第14話 王宮の事情

 ライリー気持ちに気付いているのか、気づいていないのか。

 ドハティ公爵は背筋を伸ばすと、目尻の皺を薄くした。


「さて本題に入ろう。君は次の国王が誰になるかわかるかい」

「立太子されているので、オーウェン王太子殿下ではないのですか」


 普通に考えれば当然の答えだ。

 立太子するということは、国内外に次期国王であると知らしめること。

 学のないライリーでもそれくらいはわかる。

 

「そうだ。順当にいけばね」

「順当……」


 早速、不穏な空気が登場だ。

 じっとドハティ公爵を見ていると、彼は疲れたようにため息を吐いた。

 

「王宮も色々あってね。始まりは、現王の祖父にあたる先々代の王、その父が急死したことだ。幼くして王位に就いた先々代の補佐として摂政に選ばれたのは宰相をしていた男なんだが、権力に目が眩んで、先々代が成人しても関白となり、実権を明け渡さなかった。その上で、娘を先々代の妃にしたんだ」

「それを止める方はいなかったのですか?」


 そんなことをすれば、宰相をよく思わない貴族も出てくるだろう。

 自ら敵を増やすような行為は愚策としか思えない。

 しかし、腐っても宰相。

 それは抜かりなかったようだ。


「周到に根回しをしていたそうだ。味方を作れる状況になかった先々代は孤立無援。そんな状況だけど、幸いだったのは妃が宰相の言いなりにならなかったことだ」

「そうなんですか?」

「彼女は真に国を思う人だった。だから、王座の誉を取り戻すため王を助け宰相を退けるよう動いたようだ。けれど、その前に宰相は病死した。その後、どうなると思う?」


 ドハティ公爵から問いかけられ、ライリーは視線を落とした。

 

 頭に浮かんだのは冒険者ギルドでのことだ。

 孤児院に仕送りをするため、金を稼ぐことしか考えていなかったライリーは、ジャクソンからある忠告を受けていた。


「どんな冒険者がいるか、ちゃぁんと観察しておけよ。トラブルに巻き込まれるからな」


 冒険者にも派閥みたいなものがある。

 あそこのパーティはどこそこのパーティと揉めたことがある、だとか。

 あのソロの冒険者は有名なパーティから可愛がられているからいいやつだ、だとか。


 世界を渡り歩く冒険者でさえそうなのだ。

 王宮という狭い世界にも派閥があるだろう。

 とすれば、答えは自ずと出てくる。

 

「次の『宰相』は誰か、争いになると思います」


 ドハティ公爵はライリーの答えを聞いて満足そうにティーカップを傾けた。

 

「その通り。結局、今に至るまで宰相は保守派の貴族が担っている」


 ミルクティーを一口飲んだドハティ公爵は、音もなくティーカップをテーブルに置く。

 彼の様子は初めて見た時と変わらず穏やかだが、その認識が間違っていたのだと気付いたのは、彼がテーブルから視線を上げた時だ。

 

「保守派の貴族に擦り寄られ、革新派の貴族からは言いなりの無能な王だと後ろ指をさされる。それは今も変わりない。要はね、王家はお飾りだと舐められているんだよ」


 その瞳には憤怒が燃え盛り、しかし、視線は氷のように冷たい。

 国を裏から支配している影のトップ。

 その鱗片を見せつけられ、ライリーの背中に寒気が走った。


「そう、なんですね……?」


 かろうじて裏返った声を返せば、ライリーの様子が変わった原因を探ろうと、ドハティ公爵以外が視線だけ巡らせる。

 最初に気付いたのは、彼の隣に座っていたオーウェンだ。

 

「叔父上」

「おっとごめん。つい、ね?」


 オーウェンから咎められたドハティ公爵は、瞬時に苛烈な圧を引っ込めた。

 それにライリーは胸を撫で下ろす。

 人間の悪意や魔獣の殺意には慣れているつもりだったが、ドハティ公爵のそれは、今まで感じたことのないほど凄まじかった。

 あんな恐ろしい視線に晒され続けていれば、近いうちに粗相をしていたことだろう。


 ドハティ公爵が原因だとわかった一同は、何事もなかったように素知らぬ顔をしている。

 さすが、陰謀渦巻く王宮に務めているだけある。


「っとまあ、ここまでが前提でね。現王の王妃は革新派筆頭のフリッツパトリック侯爵家の長女アイリーンで、ミカエラの実母。側妃は保守派筆頭のマググラス侯爵家の三女エーファで、オーウェンの実母だ」

