第31話 いざ、王都散策へ!

 ドハティ公爵の来訪から三日後。

 今日は待ちに待った王都散策の日だ。

 

 どこに行くとは決めていないが、朝から日没まで外で過ごすことになっている。

 途中でエンジン切れにならないため、朝食をしっかりと食べていく。


「平民街とはいえ王都だからな。変装はしっかりしていくぞ」

「変装? どうやって?」

「まあまあ。楽しみにしてなって」


 ユリウスは何かを企んでいる。

 意味ありげな含み笑いをすると、食べ終わった食器をカウンターに持って行く。

 その意気揚々とした後ろ姿に、ライリーの背筋にぞくりとした悪寒が走った。


(あの顔……俺に何する気だ⁉︎)


 ユリウスがあの顔をしている時は、決まってイタズラを考えている。

 それを見た日の夜、サロンでゆっくり寛いでいると、誰かの絶叫が影の屋敷に響き渡るのだ。

 ライリーを含め、サロンにいる誰もがそろりとユリウスを見る。

 叫び声を聞き、くっくっくっ……と堪えきれない笑いを溢すユリウスは、まさに悪ガキだ。


 嫌な予感をヒシヒシと感じながら、ライリーはユリウスの背中を追った。

 連れられたのは、ユリウスの部屋だ。

 

 前々から気になっていた彼の部屋に、ライリーはゆっくり慎重に足を踏み入れた。

 流石にユリウスも出入りするとあって、トラップはない。

 油断ならないが、部屋については一安心だ。

 

 ユリウス部屋は貴族仕様の部屋になっているのかと思いきや、造りはライリーの部屋と変わらなかった。

 綺麗に整頓された部屋は、いつもユリウスから香るムスクの匂いに溢れている。

 ライリーを安心させる香りだ。


「そこ、座ってて」


 指示されたのは、窓際にある鏡台、その前にある椅子だ。

 ライリーはそろそろと座り、改めて部屋を見渡した。

 カーテンはライリーの部屋と同じ、夜を連想させる深い藍色だ。

 ベッドは綺麗に整えられており、枕元には手のひらサイズの本がある。

 棚にはチェスの指南書と、ガラスでできたチェス盤と駒がおしゃれにディスプレイされていた。


(本当にチェスが好きなんだな)


 ライリーが感心していると、ユリウスが廊下に面したクローゼットから何かを取り出してきた。

 繊細な細工が施されているガラス箱。

 その中には、女性が使っている化粧道具がぎっしりと詰まっている。


「それ、化粧道具?」

「正解」

 

 ユリウスはこれ見よがしにガラスの化粧箱を鏡台に置いた。


「化粧で、変装……?」

「ライリー。化粧って凄いんだからな」


 ユリウスはニィッと恐ろしい笑みを浮かべ、ライリーに見せつけるようにゆっくりと化粧箱を開ける。

 それを見て逃げ出したくなったライリーは、生唾を飲み込んで思いとどまった。

 ユリウスに化粧を施してもらえば、安全に問題なく王都散策ができる。

 ライリーは不安な気持ちを押し殺し、鼻歌を歌うユリウスに身を任せた。


 それから数分後、鏡に映った自分の顔は全くの別人だった。

 

 義姉あねたちが羨ましがった二重の猫目は、洞窟蜘蛛の糸を透明になるまで薄く引き延ばしたものを目元に貼られて垂れ目になり、頬には見慣れないそばかすが散っている。

 輪郭は何をしたのかよくわからないが、いつもよりシュッと細くなっている。


(凄い。これが、俺?)


