第18話 楽しい夕食

 ライリーとユリウスは両手を合わせた。


「いただきます」


 食事開始の挨拶をすると、ライリーは早速フォークを手に取った。

 消化のことを考えてサラダから手を付ける。

 ドレッシングはかけてあるが、ビーツの味を邪魔しない控えめな味だ。

 次に気になっていた肉にナイフを入れて切り取り、フォークを刺していたひとかけを口に放り込む。


「んん?」


 食べたことがない味と食感だ。

 赤身の肉なのはわかる。

 味は血塗れ熊に近く、ただそれよりかは臭みがない。

 食感は一角兎よりも弾力があるが柔らかい。

 ライリーが頭を捻っていると、ユリウスが肉の正体を教えてくれた。


「それはペリュトンの肉だ。牡鹿に翼が生えた魔獣で、海岸沿いに生息している。海から遠いハルデランにはあまり流通していないだろうな」

「へぇ。これ美味しいな」

「普通の鹿より旨みがあるからな。俺も好きだ」


 ユリウスはそう言うと、上品な所作でペリュトンの照り焼きにナイフを入れ、フォークで刺したそれを食べた。

 野営中も思っていたが、彼はどんなものでも綺麗に食べるし、なにより見ているこちらも食べたくなるような顔で美味しそうに食事をしている。

 そういうところは素直に好感が持てた。


 上品に、豪快に食べていくユリウスを眺めながらライリーも食べ進めていると、ユリウスが「そういえば」と口を開いた。

 

「気になっているだろ、あいつら」


 その視線はライリーの背後に向けられている。

 先程、少し話しをした五人のことだ。

 影だとはわかっていても、彼らがどんな任務に就いているのか、気にならないわけではない。

 

「まあ、そうだね」

「影は三人一組で動く。一人の王族につき三組がその担当。日勤と夜勤、休みを上手く回しながら王族の警護をしている。あの五人は王妃と側妃付きの影なんだが……そういや一人足りないな」


 ユリウスは言葉を切り、一旦水を飲んで喉の渇きを潤すと、体を傾けて五人へと声をかけた。


「なあ、コットンはどうした?」

「眠いって言って、シャワー浴びたら部屋に戻ったよ」

「またか?」

「あの子、食べるよりも寝る方が好きだから。あたしたちもちゃんと言ってるよの。何か口にしなさいって」


 困ったように頬に手を添えた女性は、他の四人と目を合わせてため息をついた。

 どうやら、食事を疎かにする問題児がいるようだ。

 

 本人がいいと思っていても、体もそうとは限らない。

 食事や睡眠のバランスが取れてこそ、健康な体になっていくのだ。

 職業柄、ライリーはそれをよく知っていた。

 

「ドハティ公爵に報告すれば一発だろ」

「それだ。明日言っとく」


 ユリウスの提案に、五人がポンと手を叩く。

 これだけのやり取りで、ライリーはドハティ公爵が影たちをしっかりと制御し、かつ信頼を勝ち取っていることを理解した。

 

「よろしく。というか、なんでこの時間なんだ? 交代したにしては遅いだろ」

「ああ、それね」

「今日はアイリーン様もエーファ様もそれぞれ夕方から晩餐会でさ」

「交代のタイミングがずれたんだ」

「なるほどな。お疲れさま」

「もっと労ってくれてもいいんだよ?」

「はいはい、お疲れ」


 貴族で近衛騎士をしているユリウスと、平民であろう五人は、軽く冗談を交わし合っている。

 事前に聞いていたとおり、ここでは身分や肩書きは部屋の隅に弾き飛ばされ、人間関係が構築されているようだ。

 五人は面倒見のいいタイプのようで、適度な距離感で接するなら、ライリーも問題なく馴染めそうな気がした。


「じゃあ、僕らはお先に。おやすみ」

「はい、おやすみなさい」


 五人は食事を終えると、わざわざライリーとユリウスのテーブルまで来て挨拶をしてくれた。

 彼らの背中を見送ったライリーは、途端に静かになった食堂でユリウスと二人、食事を進めていく。

 

 そこで、ふと疑問が浮かんできた。


「なあ、ユリウス」

「ん?」

「ユリウスは近衛騎士だけど、影なんだろ? さっき、影は三人一組でって言ってたけど、近衛騎士と影の仕事はどうやって両立してんだ?」


 騎士や影は、その仕事の性質上、新年でも仕事をしなければならない。

 だが、それは休みを上手く回しているからだ。

 しかし、近衛騎士と影、二つの任務があるユリウスたちはどうなる?

