第二話 集う仲間たち

 翌日の明け方、まず最初の仲間が姿を現した。


 ロレッタが目を覚ますと、船内にロレッタ以外の気配がないのに気付く。

 何事かと思って甲板へと足早に上がっていく。


 すると、ティアも部屋から出てきて三人が並んで船縁の手摺の向こうを見ていた。


 ロレッタが近づいていくと、ティアが振り返る。


 「待たせて、すまなかったな」

 「え?」

 「今、一人来た。また今日の内か、遅くとも明日には全員揃うと思う」


 ティアの言葉が何を意味しているか一瞬、ロレッタには分からなかった。

 しかし、頭の中で理解が追いつくと。ロレッタは素早く船縁の手摺に駆け寄って身を乗り出した。


 東の空に昇ったばかりの日の光に輝く海の上に、小さな舟影が見える。


 桶やたらいのような独特な形をした舟だった。

 しかし、その上にまぎれもなく櫂を持って漕ぎ進む人影が見えた。


 〇


 「……〈戦乙女号〉。久しぶり」


 その桶か盥のような独特な形をした小舟に乗っていたのは、〈鉱精霊ドワーフ〉の女性だった。船に乗るなり、マストに手を触れて、愛おしげになでる。


 それからあちこちに目を向けて、咎めるように眉根を寄せてティアを振り向いた。


 「無茶な動き、やらせたでしょ。あちこち傷んでる」

 「そうも言ってられない事情があったんだ」


 ティアが腕を組んで睨み返す。

 二人の間を「まあまあ」と取り成すようにアルトーが割って入った。


 「ここからまた〈戦乙女号〉は無茶をやんなきゃいけないんだ。材料はおれが調達してくるし、手を貸してくれよ、ロッコ」

 「……しょうがないね」


 ロッコと呼ばれた〈鉱精霊〉の女性は腕を組み、はぁ、と息を吐いた。


 〇


 昼前にはロッコが各所の修理作業を始めていた。


 すると、またそこに小さな舟が近づいてくる。


 ロレッタは〈戦乙女号〉の上からのぞき込んだが、船の上に人影は見えず首をかしげた。すると、孤島の浜辺に二つの人影がはい上がって、荷物の乗った小舟を荒縄で引いているのが見えた。