 感嘆の声を上げてじっくり手鏡を覗いている間に、ユリウスも自身の化粧を終わらせていた。

 彼もまた、見た目は別人になっている。

 切れ長の目はやや大きくなり、三白眼がより強調されており、薄い唇はぽってりとしたものに変わっていた。


「ほぇ……凄いな。この唇、何したの?」

 

 その変わり様に、ライリーはユリウスの頬に手を沿わせ、そっと引き寄せた。

 目の前にある唇は、いつもより血色が悪く薄紫色だ。

 それなのに、厚みが増えている。


「目の化粧をしている間に保湿して、唇の輪郭を広く取っただけだ」

「それだけ? 嘘だぁ……」

 

 ユリウスの言うことが信じられず、ライリーはその顔をじっと観察し、化粧が崩れないようにそっと触っていく。

 するとどうだろう。

 ユリウスは諦めたようにライリーの好きなように触らせていたが、次第に居心地が悪そうに視線を彷徨わせ、何故か顔を赤くさせていった。


 今は秋で、特別今日が暑いというわけではない。

 それならどうして顔を赤くしているのだろうか。


「もしかして、体調悪い?」

「何をどうしたらそうなった? 時間がもったいないから早く服を着替えるぞ」

「はぁい」


 ユリウスの提案に、ライリーは顔を解放した。

 本当なら、どんなふうに化粧が施されているのかをもう少し観察したかったのだが、時間がもったいないと言われては仕方がない。

 ユリウスから差し出された、麻布でできた服に着替え、少量の土でズボンの裾を汚す。

 これで、どこからどう見てもただの平民の出来上がりだ。


「これで俺たちが俺たちだって気付く人はいないな」

「だろ。さあ、隠し通路から王都に出るぞ」

「うん!」


 持ち物は護身用の短刀とマジックバッグ。

 それから、ドハティ公爵からの小遣いだ。


 食堂でケイトや影たちに変装姿をやんやと囃し立てられた後、ユリウスの案内で隠し通路を進む。

 出口は、何の変哲もない集合住宅のクローゼットだ。

 その玄関ドアから外の様子を伺い、誰もいないことを確認して外へ出る。

 閑静な住宅街を抜け、何度か角を曲がっていくと、徐々に人通りが多くなっていく。


 やがて、ライリーとユリウスは繁華街へと足を踏み入れた。

 王都の繁華街は、平民街といえど大いに賑わっている。

 秋の収穫がピークを迎え、各地から食材が王都に集まっているからだ。


 オレンジの屋根瓦に黄色の壁が並ぶ王都は、それだけで華やかな印象を受ける。

 ハルデランとは比べものにならないほど人も馬車も多い。

 

 視線を右へ左へと移したい気持ちはあるが、今はぐっと我慢だ。

 はぐれないようにユリウスのあとに続き、賑わっている方へと進むと、中央広場に出た。

 噴水を中心に円を描くそこには屋台が並び、各地方の名物料理が売られている。

 その中には、嬉しいことにハルデラン名物のスイートポテトも売っていた。


 ハルデランを発ってまだ二ヶ月。

 しかし、スイートポテトの匂いを嗅ぐだけで、胸に懐かしさが込み上げてくる。

 次はいつお目にかかれるかわからない。

 今すぐ食べたい衝動に駆られると同時に、ユリウスにもあの美味しさを味わってほしいと思った。


「なあ、ハルデランのスイートポテト食べたい」

「俺もそう思っていた。行こうか」


 思い返せば、ジャクソンと野営をした時、さんざんスイートポテトの話をしていた。

 それで、ユリウスもスイートポテトが気になっていたんだろう。


 ライリーとユリウスは、早速屋台の列に並び、スイートポテトを手に入れた。

 焼きたてで湯気を出すスイートポテトに息を吹きかけ、少し冷ましてからかぶりつく。

 すると、しっとりとした食感と濃厚な甘味が口の中に広がった。


(そうそう、これこれ!)