 まさか、完全無休で働いているんだろうか。


 ライリーの心配を察したユリウスは、その杞憂を払拭するように微笑んだ。

 

「ああ、それな。まず、近衛騎士兼影は王族一人につき四人。影と同じように、どの時間帯も、必ず一人はその近衛騎士が表で警護している。だから、裏で警護している影とは別動隊って位置付けで、特別な任務がある時は、近衛騎士として休みをもらって両立させているんだよ」

「なるほど。あとひとつ質問。近衛騎士ってエリート中のエリートだろ? その中でも影になる人とそうでない人がいるのはなんで?」


 近衛騎士は平民も憧れるエリートだ。

 王族から最も信頼を寄せられている近衛騎士であるにも関わらず、なぜその中でも選ばれた者がいるのか。

 ライリーにとって、それはとても不可解に思えた。

 

「ああ……まあ、貴族の派閥の問題だな。国王陛下とドハティ公爵閣下は保守派と革新派、中立派を同数。それ以外の王族は、それぞれの派閥と中立派を半数ずつの近衛騎士を付けている。その中で影になれるのは、保守派でも革新派でもない、中立派だけだ。そして、より忠誠心が強い人がスカウトされるそうだ」


 なるほど、ここでも貴族の派閥争いか。

 貴族のしがらみは薔薇の蔦よりも複雑のようだ。

 

 それはそれとして、ライリーを揶揄い、悪ふざけをしているユリウスが、忠誠心が強いということが、ライリーとしては面白かった。

 最終的にドハティ公爵がユリウスを影にと決めたのだろうが、ライリーから見るユリウスは子どもと大人の中間のような、お調子者に見えるからだ。

 

「へえ?」


 思わず語尾が上がってしまい、ライリーの心が滲んだ返事は、早速ユリウスに嗅ぎつけられてしまった。

 

「おい。俺のこと馬鹿にしてるだろ」

「まさか。だって、ユリウスは俺と歳が近いだろ。若いのに近衛騎士になっていて凄いなぁって思っただけ」


 図星を刺されて、ライリーは心臓が飛び出るかと思った。

 とっさに出た苦し紛れの言い訳だが、なかなか良いものではないだろうか。


 ちらりとユリウスを見ると、彼は肩をすくめた。


(あちゃぁ……。誤魔化せなかったな)


 しかし、ユリウスはそれを知った上で、話に乗ってくれた。

 

「運が良かったんだ。たまたま武芸の才能があって、たまたまそれを評価してもらえて、歴代三番目の早さで近衛騎士に抜擢された。真面目に仕事をしていたら、影の話を持ちかけられたってだけだ」

「それをたまたまって言えるのが凄いんだよ」

「そうか? 俺としては、もう少し警ら隊にいても良かったんだよなぁ」


 食事の手を止めたユリウスは目元を緩ませ、懐かしむように斜め上へと視線を移した。

 

「なんで?」


 警ら隊は、城下町の犯罪を取り締まることが仕事だ。

 犯罪に関わることでなくても、住民の要望をできる限り聞き入れ、助けるのも仕事であり、その内容は多岐に渡る。

 

 警ら隊と近衛騎士。

 どっちが偉いだとか、大変だと言うつもりはないが、やはり花形の近衛騎士の方がやりたい仕事なのではないのか?

 

「任期は短かったけどさ。楽しかったんだよ。街の巡回で泥棒を捕まえたり、遠征で魔獣を討伐したり……」

 

 それからユリウスは、警ら隊時代の話をしてくれた。

 今まで、ライリーに騎士の知り合いはいないし、接したこともほとんどない。

 中々聞ける話ではなかったため、ライリーは興味津々で話を聞く。

 ユリウスは話し上手で、ライリーは驚いたり、笑ったりと忙しなく顔を変化させた。


(やばい、顔の筋肉がおかしくなりそう!)


 やがて、再び影の話題へと戻ってきた。

 

「多分、ライリーがいた農園の寮と仕組みはそう変わらないはずだ。ここでは現役から退いた影がサポート役として働いていて、飯の準備や掃除をしてここを管理をしてくれている」

「ケイトさんも?」

「そうだ。ああ見えて現役のときは一番の戦闘狂だった」


 あの細身の体で過酷な影の任務に就いていて、しかも戦闘狂だったなんて、人は見かけによらないらしい。


(え……? 意外だ)


 ライリーは驚いてキッチンに立つケイトを見遣り、彼女を視界に入れた瞬間、ぎくりと肩を揺らした。

 ケイトが般若の顔をして怒っていたからだ。

 

「余計なこと言わない!」

「いてっ」


 怒号とともに飛んできたのは、バチッという音だ。

 音やユリウスが背筋を逸らしたことから、地属性の中の雷の魔術が飛んできたのだとわかった。

 ライリーは同じ地属性でも扱い方がわからないので操ることはできないし、実際に見たのは初めてだった。

 

「ほらな? うわっ!」

「……っふ、あははははは!」


 雷を受けたというのに、ユリウスはそれでも親指を立てた拳でケイトを指さすものだから、さっきよりも強そうなバチバチッという音が響いた。

 顔を顰めながら椅子をガタガタと跳ねさせているユリウスは、まるでサーカスで見る道化師のようだ。

 

 ライリーはそれが可笑しくて堪らず、腹が捩れるほど声を上げて笑い続けた。

 ユリウスがケイトに謝ったことで仕置きは終わったが、ユリウスが彼女に見えないように舌を出していたことは、あとが怖いので黙っておくことにする。

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