第8話 確認後(リスティ)

 リスティ・シャン・ロフリクは茶室の扉を開けて、フォルカと共に部屋から出た。

 ドレスに崩れがないか心配だし、股も気になって歩きづらいが、表に出さないように気をつける。フォルカは不自然でない程度に、僅かに歩調を緩めてくれている。


 扉の横にはリスティの侍女マリエルと、ガスティーク家家臣の女性が待機していた。

 二人はすっと、後ろに付く。


「フォルカさま、長くなってしまい申し訳ありませんでした。興味深いお話しが聞けて嬉しかったです」


「こちらこそ、リスティ殿下の知見を伺えて、見識が広がりました」


 廊下を歩きながら、話す。リスティはフォルカと医療関係の話をしていた設定だ。廊下には警備の兵もいるし、使用人も通る。一応、それらしく振る舞わなくてはならない。


 廊下の突き当りで、立ち止まる。問題なく行為が終わった場合、ガスティーク家の一行はこのまま王都ガスティーク邸に帰る手筈だ。なので今日はここでフォルカとお別れだった。少し寂しいが、仕方ない。


 半ば無意識にフォルカの顔を見つめる。金色の髪に瑠璃色の瞳、中性的な顔立ちに切れ長の目が凛々しい印象を添えている。素敵だなぁと、改めて思った。

 思わず頬が緩んでしまって、慌てて表情筋に力を入れて、笑顔を引き締める。


「では、本日はこれで帰らせていただきます。また近い内にお会いできるのを楽しみにしております」


「はい。是非また」


 互いに頭を下げ、踵を返して歩き出す。

 まずは結果を両親に報告をしなくてはならない。


 両親の待つ部屋の前でマリエルを待たせ、扉をノックする。


「お父様、お母様、リスティです」


 言って、中に入る。重くて頑丈な扉をきちんと閉めた。


「全て恙無つつがなく、無事に終わりました」


 かなり恥ずかしいが、結果を伝える。


「そう。よかったわね」


 母が目を潤ませて立ち上がり、両手を広げる。娘を抱きしめようという動き、それをリスティは半歩下がって拒絶した。先程行為をしたばかり、匂いが有るかもしれない。

 母もすぐに理由を察したようで、笑って引き下がる。


「では予定通り明日婚約を発表しよう。そして明後日には式の日程発表、一月後には挙式だ。忙しくなるぞ」


 そう言う父も満面の笑み。


「はい。お願いします」


「リスティ、今日は疲れたでしょう。戻ってゆっくり休みなさい」


「はい。お父様お母様、失礼します」


 リスティは一礼して、部屋を出た。



◇◇ ◆ ◇◇



 両親に『報告』を終え、自室に戻ったリスティは居間のソファーに腰を下ろした。


「ふふっ。リスティ殿下おめでとうございます。縁談は無事に纏まったようですね」


「ありがとう……って何でもう知っているの?」


 侍女マリエルにはリスティとフォルカの縁談が検討されていることまでは知らせているが、今日の詳細までは伝えていない。


「いや、あんな甘々ラブラブオーラ出してたら分かりますって。茶室から出てらした瞬間から、凄かったですよ」


 そう言って、マリエルが笑う。


「え、そんなの出してた!?」


「はい。まぁ、一般の兵士や文官は気付かないでしょうけど……私には砂糖菓子の妖精がダンスパーティーしているように思えました」


 変な例えをしてくるが、そのぐらい甘い雰囲気だったらしい。


「あの演技では目敏い貴族令嬢なら一発です。あと、訓練を受けている人間には下腹部に力を入れて歩いていたのもバレますよ?」


「はぅ……」


 リスティは全部バレたことに気付いた。

 そこまで情報があれば、あとはお察し。両家が何を懸念し、何をしたかなんてすぐに思い至れる。

 まぁでも、マリエルに勘付かれるのは想定内だ。寝室の痕跡はフォルカの水魔法を駆使して可能な限り消したが、それでも掃除のとき違和感を持たれるだろうとは思っていた。


「湯浴みのご準備いたしますか?」


「……まだいい」


 好きな人に愛して貰った体、今はまだ、洗い流したりしたくない。マリエルが「承知いたしました」と微笑む。


「発表はいつですか?」


「……まぁ、もういいか。明日よ。しかも一ヶ月後に結婚式」


「何です!? その鬼畜スケジュール……ああ、なるほど。確かに一ヶ月で式を挙げないとですね。文官達は今夜、いや昨夜が最後のまともな睡眠か」


 マリエルの視線がリスティの下腹部に。


「……何のことかしらね。式を急ぐのはお祖父様のご意向よ」


 リスティは白々しく言う。完全にバレていても公式に認める訳にはいかない。


「御先代の突然の体調不良……そういうことですか、心配して損しました。でも発表されたら貴族界に激震が走りますね」


「そうよね。突然だもの。私は少し前に婚約を破棄されたばかりだし」


「それもありますけど、フォルカ様って超人気物件ですから。『フォルカ様とアルヴィ様のどっちが素敵か』は貴族令嬢が下世話な話をするときの鉄板ネタですよ」


「そうなの? 知らなかった。でもそっか、やっぱり人気か」


 思わず頬が緩む。他人の評価なんて関係ないが、それでも自分の夫になる人物が人気なのは嬉しい。


「あの容姿で、魔法適性『水9、火8、聖6、風6』しかも『完全行使フィルペル』の『魔力量千超サウザンタ』ですもん。『グレス』の称号まで付いてるし」


「そうだよね。それにガスティーク候夫妻は穏和な人柄で知られている」


 更に言えば経済状況もよい、なるほど完璧だ。


「ふふふ。狙ってた令嬢も多いですから、全く無警戒なところから掻っ攫われて、阿鼻叫喚でしょう。想像すると、パンが美味しい」


 マリエルがパンを齧るジェスチャーをする。


「マリエル……」


「ああ、でも良かった。良かった。リスティ殿下はフォルカ様が初恋でしたもんね」


「あう、バレてる。仕方ないじゃん! あんな、格好良く助けられたら」


「ふふふっ。巡り巡って一番良い結果になりました」


「うん」


 初めて恋をして、でも自分には婚約者がいた。悩んで泣いて、初恋なんて叶わないのが普通だと自分に言い聞かせた。

 そしたら、胸が膨らまなかった。婚約は取り消され、虚しくて泣いて。


 でも、叶った。


 視界が滲む。嬉し涙が、頬を伝う。


 気付いたら、マリエルも泣いていた。


「ほんと、よかった。私はもちろん付いて行きますよ」


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読んでいただきありがとうございます。


展開早めで書いてみてますが、どの程度が良いのか、悩ましいです。

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