第48話 想定外の裏切り者
部屋に残ったのはライリーとコリンズだけ。
襲撃時はすぐさまドアを施錠し、籠城する手筈となっている。
しかし、コリンズは鍵を閉めるどころかドアを開け、騎士の姿をした見慣れぬ二人を招き入れた。
首だけを動かして視界に入れた三人の姿。
その三対の目は、殺意を隠そうともしていない。
「コリンズ……?」
コリンズは後ろ手に、ゆっくりと鍵を閉めた。
そして、二人を引き連れ、ベッドに沈むライリーに近づいて来る。
「ミカエラ殿下、私は残念です」
「何を、言って……」
「美しいあなたの命の花を、手折らなければならない。ああ、とても残念です」
頬を上気させ、恍惚とした表情。
芝居がかった声。
舐めるような視線に、喩えようのない拒否感が爆発する。
そして、鋭く磨がれた剣を突き立てられたような胸の冷たさに襲われた。
コリンズ伯爵家はミカエラの母エーファの実家、フリッツパトリック侯爵家の遠縁に当たる。
その彼が、まさか保守派に寝返るなど、ドハティ公爵も想定外していなかったのではないか。
動けないライリーに迫る刺客。
この状況になっても隠し通路から護衛をしているはずの影たちが出てこないのは、彼らと同様に、密かに闇を忍ぶ暗殺者の対応をしているからだと安易に想像できる。
複数方面から襲撃を受けている今、誰にも余裕などない。
この場はライリーが一人で対処しなければならないのだ。
実力行使に出られてしまったら、何もかもが終わってしまう。
イーファの到着まで耐えれば、生き残れる可能性もある。
つまり、ライリーがやるべきことはひとつ。
時間稼ぎだ。
ライリーはありったけの力を振り絞り、ベルトに仕込んでいた暗器を手の中に隠しながら体を起こした。
理不尽を振りかざす三人の死神を睨みつけるが、余裕綽々な笑みは崩れない。
「コリンズ。あなたはッ……革新派の、はず……!」
「だった、ですよ。私は形あるものしか信用しません」
「信念より、金……か」
「ええ。金は裏切りませんからね。それで……どうやら刺客は私たちだけではないようですね、ミカエラ殿下。随分とお体の具合が悪いようで」
ベッドの脇に立ったコリンズはライリーを見下ろし、動けずにいるライリーを嘲笑った。
そんな状態のライリーなど、恐るるに足りない。
コリンズの歪んだ口元は、勝利を確信していた。
見せつけるように抜かれた剣。
その切先は、躊躇いもなく、守るべき主に向けられた。
磨かれた剣身には、ライリーの顔が写っている。
それを見て、指先から血の気が引いていくのを感じた。
小刻みに震える体。
眉を寄せ、怯えが滲んだ表情。
発熱で上気した頬。
こんな姿では、コリンズの嗜虐心を煽るだけだ。
彼の声が弾んでいたのは、ライリーの苦しんでいる姿を見て愉悦を覚えているからに違いない。
(思い通りにさせてたまるか)
ライリーは隠し持っていた暗器で、コリンズの剣を弾いた。
金属と金属が衝突し、耳障りな音が鼓膜を貫き、ぐわんと反響する。
「剣を下ろせ!」
「おっと危ない」
剣の切先は上方へと逸れたが、コリンズは易々と剣を制御し、瞬時にライリーの喉元に突きつけてくる。
コリンズの余裕は崩れていない。
ライリーの抵抗は、彼にとって子猫に戯れ付かれた程度でしかないのだ。
唇を噛み締め、もう一度と暗器を構えた瞬間、コリンズの後ろに控えていた二人の目の色が変わった。
コリンズを敬仰しているんだろう。
殺意の塊がライリーを押し潰してくる。
コリンズに指示されるよりも前に動き出した二人は、左右からライリーの腕を容赦なく掴んできた。
それは、骨が折れそうなほど強い。
痛みに呻いたライリーは、勢いよくベッドに引き倒された。
「いッ、ぐ……!」
ベッドに引き倒された勢いで、痛みに怯んだ手から暗器が離れる。
それは彼らによってベッドの下に落とされてしまった。
ライリーが持つ武器は、もう何もない。
(しまった!)
掴まれた手を振り解こうと踠くが、毒に冒された体ではどうすることもできない。
コリンズは剣を突きつけたままライリーに馬乗りになり、下卑た笑みを浮かべながら見下ろしてくる。
「何の毒を盛られたか知りませんが、あなたの命を絶つのは私です。でないと、手柄になりませんからね」
くつくつと喉を鳴らすコリンズは、人間ではない。
ただの獣だ。
握り直された剣。
照明の光を反射し、煌めく剣身。
押さえつけられ、逃げられない体。
(い、やだ……嫌だ、嫌だ……!)
凍えるほど冷たい死の気配に、ライリーの体は大きく震え出す。
それを認めたコリンズは、目を細め、口角を吊り上げた。
「ねえ、ミカエラ殿下。どうやって逝くのがお好みですか? 死んだことすら理解できないほどの即死。あるいは、痛ぶられた末に、私に『殺してくれ』と懇願して死ぬ。私は後者をおすすめします」
「この、下衆がッ!」
「お褒めいただき光栄です」
ライリーの罵倒に晴れやかな笑顔で応えるコリンズの瞳孔は殺意と狂気に渦巻き、限界まで開いている。
一体、いつから、何が彼を狂わせたのか。
それを知る術は、今はない。
不意に、轟音とともに激しい揺れがライリーたちを襲った。
堅牢な王城が揺れるほどの衝撃。
すぐ近くで破壊に特化した魔術が展開されたんだろう。
ベッドの上で振動に翻弄されたライリーに対し、コリンズたちは大した影響も受けていない様子だった。
コリンズは再び剣を握り直し、腕を押さえている二人はより一層、体重をかけて拘束を強める。
「残念、遊んでいる時間はないようです」
肩をすくめ、憂いのため息を落とすコリンズは、剣先をライリーの喉元に当ててきた。
チリッとした熱と鋭い痛み。
肌を伝い落ちる赤の感触。
体の震えが止まらない。
はくはくと酸素を求める唇は、言葉を紡ぐことすらできなくなっていた。
「そんなに怯えないでください。ひと思いに逝かせて差し上げますよ」
「や……ぁ……ッ」
痛みに怯えるライリーの顔を見て、コリンズはうっとりと頬を赤く染め、剣を握る手に力を込めた。
恐怖と屈辱に苛まれながら、卑劣な獣に命を奪われてしまうのか。
この世から旅立つ瞬間が訪れようとしている。
死神の鎌は振り上げられた。
(嫌だ……! ユリウス、ユリウス……!)
ライリーは心の中で、何度も何度も愛しい人の名を呼んだ。
滲んだ視界に、想い人の幻影を見る。
しかし、瞬きをして感情の雨粒が目尻から滴ると、幻影は掻き消え、鼻息を荒くし、興奮したコリンズの顔が視界を埋め尽くす。
ライリーは死への恐怖に耐えきれず、体を固くしたまま目を閉じた。
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