 年に一度の旬の味は、格別に美味しい。

 秋のスイーツで、この味に並ぶものはないと思っているライリーは、ユリウスの反応を窺った。


「何これ。美味すぎだろ」


 それはライリーの期待通り。

 ユリウスは目を輝かせながらガツガツとスイートポテトにかぶりつき、あっという間に平げていく。


「だろ?」


 ユリウスの言葉に、ライリーは胸を張った。

 ハルデランのスイートポテトはどの店もノーラン農場産のさつまいもを使って作られている。

 そして、この夏の初め、ライリーはさつまいもを植える場所を魔術で耕した。

 つまり、ライリーもこのスイートポテトの生産に関わっているのだ。

 

 間接的にはなるが、生産者としての誇りがある。

 加えて、地元の自慢はいくらでもしていいと思っているライリーは、ユリウスの顔を見て胸の内が温かくなり、頬が緩みっぱなしだった。


 スイートポテトを食べ終わっても腹は満たされない。

 美味しそうな香りが漂い、腹の虫を呼び起こす。


「足りる?」

「まったく」


 ユリウスはスイートポテトを食べて満足そうな顔をしているが、その碧眼は屋台を見ている。

 ライリーも同感だった。

 

 そもそも、ドハティ公爵からは美味しいものを食べてくるようにとの名目で渡された小遣いだ。

 ライリーとユリウスは、思い切り食べ歩きすることにした。


「この魔獣のやつなんだったっけ? 何だか忘れたけどコリコリしててめっちゃ美味しいぞ」

「それはクラーケンの唐揚げだな。こっちは魔牛の肉巻き飯だ。ほら」


 ユリウスから差し出されたそれを頬張ると、肉汁が口の中いっぱいに溢れた。

 ライリーは満面の笑みを浮かべ、お礼とばかりにユリウスの口の中にクラーケンの唐揚げを放り込む。

 すると、思いの外熱かったのか、ユリウスはハフハフと口を動かしながら咀嚼し、目を細めて不満を顕にする。

 それだけでは足りなかったのか、ユリウスはライリーを小突いてきたが、その勢いで真牛の肉巻き飯をトレーから落としそうになり、慌ててバランスを取っていた。

 

 ユリウスが目に涙を浮かべて熱がる様子も、ライリーに一矢報いようとして失敗し慌てる様子も、何もかもが面白い。

 おかしくて仕方がなく、ユリウスには申し訳ないが、ライリーは声を上げて笑った。

 それを咎めるように、今度はユリウスに小突かれたが、それでも笑いは止まらなかった。


「そこの兄ちゃんたち! うちの店のも美味いよ!」


 食べ歩きしながら屋台を物色していると、美味しそうに食べるライリーとユリウスを見た屋台の店主たちがこぞって声をかけてきた。

 指名されてしまえば、行かないという選択肢はない。

 美味しそうな匂いに釣られて順番に屋台を練り歩くと、昼過ぎには中央広場に並んでいた屋台を全制覇していた。


「お腹いっぱい」

「流石に俺も、もう入らない」

「何店舗分食べた? えっと……」

「二十五だな。まあ、よく食べたもんだ」

「秋の味覚は食べ尽くしたな」


 顔を見合わせ、そして、少し突き出た互いの腹を見る。

 ぽっこりと膨らんだ腹は、今日の勲章だ。

 しかし、不恰好なことには変わりなく、ライリーとユリウスは腹を揺らしながら笑い合った。


 腹が満たされてからは、一番賑わう通りを歩いていく。

 食材や日用品、服など生活必需品を売っている店や、国内の工芸品を売っている観光客向けの店などが雑多に並んでいた。

 物珍しさに、ライリーの視線はあちらこちらに目まぐるしく移っていく。


「あ、れ……ユリウス?」


 ふと、ユリウスが視界からいなくなった。

 道がわからないライリーは、ユリウスだけが頼りだというのにはぐれてしまったようだ。

 途端に心細くなり、シャツの胸元を掴む。


「ここだ」


 しかし、ユリウスはライリーのすぐ後ろに立っていた。


「よかった。はぐれたのかと思った」

「そうだと思ったよ。大丈夫。俺がライリーを見失わない。だから、好きなもの見て回れよ」

「うん、ありがとう」


 ユリウスがライリーを見つけてくれる。

 その言葉に安心したライリーは、再び王都の街を歩き出す。

 店に入っては見たことのないものに手を伸ばし、店員から説明を受けては頷いた。


 そんな中、ライリーの視線を奪ったのは王都一の玩具屋だった。

 店内には所狭しと商品が陳列してあり、布でできた人形から、魔石が原動力で動くドラゴンの玩具まである。

 

