北斗七星と南十字星
菊池昭仁
第1話
昭和55年夏。空は溶けたクリームソーダの色をしていた。
コットンキャンディのようにモクモクと湧き上がる入道雲、暑苦しくミンミン蝉が鳴いていた。
ミーン ミンミン ミーン ミンミン
夏休み前の高校はダラーンとだらけていた。
進学校ならいざ知らず、ここは県内有数の偏差値34、いつも定員割れの受験倍率0.65%のヤンキー高校だった。
男子の制服は長ラン、裏地には龍と虎の刺繍がマストで、髪型はパンチパーマかアフロヘア、またはリーゼントばかり。
女子はロングスカートにソバージュかポニーテール、カバンはぺったんこで中身はハサミ、自転車のチェーンにカミソリが定番だった。
合言葉は「喧嘩上等!」
喧嘩と酒がどれだけ強いかで序列が決まり、生徒会長は歴代番長がそれを兼務していた。
「
「そうだよ、でも硬くって食べにくいの。なんかいい方法ないかなあ?」
夏菜はそれを齧らずにチロチロと舐め、上目遣いに
夏菜と勇は同じブラバンに所属していた。
バカ高と揶揄されてはいたが、音楽とスポーツだけは強かった。
夏菜はフルート、勇はトランペットを吹いていた。
夏菜は松本伊代に似ていて、聖子ちゃんカット。勇は金髪リーゼント、米米CLUBの石井竜也のような男子で、他校の女子からも人気があった。
そしてレディース、『
「バカ野郎、そこがいいんじゃねえか! すぐに溶けねえ『あずきバー』はな? 齧るんじゃなくて舐めるもんだ」
「舐める物?」
夏菜はエッチなことを想像して顔を紅潮させた。
「勇も舐める?」
「いいのか? 俺と間接キッスになっても?」
「大丈夫、だっていつも私のフルート吹いてるじゃん」
「そうだな? 夏菜も俺のペット、吹いてるしな?」
ブラバン部員たちは気軽にお互いの楽器を交換して遊んでいたのである。
「そうだよ、ハイどうぞ」
夏菜は勇に『あずきバー』を差し出した。
勇は差し出されたあずきバーの端をチョットだけ舐めた。
「ああ、冷たくてうめえ!」
勇は牛のようにダラダラと涎を垂らしながら『あずきバー』にしゃぶりついた。
(もっともっと勇のヨダレでアイスをベショベショにして頂戴。
その方がよりずっと『あずきバー』が美味しくなるから。うふっ)
「勇、美味しい?」
「すっんげえうっんめえよー。夏菜の舐めたところが一番うめえ」
「勇のばかっ・・・」
(死んじゃうくらいうれしいー! バカバカ、勇のバカ~っ)
勇と夏菜は『あずきバー』を5回舐めてはそれを交換し合って舐めた。
夏菜は少し照れながら、勇の舐めた部分を重点的に舐めた。
(えへっ、作戦成功)
夏菜は「彼のお母さん」という英語を、「his mother」とは訳せず、大きな声で自信たっぷりに「he mother」という娘だったが、可愛くてIQは東大生並みに高かった。
勇がここを15時43分28秒に通ることを計算して、学校の正門前の
「バアちゃん! 井村屋の『あずきバー』、ガチガチに凍っているやつちょうだい!」
「あいよ」
婆ちゃんは南極の氷山のようにカチカチに凍った中村屋の『あずきバー』を夏菜に渡した。
すべては夏菜の計略通りだったのである。
夏菜はトランペットを少し斜めに傾け、心持ち少し上向きにトランペットを構えて吹く、金髪リーゼントの勇が大好きだった。
好きだという意思表示はしても、自分から告ることはしない。
夏菜はじっくりと時間をかけて、勇から告白させるように仕向ける、あざとい女だった。
そして最終的には、
「しょうがないなあー、そんなに夏菜と付き合いたいの?
そこまで言うんならいいよ、勇と付き合ってあげても」
というシナリオが既に完成していたのだった。
そう、あの
夏菜と勇が仲良く交互にひとつの『あずきバー』を淫らに舐め合っていると、学校一のマドンナ、由佳がそこへやって来た。
由佳は第一志望の偏差値72の銀河学園に合格していたのだがそこには敢えて入学せず、中学からずっと好きだった勇のいるこのバカ高校に入学して来たのだった。
(学校なんてどこでもいいわ、どうせ東大理ⅢはA判定だし)
「勇、何それ? ワンちゃんのおやつ? ドギーマン? あはははは」
「何よ、『あずきバー』の良さも知らないくせに。かわいそーな由佳。ふんっだ!」
夏菜と由佳は恋のライバルだった。
(何よ、ちょっとばかりオッパイが大きくて、偏差値72で、美人でキャバ嬢みたいに巻き毛ロングヘアーだからって、この、うんこババア!)
(勇と同じブラバンだからっていい気になるんじゃないわよ、このオタンコナース!)
ちなみに夏菜はナースではない。
昭和はこんなのがギャグだった。
夏菜と由佳は勇を挟んでガンを飛ばし合っていた。
そんなことには無関心な勇は、『あずきバー』を夢中で美味しそうに舐めていた。
「うめえなあ、この『あずきバー』」
北斗七星と南十字星 菊池昭仁 @landfall0810
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