞在中もこの日課は変わらない。

 一樽埋まる度に、輸送業者が荷馬車に積み込んでいく。


「これで最後、輸送よろしく!」


 俺がそう言うと、輸送業者は「承知いたしました!」と大きな声で返し、馬車を出す。

 王都で作ると、領内分は領地までの輸送中に品質が落ちてしまうが、逆に領外分は王都の方が各地に運び易く、質が良くなる。この辺は属人的な魔法の宿命なので仕方ない。


「フォルカ!」


 輸送隊を見送ったところで、俺を呼ぶ声がした。よく知っている声だ。


「やあアル兄、久しぶり!」


 俺は振り返り、声の主に挨拶を返す。


 彼はアルヴィ・ペリステ、序列4位ペリステ侯爵家の長男だ。魔法適性は『火10』。赤髪で、彫りが深い整った顔をしている。

 俺は『アル兄』と呼んでいるが、もちろん兄弟ではない。俺が4歳のとき、当時5歳のアルヴィに「兄と呼べ」と言われ、それ以降『アル兄』呼ばわりしているだけだ。つまりは仲良しの幼馴染である。

 

「リスティ王女殿下と結婚するって聞いたぞ、本当か?」


 昨日、俺とリスティの婚約が公表された。それに続いて結婚式は一月後とかいう意味不明なスケジュールが発表され、現在王都は大騒ぎである。


「本当だよ」


「フェリシー殿下の間違いではなく?」


「うん。リスティ殿下だよ。奇跡の3年仲間のリスティ殿下」


 『奇跡の3年』というのはロフリク王国内でアル兄、俺、リスティ、クイトゥネン伯爵家のセレーナ、ラーシャ姉妹と立て続けに大魔法使い級が5人誕生した期間を指す。この言い方ならアル兄には誤解なく伝わるだろう。


「そうか……一体何があったんだ? 俺とお前の仲だ、何だって力になるぞ」


 アル兄が本気で心配している。婚約者が貧乳というだけでこの扱いである。本当に古代のウイルスは許し難い。


「いや、大丈夫だよ。無理強いされてはいないから」


「……そうは言うが」


 まだまだ心配顔のアル兄に、俺は耳元に口を寄せ小声で言う。


「アル兄だから言うけど、俺さ、胸小さくても平気なんだ」


 アル兄の目が驚きに開かれる。


「なっ! つまりあれか、千人に一人ぐらいの」


 俺はコクコクと頷く。この世界、貧乳女性も少ないが、それより遥かに少ないのが『貧乳とヤれる男』である。大きい都市なんかにはその素質で食っている『特殊男娼』とかもいるため、存在自体は認識されている。


「そうか……しかし、お前はそれで良い訳か?」


 貧乳とヤれる男も貧乳が好きとは限らない。特殊男娼も多くは巨乳を妄想して勃てていると言われる。勃つとしても不本意では、と心配なようだ。


「うん。大歓迎。だって胸を別にすれば完璧だよ、リスティ殿下」


 信じてくれと、全力笑顔マックススマイル。届け俺の気持ち。


「嘘ついてる顔では……ないな。安心したよ。なら、おめでとうだな!」


 アル兄がホッとした顔で笑う。どうやら理解して貰えたようで、何よりだ。


 俺は「ありがとう」と返す。


「しかし、色々と邪推されたり、憐れまれたりしてるぞ。少し注意しておいた方がいい」


 また真面目な顔になってアル兄が言う。確かに真実はさておき、貴族社会での評価・印象には気を付けた方がいい。


「心配してくれてありがとう。でも、どうしたものか」


 悩ましい。王家に無理強いされた訳ではないよ、フォルカはリスティ大好きだよ、と分かって貰わねば。


「アル兄、ペリステ侯に俺は望んで結婚するって伝えておいて貰える?」


「ああ。もちろん」


「ありがとう。助かる」


 これでペリステ侯爵家は大丈夫。

 あとの対策は、追々考えよう。


「ところで、ライラちゃんは居ないのか?」


「今頃は移動中のはず。明日にはこっちに来るから、また来てよ」


 婚約が無事公表され、両親と俺が当分は王都に留まることが確定したため、妹二人は現在王都に向かっているところだ。

 アル兄はうちのライラが好きみたいで、いつも気にかけている。人格面で信頼できるし、容姿能力ともに秀でているため俺としても応援している次第だ。


「そうか。ならまた」


 アル兄はそう言って、手を振り去っていった。

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