第五話 嵐の決戦
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「悪いな、船長、こっちは弾切れだ」
船内から顔をのぞかせたコーネルが、舵を握ったティアへと告げる。
ティアは操船を続けつつ、ちらりとコーネルを振り返った。
「こっちもこれ以上無理はできん。これ以上続けたら船体がバラバラになる」
「そうか……」
コーネルは白髪交じりの頭を掻いて、ティアと同時に〈大鮫号〉を振り向く。
煙を上げて、大破している〈大鮫号〉の姿を。
その黒い船体は浸水が始まっているのか傾き、乗組員たちはボートに乗って次々と逃げ出していた。
我先にボートに乗り込み、今にも舟ごと沈没しそうになっている〈大鮫号〉の船員たちが、〈
「さて、連中はどうする?もう既に戦意は失っているようだが……」
「それでも、放っておいたら港を襲いかねない」
ティアが海中を見下ろすと、その下できらりと鱗を光らせる人影が見えた。
レンシとハルルの魚人種の兄妹だ。
彼らは海賊たちを乗せたボートの下に付くと、あっという間にボートを沖合まで引っ張っていってしまった。
悲鳴を上げてボートに掴まる海賊たちが何人も振り落とされていく。
瞬く間に、海賊たちのボートはもはや自力で港には戻れない沖合の強い潮の流れまで引っ張られていった。
それを見て、コーネルはひょいと肩をすくめた。
「ま、運がよければ死にはしないだろうさ」
「そうだな。今はそれより……」
それ以上海賊たちには構わず、炎上する〈大鮫号〉の甲板へとティアとコーネルは目を向ける。
そこに、感情が抜け落ちたように、妙に虚ろな表情でこちらを見詰める〈
「奴を確実に仕留めるのが先決だ」
「だな」
ティアとコーネルは互いにうなずき、〈大鮫号〉へと向かって、船を進めた。
**
港へ続く地下通路の構造はローダンが完全に把握し、地図も作っていた。
大人たちはその地図を参考に、港の各所へと手分けして向かっている。
ロレッタもロッコとイシュマー、ローダンと共に地下から港へ向かっていた。
「みんながあたしの話しに耳を傾けてくれて、よかった……」
「立派だったよ、ロレッタ」
イシュマーが褒めてくれるのに、ロレッタはこそばゆく肩をすくめる。
カンテラを掲げたローダンがその明かりの中でロレッタを振り返った。
「うん、さっき大人たちに話してるロレッタ、正直見違えたよ。なんというか、本当に俺たちを助けに来た、正義の海賊みたいだった」
「正義の海賊って、なによそれ……」
海賊に良いも悪いもあるだろうか?
ロレッタが首をかしげると、ローダンも「そうだよな」と頭を掻いた。
「でも、今のロレッタの格好見てると、なんかそんな感じがするんだよ。ただの船乗りじゃなくってさ、もっと自由で型破りなさ……」
「あー、それは、なんか分かる」
すると、ローダンの隣を歩いていたロッコもうなずき、ロレッタを振り返った。
「どのみち、ただの船乗りで満足してるタマじゃなそうだしなぁ」
半ば呆れた顔で腕組みをするロッコを見て、ローダンどころかイシュマーまでが「それは確かに」と訳知り顔でうなずいている。
「なによそれー、あたしが何かしたっての?」
ロレッタが腰に手を当てて唇を尖らせるとローダンが笑う。
「そういう気の強い所が余計にそれっぽいんだって」
同意を示すようにイシュマーやロッコまで噴き出す。
ロレッタはますます納得がいかないでむくれたが、隣で
「でも、今はそのロレッタの姿が人々を動かしたんだ。それは君の誇るべき取り柄で、誰もが得られる素質じゃない」
「そうなのかな……」
「今はまだ分からないかもしれないね。でも、その力は君が大人になって、君の行く道が定まった時、大きな力になってくれるはずだよ」
イシュマーの言葉に、ロレッタはふと、自分の未来を思い描いてみる。
(あたしが大人になった時、か)
海賊の素質があるなんて言われて、嬉しいはずがないのだけど。
でも、思い描いてみると、不思議とティアと共に〈戦乙女号〉に乗って海を渡る自分の姿はしっくり来る気がして──
「まあでも、今は先の事より、目の前の事だよ」
ロレッタがきゅっと表情を引き締めて前を向くと、他の三人も前へ向き直った。
その行く手に地下道の出口──港へと向かう出口が見えていた。
**
ティアとコーネルが同時に〈大鮫号〉へと飛び移ると、炎に照らされた〈傷痕の男〉が「へっ」と声を上げて、醜い傷痕の残る頬を歪めた。
