第四話 反攻の道筋

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 「うひぃぃぃぃっ!」と、アルトーと呼ばれた鳥の獣人種が船内の柱につかまって悲鳴を上げている。


 天地の引っくり返るような船の動きに、カルドスも懸命に手近にあった階段の手摺をつかんでいた。


 「かっ、カルドスさん……でしたっけ!?うちのっ、船長がすみませんねぇ!」

 「いいや……。〈傷痕の男スカー〉を止めるのなら、俺に構わず……!」


 船の外から砲弾の撃ち合う音が聞こえる。

 港から入り江の内海に出て〈大鮫号〉との激しい砲撃戦が始まってから、こちらの船もとんでもない動きをし始めた。


 船員の数が勝る〈大鮫号〉の砲弾は次々撃ち込まれてくる。

 それを避け続ける為に、かなり無茶なとんでもない動きをしているようだ。


 こちら側も砲撃を撃ち返していたが、このとんでもない無茶な動きの中でどれだけ正確に狙えているだろう。


 色々なことが気に懸かったが、カルドス自身は目の前のことで精一杯だった。


 次の瞬間、船体がほぼ真横に傾いて、手摺をつかんだカルドスの体が完全に宙に浮いた。カルドスは手摺を掴む手に力を込めて体を支えようとした。


 「……むっ、ぐ……!」


 だが、長く監禁され、汚れて弱り切った手が滑って、手摺から離れて──


 それをとっさに背後からあの鳥の獣人種の男が支えた。


 「まあ、そう言わず自分の身を精一杯守ってください」

 「あ、あんた……」


 背後から身をていしてカルドスを支える鳥の獣人種の男が、カルドスに苦笑しながらささやきかけた。


 「知ってますか?あなたのお嬢さん、ロレッタお嬢はずっとおれたちといる間、あんたの事を気に懸けていたんですよ?」

 「ロレッタ、が……?」


 唖然として問い返すカルドスに、飄々ひょうひょうとした態度ながら、目には真剣な光を帯びた鳥の獣人種がうなずいた。


 「あなたは幸せ者ですよ。あれだけ、娘さんに心配してもらえるんですから」

 「…………」

 「だから、絶対にこの場を生き延びなきゃなりませんよ」


 鳥の獣人種の男が力強く告げる。


 カルドスはその言葉を聞いて唇を噛み締めた。

 外れた手を階段の手摺に伸ばし、再び力の限りつかんで歯を食いしばった。


 **


 ティアは〈翠緑の港ポートエメラダ〉の入り江に広がる海の上を、〈戦乙女号〉を操り、〈大鮫号〉が続けざまに放つ砲撃から逃れた。


 〈大鮫号〉から放たれた砲弾は船体やマストをすれすれの所でかすめていく。


 今回ばかりは砲弾を避けるのに、遠慮なく〈戦乙女号〉の船体を動かしている。


 船内にいるアルトーやカルドス、コーネルのことは気に懸かるが、今の所、彼らを気遣っている余裕はなかった。


 「これはまたロッコの奴に文句を言われるな……」


 舵を操り、水流と同時に〈戦乙女号〉を操船するティアは、船体が軋みを上げる音を聞いた。修復を重ねていても、異種間戦争時代から動き続ける古い船だ。


 「悪いが……ここは踏ん張り所だ」


 ティアは舵を取りながら、長年共に大陸南岸の海を渡り続ける船に語りかける。


 「私たちの主の血筋を救う戦いだ!」


 そう言ってティアが海面の上で船体を水平に立て直す。


 それと同時に〈戦乙女号〉の船首の砲門から放たれた砲弾が〈大鮫号〉のマストを捉え、木片を散らせて吹き飛ばしていた。


 **


 今は使われていない砦の広間に、〈翠緑の港〉の多くの住民が集まっていた。


 全員が、先の見えない状況に疲弊しきった様子だった。


 ロレッタが、ローダンやイシュマー、ロッコと共に姿を現すと、近くにいた老人がほこりに汚れた顔を上げた。


 「まさか……お前、ロレッタ、か?」

 「町長さん!」


 それは〈翠緑の港〉の港町の町長だった。

 鮮やかな羽飾りの付いた赤い帽子を被り、臙脂えんじ色のコートを羽織ったロレッタの姿を困惑した様子で見下ろした。


 「なんで海賊みたいな恰好をしているんだ」


 その隣にいた漁師を束ねる網元の男が吐き捨てた。


 「今、この状況で、海賊みたいな恰好をして戻ってくるなんて……」


 苦々しげにつぶやいた網元の男の言葉にロレッタは一瞬言葉を失った。

 隣でロッコが気に入らなさそうに太い腕を組んで、そちらを睨んだ。


