変わり始める世界。

ついにやってきた。

いちさんと元奥さん、そして私の3人が相対す日が。

相対すというと大げさかもしれないが、そのくらいの心持ちで私はいた。

この日が来るまでも変わらず彼とは話していた。

そこで彼は、本当は初めて会うのは2人がいいなと考えていたこと、でもいくら仲がいいとはいえまだ10代の女の子と2人きりはまずいかと思っていたこと、もしかしたら私が実際に会うのは嫌だと感じているかもしれないと危惧していたことを教えてくれた。

知らないところで彼は色々考えてくれていたんだな。

そんなこととはつゆ知らず、吞気に構えていたのが申し訳なかった。


黒いニットワンピースを身にまとい、編み上げのショートブーツを履き、夜の繫華街へと向かった。

指定されたのは駅から少し歩いたところにあるバーだった。

バーといってもマスターがいて、大人の男女がしっぽりお酒を嗜むようなところではなく、もっとカジュアルで居酒屋とバーの中間のようなところだと聞いている。

それなりに賑わっているし、変な目立ち方はしないだろうと踏んでそこに決まった。

マップを頼りに歩いていくと目的地に着いた。

いざお店を目の前にすると急に現実味が帯びてきて緊張してきた。

変じゃないかな。

手鏡を取り出し容姿を確認する。

よし、いざ参らん。大丈夫だこうやってふざけられるのだから。


階段を登り、言われていた席を探す。

「…すず?」

聞きなじみのある声。

振り向くと1人の男性が立っていた。

「いちさん?」

「うん。席こっちだよ」

連れられた席には誰もいなかった。

「あ、あいつまだ仕事終わらないらしくて遅れるって。少しの間だけど2人になっちゃうんだけどいいか?」

大丈夫と答えると彼は安心した様子で飲み物を注文しに行ってくれた。

席に腰かけ、物珍しい風景を眺めていると彼が戻ってきてひと言。

「綺麗だな」

「え、あ、ありがとう?」

「話には聞いていたけど、いい意味で17には見えない」

「うん、よく言われる」

私は昔からよく言えば大人びて見えて、悪く言えば老け顔なのだ。

「あ、改めまして、すずです」

ぺこりと頭を下げると、彼も私に倣って挨拶をしてくれた。

緊張や気まずさを感じていたからか、話題はもっぱら所属しているコミュニティのことだった。


「お待たせ~」

現れた女性は思い描いていた人物像とはかけ離れた人だった。

彼から事前にもらっていた情報は、彼と同じく会社を経営していることだけ。

きっとTHEキャリアウーマンのような女性が来るだろうと思っていたのだ。

実際はそんなことはなく、花柄のスカートがよく似合う柔らかい雰囲気を持った女性だった。

私は立ち上がり、挨拶をした。

そんな私を見て、どこか幼さが残るような笑みを浮かべ、隣にやってくる。

「そんなかしこまらなくていいよ~。座って座って。あ、アイラです。よろしくね、すずちゃん」

「よろしくお願いします」

アイラさんの分の注文を済ませ、飲み物片手に戻ってきた彼も交え話していると、アイラさんに私たちの距離感を指摘された。

「あなたたち、仲、いいんだよね…?」

「緊張してるんだよ」

彼が答える。

雰囲気を察してくれたのか、会話の主軸はアイラさんが担ってくれた。

それに私たちが参加するような形で時間が過ぎていった。

改札まで送るという彼の申し出を断り、お店の前で解散した。


会ってからも私たちの関係は続いていた。

ただ1つだけ変わったことは彼が、私たちが出会ったコミュニティを抜けたことだ。

追い出された、という表現の方が正しいかもしれない。

その日は通っている通信制高校の進級テストの日で、私は朝から学校にいた。

マナーモードにしている携帯電話が頻繫に震えていたのをよく覚えている。

休み時間に確認した内容に私は驚きを隠せなかった。

主からは仲良くしていたのに申し訳ない、と。

彼も交えて仲良くしていた数人からは動揺と心配の連絡が。

そして彼からはもう決まったことだから正義感は押し殺して、すずの立場まで危うくなるようなことはしなくていい、と。

彼は主にとって目の上のたんこぶだった。

主は唯我独尊タイプで、自分よりも慕われ頼られ、周りに人が集まる彼のことが疎ましかったのだろう。

コミュニティにおいて主は王である。どんな理由があろうとも人を加えるのも減らすのも主のさじ加減。

そんなことは重々承知している。

だが、こればかりは納得がいかなかった。

わざわざ私に入れた連絡も自分の体裁を守るためにしか映らなかった。

それ、ただの嫉妬じゃん。子どもなの?

主に対しても、そんな人が運営するコミュニティに対しても懐疑的になった。

帰り道、思ったことを感情的に彼に伝えた。

彼は諭すように、あのコミュニティがなくても俺たちは繋がっていられるじゃないか、だから大丈夫だと言った。


それから間もないうちに、彼がコミュニティを自ら作った。

彼が仲良くしていた人たちや、さらにその人たちの友人が集まった。

そこにはもちろん私もいて、アイラさんもいた。

また新しい人間関係が構築できるという期待と、私の知らない彼を知る人たちもいて、その人たちに受け入れてもらえるのかという不安が混在していた。


彼のコミュニティでの立ち回りは特に変わらなかったけれど、周りの人たちの反応が違った。

インターネットの世界に来たての頃に味わった、無力感や屈辱、そういった負の感情を抱かされた。

特に、"若い女の子"というだけで会話に混ぜてもらえなかったり、目くじらを立てられたりすることが堪えた。

そのとき、前のコミュニティでは良くも悪くもみんな私に無関心だったということに気づいた。

無関心だからこそ、普通に接してもらえて、その人たちの都合に合わせて都合のいいように扱われていたんだ。

win-winじゃないかと感じていたはずなのになんだか悲しかった。


そして目に見えて彼と2人の時間が減った。

というのもかつての私のように彼に懐き、しつこくつきまとう女の子が現れたのだ。

つきまとうと言うと失礼かもしれないが、彼から困っていると聞いていた私にはそのように映った。

彼女は私よりも年下で、甘え上手で、私が持ち合わせていないものをすべて持っているような女の子だった。

優しい彼のことだ。彼女のことを無下にはできなかったのだろう。

通話に誘っても『ごめん今、amiにつかまってる』と返信が来る。

大丈夫。いい子にするのは慣れている。

私は本当は彼に話したかったことを別の人たちに話したり、他のコミュニティを探したりして気を紛らわせた。

だけど、得られていた安心感で満たされていた心は寂しいと叫んでいた。

5歳の子どもがぬいぐるみを抱えて涙するように。

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