 ロレッタは息を呑む。

 浜辺から〈戦乙女号〉に向けて手を振っているのは、魚人種の二人組だった。


 〈吹き溜まりの港〉での騒動がまだ記憶に新しい中で、ロレッタは身構えた。


 しかし、〈戦乙女号〉の甲板に上がってきたその二人の魚人種は、明らかにおっとりとした顔付きをしていた。


 「心配いらない。レンシ、ハルルの兄妹はこの船の船員だ。……気のいい連中だ」


 そこへ、ティアが歩み寄ってロレッタの肩に手を置いて魚人種二人を出迎える。


 「船長、ドウモ」「オ久シブリデス」


 そうにこやかに話しかけて来た魚人種二人をロレッタは見詰めた。

 妹のハルルの方らしい、女性の魚人種がロレッタを見て、おっとりと微笑んだ。


 「アラ、可愛ラシイ女ノ子。船長ノ子デスカ?」

 「そんなわけあるか」


 どこかずれたやり取りをしてはいるが、敵意や悪意は全く感じられない。

 本当に〈吹き溜まりの港〉の魚人種とは違うようで──それもそうか、とロレッタは内心で納得した。


 どの種族にだって善人と悪人がいて、親切な者もそうでない者もいる。

 人間と同じで、誰もが別の種族を敵視しているわけではないのだ。魚人種も例外でなく、〈吹き溜まりの港〉で出会った連中と、この兄妹は違う。


 「ロレッタです、よろしく」


 ロレッタがそう言って手を差し出すと、レンシとハルルの二人の魚人種はにっこりと微笑み、鱗の生えた少しひんやりした手でロレッタの手を握った。


 〇


 日が傾きかけた頃、最後に来たのは目付きの鋭い旅慣れた雰囲気の白髪交じりの男だった。


 「海鳥が騒ぎやがるんでついて来たが……やはり、あんたらか」

 「コーネル」


 〈戦乙女号〉の船上でティアとアルトーに出迎えられたが、男は黙って軽く肩をすくめただけだった。


 「〈鮫の歯の男シャークトゥース〉……今は〈傷痕の男スカー〉と名乗っている。あの男と決着をつけるつもりだ」

 「……ほう?」


 ティアが告げると、コーネルと呼ばれた人間の男が片方の眉をつり上げた。


 「奴は長い時間をかけて万全の準備を整え、事を起こした。……砲撃戦になったらあんたの力が要る」

 「そいつは構わんが……」


 コーネルと呼ばれた鋭い目の男は砲手らしかった。

 重量のある砲台を扱うに相応しいたくましい体付きをしたコーネルは、ティアの顔の水面をひたと見詰めた。


 「奴は今、〈翠緑の港ポートエメラダ〉とかいう小さな港を占領してる。そいつは知っているのか?」

 「えっ!?」


 愕然として声を上げたロレッタの前に、素早くティアが背中を向けて立つ。


 「コーネル、あんたひょっとしてそいつを見て来たのか?」

 「俺も、あいつの事は追っていたからな」


 ロレッタが身を乗り出すのを、ティアが肩に手を置いて押さえつつ、コーネルと低く言葉を交わす。


 「長い間、姿を見せなかったのが、久しぶりに動きがあったのを嗅ぎつけて、遠くからだが様子を見た」

 「……ど、どうなってたの?港は……そこの人たちは……?」


 ロレッタが堪らず問いかけるのを、コーネルがちらりと見遣った。


 「誰だ?この子供は?」

 「…………」


 コーネルが問うのに、ティアが額に手を当てて、顔の水面をうつむかせた。

 彼女はぶくっ、と一つ息を吐いた。


 「〈翠緑の港〉の住民の子供だ。家族を、人質に取られている」

 「……そうだったか……」


 コーネルが虚を突かれたように目を見張った後で、多少だが、態度を和らげた。


 「遠くから見た限りだが、〈傷痕の男〉は港から住民を締め出してはいるが、大規模な略奪や破壊は行っていない。あくまで今の所は……だが」

 「そ、そう……」

 「住民たちはかつての海賊の砦や防御施設に逃げ込んでいるようだ。犠牲者が出ている様子も今の所ないが……」


 コーネルはロレッタを同情するように目を細めていた。

 だが、かといって気休めを言う性格でもないようだった。


 「お前の親父さんがどうなっているかは、俺には分からんよ」


 ロレッタは唇を引き結んでうなずいた。

 コーネルは「気を落とすな」と、ぼそりと低くつぶやいて、甲板を去った。


 甲板の上でうなだれるロレッタを見て、ティアがそっと話しかけてきた。


 「……〈傷痕の男〉は〈生命の泉水〉とお前の父親の命を交換条件に提示した。十日の期限を設けた以上、それまでの間に危害を加えているとは考えにくい」

 「分かってる。……分かってる、よ」


 ロレッタは唇を噛み締め、両手で拳を握り締めた。


 「……ロレッタ」


 ティアが何か言いかけて、顔の水面をふるふると震わせて立ち尽くしていた。

 しかし、彼女の方も何を言ったものか判断できなかったらしい。


 軽く肩をすくめた後で、ロレッタから背中を向け、甲板を去っていった。


 〇


 そうして、その日集まった全員がとっぷりと日の暮れるまで〈戦乙女号〉の戦支度を整えた。


 ロッコが特に傷みの酷い部分の修理を進め、レンシ、ハルルの魚人種の兄妹二人が各所の設備の点検を行う。コーネルは船倉に置かれていた砲台の状態を丹念に確かめていた。


 船長の部屋では海図を囲んでティアとアルトーが打ち合わせをしている。


 ロレッタもすっかり傷の癒えたイシュマーと共に船に積まれた荷物や装備の点検に追われた。


 積み込んだ予備のロープや帆布がすぐに使える状態か確かめていると、ふとイシュマーが若干、心配そうな顔でこちらを振り向いた。


 「ロレッタ、浮かない顔をしているね?気分が優れないようなら、休んだ方がいいんじゃないかい?」

 「いいんだ」


 ロレッタは短くきっぱりと言い放って首を振った。


 「何かしてた方が、気がまぎれるから」

 「そうか……」


 イシュマーは心配そうだったが、それ以上は口を開こうとしなかった。

 後は、二人して黙々と作業を進めた。


 そうして、全員が日の暮れるまで準備を進めたことで、〈戦乙女号〉の様子も随分と変わった。


 来るべき、〈傷痕の男〉との決戦に向けて。


 「……全員、よくやってくれた。あと少しだ」


 戦支度を整える〈戦乙女号〉の姿を見回し、ティアが集った自らの船員を労った。


 「明日には準備を終えて〈翠緑の港〉へ向かう。……そうなると、〈傷痕の男〉とケリをつけることになる。ただ……」


 「無闇に暴れ回るわけにもいかない」と、ティアは全員に改めて釘を刺した。


 「港町が丸々一つ、住民ごと人質に取られている。港に爆薬を仕掛けられ、住民が囚われているんだ。……どうか慎重に事を運んで欲しい」


 ティアはそう言って、ふと一瞬、ロレッタに顔を向けた。

 しかし、それも一瞬のことで、ティアは改めてその場の全員に告げた。


 「私から言うことはそれだけだ。今日の所は、皆、英気を養って体を休めてくれ」


 そう告げて、ティアは甲板から自室へと引っ込んだ。

 その後、全員が思い思いに船内へと戻り、体を休めることとなった。


 無論、ロレッタも船室に戻ったのだけれど──


 ハンモックの上に横たわっても、目が冴えて、寝つくことはできなかった。


 〇


 夜半、ロレッタは体を起こしてハンモックの上から床に足を下ろした。


 今日一日で船員の増えた〈戦乙女号〉の船内を、足音を忍ばせて歩く。


 向かいの船室にはロッコが、その隣にアルトーが、船底の空間にはレンシとハルルの兄妹が眠っている気配がした。ぐっすりと寝入っている彼らの眠りを妨げないように、静かに歩みを進めた。


 甲板に上がる階段の裏のスペースで、コーネルが毛布に包まって寝入っていた。


 踏み締めるごとに軋みを上げる階段に鼓動が高鳴ったが、ロレッタが登り切ってもコーネルは毛布に包まったまま、じっと床に横たわっていた。


 ロレッタは息を吐いて甲板に続く扉を開いた。


 甲板に出ると、夜空に昇った青白い月が辺りを照らし出していた。


 気が急きつつ、足早にロレッタは船に積まれたボートへと近づき──


 ──「お前一人が出て行ったって、なんにもなりはしないぞ、ロレッタ」


 そんな涼やかな声と共に、行く手に立ち塞がった影を見て、ロレッタははっとして顔を上げた。


 その目の前で、透明な水面の顔を揺らすティアが、悠然と立ち塞がっていた。

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