 だが、ロレッタはすぐに気を取り直して〈翠緑の港〉の住民に呼びかける。


 「ねぇ、みんな聞いて。助けを連れてきたよ」


 ロレッタが焦る気持ちを抑えてゆっくりと語りかける。

 すると、その場にいた〈翠緑の港〉の住民が残らず顔を上げた。


 「ねぇ、イシュマー、そうだよね?」

 「ええ。彼らは今港を占拠している海賊たちと敵対している。もう既に、港で戦いを始めている」


 自分一人だけでは大人は聞き入れてくれないと思い、イシュマーを振り返る。

 イシュマーも落ち着いた態度でうなずき、助け舟を出してくれた。


 「でも、その人たちだって海賊なんでしょう……?」


 だが、今度は別の住民、子供の手を引いた母親から不安の声が上がった。

 ロレッタは正直じれったい気分で口を開きかけたが、一度、胸に手を当てて深呼吸をした。


 ──ここは自分の働きが試される局面だ。

 感情のまま振舞っては、だめだ。


 「……確かに、今助けに来てくれたのはちゃんとした兵隊や船乗りとかじゃない。でも、ちゃんとあたしたちを助けてくれる為に集まった人たちだよ」


 ロレッタが胸を張って、あくまで落ち着いて説得を繰り返す。

 その訴えに、町の住民たちは互いに顔を見合わせ、ささやきを交わした。


 「風変わりな人たちだけど、みんなであたしのことを此処まで守って、連れてきてくれた。あたしのせいで、何度も何度も危険な目に遭っても、決して見放したりせずにこの町に……〈翠緑の港〉まで命懸けで連れてきてくれた」


 意気消沈した様子の住民たちに何を話せばいいか分からなかった。

 それでも、口を開いてみると話すべきことが予め決まっていたように、言葉が自然と涌き出てきた。


 ティア、アルトー、コーネル、ロッコ、レンシ、ハルル。


 彼らの顔が、ずっと自分の為に命懸けで戦ってくれた者たちの顔を思い起こす。

 一癖も二癖もある連中。だけど、誰かの為に戦える者たちだ。


 「イシュマーの言う通り、今も、港を取り戻す為に戦ってくれてる。あたしたちの港を、だよ」


 ロレッタが訴えかける言葉に、その場にいる全員がいつしか耳を傾けていた。


 「今、船で海賊たちと戦っているけど、その人たちだけじゃ港まで手が回らないんだ。……だから、港はあたしたち〈翠緑の港〉のみんなで取り戻さなきゃ!」

 「取り戻すと言っても、しかしロレッタ……」


 町長がロレッタをいさめるように手を伸ばしかけた──


 それを横から伸びたロッコの太い腕がさえぎった。


 「余力のある連中だけでいい。あんたらの港には爆薬が仕掛けられてんだろ?そこを見張っている海賊がいるはずだし、気付かれないように忍び寄って見張っている連中を倒した後、爆薬を取ってやるよ」

 「そんな、気付かれないように近寄るなんえ、できるわけが……」


 ──「地下道がある!」


 そこへ、ローダンが大きく声を上げて話し合いの場に入った。


 「地下道だと?」

 「子供たちで探検してた、昔の地下道だよ」


 網元の男がいぶかしげに太い眉を寄せるのを、ローダンが素早く振り返り、周りの大人たちに説明した。


 「地下道はほぼ港と港町の全域に張り巡らされてる。俺は、これまで何かの役に立つかもと思って、海賊たちの目を盗んで地下道の構造を調べてたけど……」


 ローダンが懸命に大人たちに訴えかけるのに、大人の男たちが顔を合わせる。


 反攻の具体的な筋道が立てられて、風向きが変わろうとしている。

 ロレッタは一度唇を湿らせて、生まれかけた流れを後押しする為に口を開いた。


 押すべき所を間違えてはいけない。


 「……あたしたちのご先祖様の残してくれた道だよ」


 ロレッタがぐっと拳を握り締め、大人たちに訴えかける。

 全員が、はっとしたようにロレッタを見詰めた。


 海賊のような恰好をしたロレッタ。


 「あたしたちのご先祖様は海賊だった。異種間戦争時代の軍船を相手に勇猛に戦いを挑んだ海賊たち。……もう、今の時代そんなのおおっぴらに吹聴ふいちょうしたり、誇りに思うようなことではないのかもしれない」


 「でもさ」とロレッタはすっと背筋を伸ばして、その場にいる〈翠緑の港〉の住民たちを、見渡した。


 「今回ばかりはご先祖様のことを思い出してみても、罰は当たらないと思う」

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