第7話 確認作業
俺は玉座に座る国王陛下と王妃陛下に深く礼をする。
「この度、陛下に拝謁の機会を賜りましたこと、光栄至極に存じます。フォルカ・グレス・ガスティーク、衣を新調いたしました。今後も臣としてロフリク王国の盾となり矛となり、責務を果たしていく所存です」
「うむ。建国の同志たるガスティークが次代の健やかなるを、喜ばしく思う。フォルカ・グレス・ガスティークよ、頼りにさせて貰う」
定型文の挨拶を述べると、国王陛下が落ち着いた声で返してくれた。
俺は家紋入りの
父と母は俺の後ろに控えている。
「さ、友たるガスティークとの語らいだ、部屋を移そう」
通常の貴族だと謁見の間で挨拶と会話をして終わるのだが、建国活動最初期からの有力メンバーである『建国六家』は扱いが違う。王家の生活区画にある別室に移動するのが通例らしい。
城内を移動し、別室へ。長テーブルを挟んで王家とガスティーク家で座る。王家側のメンバーは国王陛下と王妃陛下に加えケフィン第一王子とリスティ第一王女だ。
リスティ王女の方を見る。緊張しているのか、表情が固まっている。今日のドレスはクリーム色、裾には銀糸で幾何学模様の刺繍されている。
リスティ王女の兄であるケフィン王子は穏やかに笑っており、俺を見る目は温かい。どうやら王子殿下的にも縁談に不満はないようだ。
お茶と菓子が運ばれてくる。
「改めて、フォルカ殿の成長喜ばしい。ガスティークは安泰だな」
国王陛下の言葉に王妃陛下が続ける。
「ガスティークは綿だけでなく、鉄の生産も増えているし、麦も順調、何よりです」
「お褒めに預かり光栄です」
俺は座ったまま頭を下げると、国王陛下が表情を崩して笑う。
「ガスティーク候、顔は目元以外は貴殿に似てるが、昔の貴殿よりずっと落ち着いているな」
いや、全然落ち着いてません。この後のことで頭がいっぱいです。
「否定できませんね。私が先代にご挨拶したときはもっと硬かった」
そこからは雑談タイム、国王陛下が、若い頃の父と今の俺で「ここが似てる」「そこが似てない」と盛り上がる。
そして……
「ところでガスティーク候、ティエール王国の件で少々込み入った話がある」
暫くの歓談の後、国王陛下がそう切り出す。予定通り茶番劇のスタートだ。
「分かった……なら今日は一旦お開きということで、子は外させるか」
「そうだな。4人で話そう」
父が「フォルカ、外しなさい」と言い、俺は「はい」と頷く。
「ケフィンとリスティも外してくれ」
三人で部屋を出る。扉が閉まるとケフィン王子は「では、私はこれで」とそそくさと立ち去った。
ドアの前にリスティ王女と俺の二人が残される。
「……そうだ、フォルカさま、聖魔法のことで相談したかったことがあるのですが、少しお時間よろしいでしょうか」
リスティ王女が抑揚を抑えた声で言う。
「もちろんです」
「では茶室でお話しさせてください。こちらへ」
リスティ王女に案内されて、移動する。白いテーブルの置かれた可愛らしい雰囲気の部屋だ。リスティ王女が友人とのお茶会で使う部屋らしいが、大切なのは避難用の隠し通路でリスティ王女の寝室と繋がっていることである。
リスティ王女に促され、テーブルに向かって座る。使用人がお茶と菓子を出してくれた。先程の部屋で出たのとは別の茶だ。この香りはリラックス効果のあるハーブティーである。
「フォルカさまは領地で治療活動に関わっていらっしゃいますよね」
「ええ。他の術者では治せない困難患者を救ってらっしゃるリスティ殿下とは違い、『聖水』作りが大半ですが」
「ご謙遜を。それが一番効率が良いからですよね。それで、フォルカさまは極小生物仮説の支持者であると聞いております、そのことで……いえ、よく考えてたら機密に関わりますね。人払いをします。全員退室なさい」
リスティ王女の指示で部屋にいた使用人達が全員出ていく。扉が閉まり、部屋にはリスティ王女と俺の二人きり。
部屋に沈黙が落ちる。
よく見るとリスティ王女の体は僅かに震えていた。蒼い瞳の奥には不安の色。
俺は立ち上がり、リスティ王女の横に歩み寄って、手を取る。
「リスティ殿下、お気持ちにお変わりはありませんか」
「は、はい。もちろんです。フォルカさまこそ変わりありませんか? ……その、私は胸が」
「少なくとも私にとっては、貴女は素敵な女性です」
心の中でセリフに ”俺は貧乳が大好きです” とルビを振りつつ、リスティ王女の手を引いて立ち上がらせた。
顔を近づけ、唇を重ねる。柔らかい感触が伝わってくる。
ゆっくりと顔を離すと、リスティ王女の目は潤んでいた。ああ、可愛い。
暫し、沈黙。これからするのだ。興奮と緊張で、自分の心臓が素早く脈打つ。
「で、では、ご案内、します」
リスティ王女は壁の燭台に手を伸ばし、ぐるりと一回転させると横に引く。ズズッと壁がスライドし、薄暗い通路が出てきた。
リスティ王女の後ろに付いて隠し通路を進む。突き当りの壁に小さな取っ手があった。リスティ王女がそれをカチャカチャと何回か回して引くと、またズズッと壁が動く。
「どうぞ。上着はそちらにお掛けください。靴は部屋の端にでも」
部屋の中にはベッドが一つ、サイドテーブルやソファーもある。品の良い部屋だ。内装も調度品も最高級品だろうに、派手さはなく落ち着いている。
まだ昼間だが、採光窓にはカーテンがかけられ、少し暗い。行為に及ぶには程よい明るさだ。
二人でベッドの脇へ。
「そ、その、よろしくお願いします」
そう言って、リスティ王女が真っ赤な顔でペコリと頭を下げる。
「フォルカさま、何でも仰ってください……どんなことでも、頑張ってみますので」
決意を秘めた真面目な目でリスティ王女が言う。行為を成立させるために必要ならどんなプレイも受け入れますという意思表明だ。 ”頑張らずとも小さな胸さえあれば大丈夫ですよ” とは流石に言えない。
「では一つだけ、フォルカとお呼びください」
「はい……フォルカ。私のことも、どうかリスティと。言葉使いも、その、敬語は」
「分かった。そうするよ、リスティ」
◇◇ ◆ ◇◇
大きく深呼吸して、息を整える。
俺が少し興奮し過ぎた以外は問題なく、ことは終了した。これで婚姻は確定である。
「リスティ。その、お疲れ様」
気の効いた言葉など浮かばず、俺はそう言った。
リスティは「はい」と小さな声で言った後、目を潤ませた。
「よかった……ちゃんと」
みるみる涙が溢れ、ぽろぽろと零れる。
「できた。ちゃんとできた……ううっ」
そのまま取り繕う余裕もなく、泣きじゃくる。
俺はリスティの肩を優しく抱く。
辛かったのだろう。当たり前だ。子供の頃は聖魔法適性10の第一王女として将来を嘱望され、悪い言い方をすればチヤホヤされて、そして胸が膨れずに婚約破棄だ。傷つかない訳がない。
俺はリスティが泣き止むまで、彼女を抱きしめ続けた。
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