第4話 王女様と面会

 ガスティーク邸から王城までは近い。馬車はすぐに目的地に着く。

 今日の会談は非公式のものだ。城に到着するとすぐに応接室に案内される。室内には既に国王陛下と王妃陛下、リスティ王女がいた。家臣は数人が壁際で待機している。


「国王陛下、場を設けていただきありがとうございます」


 うちの父が右手の掌を左胸にあて、一礼する。俺も父と同じように頭を下げ、母はスカートを摘んで女性式の礼をする。


「王城まで呼び立てて済まない。今日は非公式の場、ゆるりと始めよう」


 国王陛下がそう返す。ロフリク王国の国王レオガルザは金髪碧眼で筋肉質のガッチリした男性だ。隣の王妃陛下は栗色の髪に同じ色の瞳、もはや何カップかよくわからない爆乳の女性である。


 そして――


「フォルカさま、お久しぶりです」


 鈴を鳴らしたような綺麗な声、リスティ王女だ。一礼に合わせて長い金色の髪が揺れ、砂金を流したように光を散乱させた。


 やはり美人だ。


 長いまつ毛にパッチリした目、その奥には蒼い瞳がサファイアのように輝いている。鼻もすっと通っていて、唇は薄く、顔全体のバランスも良い。

 綺麗系か可愛い系と聞かれたら「両方に決まってるだろ!」と返す。


 そして少し視線を下げれば、ささやかな胸。服の上からではかろうじて認識できる程度の膨らみ。素晴らしい。

 若草色のドレスも似合っている。


「ご無沙汰しております。リスティ殿下。お会いできて嬉しいです」


 リスティ王女は微笑みを浮かべている。だが、僅かに陰のある笑顔だ。


「さ、座ってくれ」


 国王陛下に促され席に座ると、お茶とお菓子が運ばれてくる。お茶から漂うのは独特の匂い。


「良い香りです。南方からの輸入品てすか?」


 俺は国王陛下の方を向き尋ねる。


「ああ、そうだ。この茶はリスティが好きでね」


 国王陛下がリスティ王女に話題をパスしてくれる。俺はリスティ王女に視線を移す。目が合う。


「ええ。香りが好きです。ガスティーク侯のお陰で買いやすくなりました」


 買いやすくなった、とは別にお値段の話ではない。南方との貿易は長らく輸出より輸入が多かった。つまりは貿易赤字だ。貿易赤字を減らしたい王家としては立場上、南方の品を買いにくかったのだ。

 貿易赤字の原因は南方から輸入される綿だったのだが、ガスティーク家で色々やって綿を国内生産した結果、解消している。


「それは何よりです。このお茶は私も好きです」


 嘘ではない。たぶん地球にはない植物だと思うが、苦味の中に仄かな甘みがあって美味しい。


 父が「いただこうか」と促してくれたので、優美な装飾のカップを手に取り一口飲む。美味しい。間違いなく最高級品、淹れ方も完璧だ。


 茶の風味を楽しみ一息したところで、国王陛下が「では、本題に入ろうか」と言う。


「まずはフォルカ殿、リスティとの縁談に前向きとガスティーク侯から聞いているが、相違ないか?」


「はい。父から伝えていただいた通り、光栄なお話と考えております」


 俺は笑顔で、そう答えた。だが、国王陛下は少し心配そうな顔をしている。貧乳女性と結婚したいと言うのがどうしても信じられないのだろう。難儀な世界だ。

 もし俺が「貧乳は辛いけど、聖属性10の血統を残す為に巨乳を交えた3Pで頑張ります」とか言っていればスムーズに信じて貰えるだろうが、そんな嘘は付きたくない。


「ガスティーク家としても二人が良い関係を築けそうであれば、大変好ましい縁談と考えている」


 父が侯爵家としての意見を述べる。まぁこの辺は事前に伝えてあることだろう。国王陛下は「分かった」と頷く。


「急な話でもある。少し当人同士で話すと良いと思う」


 国王陛下の言葉に父が頷き、双方の両親が部屋を出る。壁際にいた王家家臣も退室した。


 ドアの閉まる音がして、部屋が静かになる。


 俺とリスティ王女の二人きりだ。


「ゆっくりとお話しするのは本当に久しぶりですね」


 俺はそう会話を切り出す。リスティ王女はモーゼスさんの婚約者だったので、夜会などで挨拶はしても、深くは関わり難かったのだ。


「はい。きちんとお話しするのは対ポメイス戦争の後の祝勝会以来でしょうか」


「ええ、もう4年前になりますね」


 そう答えて、俺はリスティ王女の目を真っ直ぐ見る。

 リスティ王女は微笑んではいるが、やはりどこか暗い。


「それで、その、本当に私でよろしいのですか? 王家との婚姻に利を求めるにしても、父は相手がフォルカさまならフェリシーを求めても応じると思いますし……」


 『俺は小さな胸が好きです』とは流石に言えない。別の理由を述べるべきだろう。元より胸のサイズだけで妻を選ぼうとしている訳ではない。


「私はリスティ殿下が良いです。対ポメイス戦争での貴女はとても立派でした。前線から運ばれてくる悲惨な状態の負傷者を臆することなく治療していた。美しいと思いました」


 ポメイス王国との戦争において、俺は新鮮な『聖水』を供給して死者を減らすため、後方支援に赴いた。そして最高位の聖魔法使いであるリスティ王女も同様に、戦場後方の拠点で治療を行っていたのだ。俺もリスティ王女も、自ら志願しての行動である。

 俺が景気よく『聖水』を供給していたため、後方拠点まで運ばれて来るのは『聖水』では足りない重症者のみ。火傷で顔がぐちゃぐちゃだったり、内臓がはみ出てたり、かなりグロい状態だった。それでもリスティ王女は冷静に治療を続けていた。普通は11歳の子供にできることではない。俺のように前世分精神年齢を積み増せている訳でもないだろうに、凄い子である。


 俺は言葉を続ける。


「こちらからも、リスティ殿下は私で良いのですか? 怖かったりとかしません?」


 この縁談がどのような過程を経て父に持ち込まれたのか俺は知らない。なので、縁談がリスティ殿下の希望に添うものなのかは分からない。


 少しだけ不安もある。


 先程述べた対ポメイス戦争での後方支援だが、想定外のことが起きた。浸透した敵部隊が後方拠点を奇襲してきたのだ。俺はやむなく家臣の魔法使いと共に敵を迎撃し、撃滅した。そのとき俺はリスティ王女の前で大勢人を殺している。怖いイメージを持たれた可能性はある。


「怖い?」


 首を傾げるリスティ王女、仕草が可愛い。演技には見えない。


「いえ、ポメイスのとき、かなり凄惨な戦いを見せてしまいましたので」


 具体的には焼死体の山を。

 そのせいでポメイスでは『炭焼きのフォルカ』とか呼ばれてるらしい。名誉毀損だ。


「とんでもない! その、凄かったです。実戦の中で緻密な魔法を一瞬で構築して、次々と敵を倒して。格好良くて頼もしかったです! 守っていただいて本当にありがとうございました!」


 お世辞を言っている感じはしない。信じてよさそうだ。


「貴方のことはとても素敵な男性だと思っています。なので、あの、私も……貴方が良いです」


 最後は絞り出すように小さな声で、だがはっきりと、言ってくれた。

 なんか、凄く嬉しい。自然と頬が緩む。


「なら、是非私と結婚してください」


 この世界、まだ結婚は親が決めるものだ。だが俺は自分の気持ちを言葉にする。


「はい。よろしくお願いします」


 リスティ王女が少し目を潤ませて、そう答えてくれた。

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