「これで勝ったつもりかよ、てめぇら」
「状況をよく見なよ」
「部下は逃げ出し、あんたご自慢の〈大鮫号〉は沈没寸前。こっからどうやったって建て直しは利かねぇよ」
「……かもな」
強くなる風に煽られて〈傷痕の男〉の背で炎上する炎が燃え上がる。
そして、にっ、と白い歯を剥いて獰猛な笑みを浮かべた。
「だからといって、綺麗に諦めてやる義理なんて、俺にはないんでね」
「……望む所だ」
ティアがすらりと自分の舶刀を抜いて、身構える。
「今度こそ決着をつけるぞ」
ざあっ、と強く吹いた風を受けてティアの体の水面がさざめく。
沈みつつある〈大鮫号〉の船上で、ティアたちは互いに刃を抜いた。
〇
〈傷痕の男〉が海蛇の毒を仕込んだ刃を振るうのに、ティアもコーネルも身を翻してとっさに避けた。
掠められただけで動きを封じられる強力な毒を含んだ刃だ。
ティアもその毒を体に流し込まれれば痺れて動けなくなる。
「くそがっ!いちいち目障りなんだよ、てめぇらはよ!」
「全てお前のしたことが原因だ!」
ティアとコーネルが同時に斬りかかるのに、〈傷痕の男〉が火の点いた木材を蹴って船上を逃がれる。
「〈傷痕の男〉!あんたは人の命さえもなんとも思わねぇで悪事を重ねてきた!恨みを買って当然だろうが!」
コーネルが激しく打ちかかるのに、〈傷痕の男〉は何度も打ち返し、退きながら炎のように息を吐いた。
「知るかよ!俺は一人でやってきた!部下どもも船も、なんもねぇ所から自分の力だけではいあがって夢の叶う目前まできたんだ!後に退けるかよ!」
コーネルの腹を蹴りつけ、退いた所に〈傷痕の男〉は斬りかかろうとする。
それを、横からするりと水の流れる動きで割って入ったティアが猛毒の刃を自分の刃で受け止める。
「その夢の為にお前が害した者たちにだって夢があった。守るべきものがあった。お前ばかりが我を通して、それで何の報いも受けない道理はない」
そう言って、ティアは力を込めて〈傷痕の男〉の刃を弾き返した。
「……ロレーナの仇、そして、ロレッタとカルドスの親子を苦しめた報い、今こそ受けてもらうぞ〈傷痕の男〉!」
「ぐっ!」
ティアに弾かれた〈傷痕の男〉はなおも舶刀を振り上げ、斬りかかった。
だが、ティアが大きく身を捻って勢いをつけ舶刀を振り切った。
〈傷痕の男〉の舶刀がその一撃を受けて、ガキンと青白い火花が散った。
「っ!?」
次の瞬間、〈傷痕の男〉は息を呑んだ。
刀身に溝の入った細工の施されたその刀は、掠めただけで毒を仕込める厄介な構造に違いなかった。しかし、強度はその分確実に落ちていた。
ティアが全身の力を使って振り切った刀を受けたその刀身は、半ばからぽっきりと折れて海面へと落ちていった。
「くっ、くそ……っ!」
とっさにもう一振りの舶刀を腰の鞘から抜こうとした〈傷痕の男〉だったが、それより先に続けざまにティアが舶刀を振るった。
ざくりと胸を半ばまで斬りつけられ、〈傷痕の男〉は胸に手を当て、よろめきながら沈みゆく〈大鮫号〉の船首に向かった。
炎に赤々と染められる空気の中、〈大鮫号〉の舳先に追い詰められた〈傷痕の男〉が追いかけてきたティアとコーネルを振り返る。
「く、來るんじゃねぇっ!」
船首から二人を振り向き、声を張り上げる〈傷痕の男〉を見て、コーネルがグレーの瞳をすっと細めた。
「今更、あんたともあろう者がみっともない真似をするな。せめて潔くしろ」
「……目の前に、誰も信じようとしなかった、誰もが鼻で笑いやがった、そんな俺の夢が見えてるってのに、諦め切れるかよ……」
そして、〈傷痕の男〉はすっと船首に掲げられた松明を手にした。
「覚えてるか?『水溜まり』」
手に持った松明が燃え上がるのを、〈傷痕の男〉が荒い息を吐きながら見上げる。
「港には俺の部下が爆薬を仕掛けた場所で、それぞれ合図を待っている」
「今度はハッタリなんかじゃねぇぞ」と笑みを浮かべる〈傷痕の男〉を、ティアはぐっとその場に踏みとどまった。
「この松明を海に投げ入れりゃ、今度こそ港に仕掛けた爆薬に部下たちが火を点ける。そうなりゃ、あの港は木っ端微塵だぜ?」
ティアとコーネルがじっと睨みつける先で、〈傷痕の男〉は「へっ」と傷を引きつらせて笑みを浮かべた。
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