パラダイス
天川裕司
パラダイス
タイトル:パラダイス
その男はもう老人になっていた。
でも若い時に愛した人をどうしても忘れられなかった。
その愛した人は不慮の事故に遭い、亡くなっていた。
老人になったその男は
何年たってもそれを受け入れられず、
鏡を見るたび、彼女の亡霊を見た。
(家の鏡を見ながら)
「…やぁ、今日も踊ってるね。綺麗だよ。とても綺麗だ…」
彼女は元踊り子。
その為の勉強をしていた時に亡くなったから、
老人は彼女を思い出す時、まずそれを思う。
鏡で彼女を見るときには、
老人は最大限に彼女をほめたたえる。
まるでそこに居るかのようにほめたたえる。
それだけ愛が深かった。
他の人からは変わり者、可哀想、何かに取り憑かれてる、
変人だ、などと奇妙に思われ怖がられ、
敬遠されていたのだが、
老人は自分からその彼らをシャットアウトし、
自分と彼女だけの世界に浸り続けた。
それで幸せだった…と思っていたが、
ある少年に出会ってから、老人は少しずつ変えられていく。
少年「死んだ人は、もう戻ってこないよ」
「黙れ!帰れ!!」
少年「その人のこと、よっぽど愛してたんだね」
「……」
少年「そんなに思ってたら、もしかしたらそのうちいつか本当に来てくれるかも、ここへ」
「……それを夢見とるんじゃ」
少年「…戻ってきてくれるんだったら、掃除しなきゃ」(部屋の中で辺りを見回しながら)
「………掃除か」
少年「僕も一緒に待ってて良い?」
その少年は少し夢見がちな子だった。
周りから嫌われる事はなかったのだが、
1人になるとよく寂しさを思い、
そのとき老人が考えていた事と
似たような事を空想する癖があった。
「…お前は一人っ子か?」
少年「うん」
「お父さんとお母さんは何しとる?」
少年「いつも働いてるよ」
「…お前、学校は?」
少年「父さんと母さんがいる時は行くけど、いない時は行く時と行かない時がある」
「ふむ……」
なんとなくその少年の生活に不思議を感じた老人。
でもその事はあえて言わない。
そこまでまだ信頼関係を…そんな事も考えたりして。
でもその少年と老人はある日、大喧嘩する。
少年はそれでも老人を励まそうと
現実のことを言ったのだ。
「やっぱりそこに話が戻るのか!?帰れ!!お前も他の奴らとまったく同なじだ!!最後はこのワシを変人扱いして、あいつから離れろと言う!あいつのことを思うなと!!」
大喧嘩の末、少年は老人の家から追い出された。
そこで最後の頼みの綱と少年は、聖書を持ってきた。
でも手渡しで受け取るわけがなかったので、
少年はドアの前に聖書を置き、そのまま立ち去った。
ある日、心が静み、老人は聖書を手に取る。
それまでまったく無縁だったその書物。
その中の救いのことを知るはずもない。
そこで老人がその聖書と、
少年とのわずかな生活から教えられた事は、
「愛する人と天国でまた会える」と言うこと。
「…また会える、生きている…生きている…生きている…生きている…生きている……!生きている…生きている…生きている…生きている…生きている……!生きている…生きている…生きている…生きている…生きている……!生きている…生きている…生きている…生きている…生きている……!」
この言葉が老人の心に充満した時、老人は変わった。
「愛する人にどうしても会いたい、時を越えても会いたい、この地上で別れても絶対に会いたい!何がどうでも会いたい!何が何でも会いたい!」
老人を変えたのは、たった1つのその気持ち。
ただ1つのその言葉。
「神様から教えられた言葉…?」
老人は不意にそう思うことがあった。
その日から鏡を見ても老人は、
その鏡に彼女の姿を見る事はなくなった。
今度は「彼女が生きている!」と強く思い尽す事に全力を賭し、
老人はそのきっかけ1つで、
自分で自分を変えたようにさえ見られた。
彼を変えたのは神様である。
少なくとも少年はそう信じていた。
そして老人もあとから気づくようにそう信じた。
動画はこちら(^^♪
https://www.youtube.com/watch?v=QuAatbZRmxg
パラダイス 天川裕司 @tenkawayuji
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