 孤児院にはいつからあるとも知れない玩具ばかりで、新品のものなんてほとんどない。

 子どももそれをわかっていて乱暴には扱わないし、義母たちがしっかりと手入れしている。

 影武者の仕事が終わったら、ライリーが生きていようが死んでいようが金は孤児院に入るものの、せっかく街に出たのだから自分が選んだものを何か贈りたい。


「なあ、孤児院に物を送ってもいい?」

「ああ。ただ、民間の運送屋に頼むと野党に襲われて届かないなんてことはざらにある。送るなら俺の実家から送ろう」

「なんで?」

「腕利の護衛がいるからだ。ほら、選んできな」

「ありがとう。ちょっと時間かかるから、どこかで時間潰してていいぞ」

「わかった。終わるころには戻ってくる」


 ユリウスはそう頷くと、人と人の間をすいすいと泳ぐように抜け、混雑する店から脱出した。

 その背中を見送ったライリーは、早速玩具を選び始める。


 ドハティ公爵からの軍資金は持ち歩くのを躊躇う金額だ。

 全員分買っても予算オーバーなんてことにはならないだろう。

 ライリーは孤児院にいる家族の顔を思い出しながら玩具を手に取った。

 

(ええっと、一番下のアニタはお絵描きがブームだからクレヨンがいいな。アンディは可愛くてキラキラしたものが好きだから、この星のブレスレット。それから……)


 そうやって、ライリーは二十二人分の玩具を籠いっぱいに入れていく。

 他に良いものがないかと店内を歩いていると、奥の区画に親向けの商品があった。

 

 育児で忙しい女性のための香油や、たくさん子どもを抱っこする両親のために魔動マッサージ機など、主に体を癒すためのものが多い。


(義母かあさんやクリス兄さんにぴったりだ!)

 

 香油が肌を綺麗にするのはライリー自身の体で実証済みだ。

 毎年冬になると手のあかぎれやひび割れで手をさする義母には、特に保湿成分が入っていて、ローズの香りのする香油を。

 日雇いと子どもたちの世話で忙しくするクリスには魔道マッサージ機を買うことにした。


「いいものあったか?」

「あ、ユリウス。ちょうどいいところに戻ってきたね。いいもの、あったよ」

「ならよかった」


 すべてを籠に入れたところで、タイミングよくユリウスが戻ってきた。

 ユリウスがあの軍資金の入った革袋を持っている。

 ライリーはどんなものを買うのか報告しつつ、ユリウスを引き連れて会計カウンターに向かい、会計を済ませた。

 

 買ったものは、案内された広いカウンターを作業台にひとまず置き、それからユリウスのマジックバッグに収納していく。

 後日、ユリウスの実家からハルデランの孤児院に送ってくれるそうだ。


 玩具をひとつずつ丁寧にマジックバッグの中へ入れながらそんな話をしていると、店員が慌てて駆け寄ってきた。


「お客様、これを。サービスのメッセージカードです」

「えっあ……ありがとうございます」


 ライリーは、店員から差し出されたメッセージカードを受け取った。


(どうしよう。どれが誰のものか書きたいけど、またユリウスを待たせちゃうしなぁ)


 メッセージカードを手に固まっていると、ユリウスはおもむろにカウンターの隅にあった羽ペンとインクの瓶を持ってきてくれた。


「時間はたっぷりあるんだ。ここで書いていこう」

「ごめん、ありがとう」


 ライリーはユリウスの優しさに甘えることにし、羽ペンを受け取ると、できるだけ丁寧な字で、王都で元気にやっている旨の近況をしたため、どの玩具が誰に宛てたものかを書いていく。

 書き終わると、カードをヒラヒラと振ってインクを乾かす。

 それを、玩具をマジックバッグに入れる作業をしていたユリウスに託した。

 あとは野党に奪われることなく、無事に届けられることを願うばかりだ。

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