第19話 居心地のいい仮住まい
ボリューム満点の食事はライリーの許容量を越えていたが、移動と緊張で自分で思うよりも腹が減っていたのか、なんとか完食することができた。
対するユリウスは、余裕綽々な顔で食べ進め、しかもペリュトンの照り焼きをおかわりまでしていた。
ユリウスはライリーよりも頭ひとつ分は背が高いうえに体型もがっちりしている。
ライリーも体力勝負の仕事をしていたが、騎士の方が運動量は多そうだ。
ユリウスが大食いなのは職業柄なんだろう。
この食いっぷりが通常なら、野営時の食事は物足りなかったに違いない。
食器をケイトが待つカウンターまで返却に行き、彼女と挨拶を交わして食堂を出る。
廊下の長さはノーラン農場の従業員寮と同じくらいだ。
食堂から出て右側にはひとつのドアがあり、そこが突き当たりになっているが、左側は廊下が伸びていた。
ユリウスは迷わず左へ進んだ。
その背中を追いかけると、すぐに広い空間に出た。
大きなはめ殺しの窓のあるそこは二階の天井まで吹き抜けている。
ソファとテーブルが規則正しく並び、一人掛けと複数人で座れる席がそれぞれあった。
「一階は共用スペースがほとんどで、ここはサロンだ。ケイトに言えばお茶や菓子を持ってきてもらえる」
「それいいな」
「休みの日はここで過ごすやつが多い」
「ああ、居心地が良さそうだもんな」
「だろ」
陽が出て今ないため方角はわからないが、ここに昼の日差しが差し込むのなら絶対に気持ちいいだろう。
お茶しながら眠ってしまいそうだ。
ライリーにここを披露したユリウスは得意気に胸を張っている。
彼もここが気に入っているんだろう。
ユリウスはひとつ頷くと、その背面を指さす。
そこには簡素な両開きのドアがあった。
「こっちは玄関だ。ただ、影は基本的に隠し通路を使うから、ここを使うのはケイトや屋敷を管理するサポート役の影だけだ」
「じゃあ俺が使う機会はない?」
「そうだな」
「へぇ……」
ライリーは快適そうな空間をぐるりと見回す。
サロンの食堂側の壁沿いには、上と下に続く階段がある。
「この階段はどこに続いているんだ?」
「二階は居住スペース、地下は訓練所だ。今日はもう遅いから、地下は明日案内する」
「うん、よろしく」
「じゃあ、上に行くぞ」
そう言うと、ユリウスは当然のようにライリーに手を差し伸べてきた。
もう遠慮はしない。
ライリーはユリウスの手を躊躇いなく取り、階段を登っていった。
二階に上がると、建物の中央に廊下が伸びていて、その両側に部屋が並んでいた。
吹き抜けの玄関側に廊下があり、壁に突き当たって左に建物の中央まで進むと、その奥にまたこちら側と同じように部屋が並んでいるようだった。
ライリーの部屋は、階段を上がってすぐの通りで、右側の突き当たりの角部屋だ。
ユリウスは胸ポケットから鍵を出すと、それをライリーの部屋の鍵穴に挿して右に回した。
カチャリと音を立てて施錠を解くと、ドアノブを回してドアを開ける。
そして、その鍵を抜くとライリーの手の上に置いてくれた。
「ここがライリーの部屋だ。必要なものは揃えたつもりなんだが、足りないものや欲しいものがあれば言ってくれ。サポートメンバーが買い出しに行ってくれる」
「わかった」
「とりあえず風呂だ。クローゼットに着替えが入ってるから取ってきてくれ。俺も取ってくる」
ライリーが鍵をしっかり握り込むのを確認すると、ユリウスはそう言って一歩体を引いた。
「どこで待っていればいい?」
「部屋の前だ。俺の部屋はこの隣だからな」
ニッと笑うと、ユリウスはライリーの部屋を開けたように隣の部屋のドアを開けて中に入っていった。
(部屋、隣なんだ)
ライリーがここにいる間はユリウスがバディだと聞いていたが、公私共にそうなるようだ。
それをはっきりと意識すると、じんわりと胸に温かい何かが広がっていく。
これから、右も左もわからない王都での生活が始まるのだ。
遠慮せず話せるユリウスが近くにいてくれる。
きっと、それが安心材料になるからだろう。
ライリーはユリウスに倣い、しんと静まる部屋に足を踏み入れた。
灯りのスイッチは入ってすぐの壁にあり、それを押すと、部屋がどうなっているのかが見えてくる。
入ってすぐの短い廊下の左側はクローゼットになっていて、その中には整然と衣類が並べられていた。
ハンガーに掛かっていたのは、長袖と半袖のトップスにくるぶし丈のボトムス。
冬の準備か、コートもあった。
下半分の右側は引き出しになっていて、下着や靴下が収まっていた。
その左側の棚には何も置いていなかったが、雰囲気的に靴を収納するところだろう。
短い廊下を抜けると、ノーラン農場の従業員寮よりも少し広い居室になっていてた。
窓側を足元にして左の壁沿いにベッドがあり、反対側の壁の窓際には書き物ができる机と椅子がある。
その隣には天井までの高さがある棚があり、好きなものを置けるようになっていた。
ライリーはほっと胸を撫で下ろす。
もっと豪華な部屋が待っているんじゃないかと思っていたが、予想が外れて安心した。
常識の範囲内の平民の暮らしで、ユリウスがすぐに慣れると言っていたのも納得だ。
隣にあるユリウスの部屋はどうなっているんだろうか。
貴族だからその仕様になっているのか?
僅かな好奇心がムクムクと膨らんでいく。
この生活にもう少し慣れたころに部屋に入れてもらおう。
そう思いつつ、ユリウスと待ち合わせをしていることを思い出した。
ライリーは慌ててクローゼットまで戻り、必要な着替えを取り出して手に取る。
「うわぁ……」
ライリーは想像以上に滑らかな触り心地に驚いた。
触っただけで、シンプルな見た目に反して高級な生地の服だとわかる。
こんな高価なものが置いてあるということは、つまりミカエラの影武者となった時、違和感が出ないようにという配慮なんだろう。
(こんなのを九ヶ月も着てたら庶民の感覚が麻痺するだろ。勘弁してくれ!)
しかし、ライリーには拒否権がない。
もうひとつため息をつくと、強い心を持って生活するしかないのだと、改めて腹を括ったのだ。
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