猫、懐く。

そのコミュニティは10代から40代まで、幅広い年代が集う場所だった。

私はそこではすずと名乗っていた。

由来は簡単なもの。来世では猫になりたいと思っていたから、猫が身につける首輪についている鈴。

幸いにも主であるおじさんには好かれ、その他メンバーも男女問わず1人の人間として扱ってくれる居場所だった。

好かれるのは簡単だった。

きちんと挨拶をし、相手との距離感を探りながら会話をする。

私はあなたに興味がありますよという姿勢を見せることも忘れずに。

ここだけ切り取れば嫌な人かもしれない。

けれど事実、私は好奇心旺盛で知識欲もすごく、知らないことは知りたがり、見たことのない世界は見てみたいという性格だった。

インターネットにいるほとんどの人間が、現実世界で何か問題があったり、現実世界で解消できない欲求があったりするのは、なんとなく察していた。

もちろん私もそこに含まれる。

だから私は私がしてほしかったことをしていた。

丁寧に話を聞き、必要であれば助言をしたり褒めたりする。

そうすれば相手の要望に応えられ、私も認めてもらえる。

win-winじゃないか。そう思っていた。


あの日もそうだった。

話したことのない人がいるなと思い、飛び込んだボイスチャット。

いつも通り、愛想よく挨拶をした。

「はじめまして、こんばんは。すずと申します」

違和感を覚えた。

「…こんばんは」

相手が返答を言い淀んだ感じがしたからだ。

他の人たちは気にも留めず会話を続けている。

気のせいかな。もしかしたら少し無愛想な人なのかもしれない。

そう言い聞かせて会話に参加したけれど、感じた違和感は最後まで拭えなかった。


それからも彼と遭遇することは何度もあった。

でもやっぱりみんなと違う。

感じた違和感は本当だったらしい。

話を丁寧に聞いても、私なりの見解を述べても、喜ぶこともなければ褒められることもない。

むしろ、そんな風に接しなくていいと言われているようだった。


そんな彼の態度に私の好奇心がくすぐられ、私は彼が醸し出すオーラを全部無視して彼と積極的に関わりにいった。

今思えばしつこいと言われても仕方ないくらいに。


そんな彼とひょんなことから距離がぐっと縮まった。

あれはそう、私と歳の近い女の子の恋愛相談を受けていたときのこと。

今までもいろんな相談に乗ってきていたし、同じように彼が相談に乗っている場面に居合わせたこともあった。

私たちの意見はほとんど同じで、彼の言うことは至極真っ当だと思っていた。

このとき初めて彼と意見が食い違ったのだ。

相談内容は、簡潔にまとめると遠距離の彼氏がいて、虫の居所が悪いと暴力を振るわれる、ということだった。

彼はそんな彼氏とは別れてしまえと一蹴したが、私はそう言い切れなかった。

彼女はまだ彼氏のことがすき。でも暴力を振るわれるのは嫌だし怖い。

その気持ちはわかると共感した上で、私は彼氏のことを暴力を振るってくる一面も含めてすきならば一緒にいればいい。

でもそうじゃないなら別れた方がいいし、今はそう思えなくても将来そう思えばそのとき行動すればいいと伝えた。

私と彼の結論は同じかもしれないけれど、過程が違う。

なぜそうなったのか、彼女自身はどう感じているのか、そこを聞かないとよりためになる助言はできないと私は思っていた。

当事者の彼女は言いたいことが言えてすっきりしたのか、ボイスチャットを去っていった。

そして、残された私たち2人。

少しの間、気まずい空気が流れた。

沈黙を破ったのは彼だった。

「なんでそこまで親切にするの」

少し呆れた様子で尋ねてきた。

「なんていうか、過程も知らないのにその事実だけを切り取ってアドバイスするのは違うかなって。彼女も彼女なりの心境とかあるでしょうし」

「ふーん」

納得いかないと言わんばかりの返答だ。

「すずちゃんさ、あんまり深入りしない方がいいよ。自分まで持っていかれるよ」

「大丈夫ですよ~。ご心配ありがとうございます」

いつも通りへらっと笑って返すと、真剣な声で返ってきた。

「無理してるでしょ。今日だけじゃない。今までも」

無理?そんなものはしているつもりはなかった。

ただ、"今までも"というフレーズが引っかかって、彼に問うた。

「いちさんの目には、私はどんな風に映っているんですかね」

少しの間沈黙があって、ふぅとひと息ついた音が聞こえた。

「正直、正直に言って君は大人を演じているように見える」

大人を演じている、か。外れてはいない。

「そうですかね?私は私のままですよ」

人に興味が人一倍あるくせに警戒心は強い私。

心から信頼していい人なのか見極めるために敢えてそう返した。

「俺が…って言っても時代も違うからあれなんだけどさ、17歳ってまだ子どもしてていい年齢なんだよ。君をここまでさせたのは何?」

彼から私に興味を示してくれたのは初めてのことだった。

今までも世間話で私が聞いた質問をオウム返ししてきたことはあったけれど、きちんと彼と同じ土俵で相対したのは初めてだ。

彼がやっと同じ土俵に上がってきてくれた。

ならば私も素直に応えなければ。

「わかりました。長くなると思うんですけどいいですか?あと人に聞かれるの嫌なんで場所変えませんか」


さっきまでいたコミュニティ内のボイスチャットを抜け、個人通話をすることにした。

「すみません。ありがとうございます」

「いいえ」

本当に長くなりますよ、と前置きをして私は過去から現在に至るまでの状況や当時の心境、今の心境を語った。

何も整理できていない、時系列もぐちゃぐちゃな私の話を、彼は時折相槌を打ちながら静かに口を挟まず最後まで聞いてくれた。

「あれ…」

私の頬には涙が流れていた。

今までこんなことなかったのに。

でもすぐに涙の理由に気づいた。

ここまで素直に、等身大の私の言葉で、今までのいいことも悪いことも話せたのは初めてだったからだ。

泣いている私に気づいているはずなのに、気づいていない素振りをしてくれている彼には感謝の気持ちしかなかった。

きっと、私が人前で仮に通話越しでも泣いているところを見られるのが嫌だってこと、彼は察してくれているんだ。

ありがとう、いちさん。

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