「保守派と革新派からそれぞれ妃を選んで、権力のバランスを取ったんですね」

「ついでに文句も言わせないつもりだったんだ。でも、最近は王位継承についてうるさくてね」


 彼らのうんざりした様子を見るに、外野からの横槍は相当なもののようだ。

 権力や名誉が絡むと碌なことがない。

 ひしひしと伝わってくる嘆きに、ライリーは頷くことしかできない。

 深いため息をつくドハティ公爵に代わり、オーウェンが説明を引き継いだ。

 

「保守派は私を、革新派はミカエラを王位に就かせて地位を盤石にしたいと目論んでいます。その対立から、王妃と側妃は不仲だと決めつけ、その子どもである俺たちも折り合いが悪いと思われているのです」

「実際はめちゃくちゃ仲がいいんだけどね」


 オーウェンと視線を合わせたミカエラは、茶目っ気たっぷりに笑う。

 

「王宮でお茶会なんかすると毒の嵐でしたから、気兼ねなく遊べるのは避暑地に静養に行く時だけでしたね」

「それ以外は影を使って手紙交換でしか交流できないしさぁ。大体、骨肉の争いを避けるために、長子以外は影の役割を果たすことになっているんだよ? じゃなきゃ今頃王家は誰も生きていないって」

「影について、王族と構成員以外の貴族たちは、その存在さえ知りません。でも、兄弟を争わせるなんて、そもそも趣味が悪いんですよ」

「趣味が悪いのはアレもだよね」

「アレ、とはなんですか?」


 抽象的な言葉に、ライリーは首を傾げる。

 それを見た彼らは、苦虫を噛み潰したような顔をした。

 それを見て、なんとなくの予想はつく。

 

「保守派は裏社会と繋がり人身売買や違法な薬物の流通。革新派は他国の貴族と繋がり武器の密輸や王位簒奪の準備」

「罪状を挙げるとキリがないくらい、悪事に手を染めているんです」

「極め付けは暗殺計画ね」

「暗殺も、ですか……」


 ライリーの予想は当たった。

 これまでの話から、あるいはライリーの経験から、貴族にまともな奴が少ないことは承知済みだ。

 そこから導き出せる答えは、犯罪しかない。

 しかし、思っていたよりも犯罪の規模が大きい。

 王族を嘲り、傀儡にしようとするだけでなく、国家転覆すら狙っているなんて。

 

 一瞬、ライリーの意識が遠のいた。

 無関係であるライリーすらこうなのだ。

 当事者であるドハティ公爵たちは、どれだけ頭を痛めていることか。


 ライリーの気遣わしげな視線に気付いたのか、ドハティ公爵は和かに笑ってみせた。

 

「革新派はオーウェンを、保守派はミカエラの命を狙っている。しかも、九ヶ月後にあるミカエラの成人の儀の日。夕方から始まる夜会が決行のタイミングのようだ」


 ライリーも四年前に経験した成人の儀。

 それは、成人を迎える十八歳の誕生日に行われる儀式で、神と四大精霊に成人したことを報告し、誠実に生きることを誓うものだ。

 平民は一年に一度、年末に合わせて執り行われるが、高貴な人々は正式な日取りである十八歳の誕生日に執り行うと聞く。


 成人の儀は、規模に差はあれど祝福に満ちたものだ。

 それを執り行った日に襲撃を企てるなど、正気の沙汰ではない。

 

「派手な計画だよね。流石に何かの間違いなんじゃないかと思ったけど、影が集めてきた情報は確かなものなんだ」

「それならいっそのこと、これを機に腐った貴族を潰して、王位の誉を取り戻せばいいんじゃないかとなりまして。夜会は貴族の義務ですから、奴らの家はガラ空き。そこを狙うつもりです」


 ドハティ公爵、ミカエラ、オーウェンは、それぞれ生き生きと話し始める。

 それはそうだ。

 現状を打破できる機会が間近に迫っている。

 辛酸を舐め尽くした時代が終わるのだ。


 とはいえ、彼らの計画には難があるように思えた。

 

「夜会はどうされるのですか?」

「私は風属性の魔術の使い手でね。王宮にいても国内に散った影に指示を出せる。ただ、この計画にはミカエラが現場に行く必要がある。ミカエラは、地の属性の魔術と、『無効化』の魔術が使えるんだ」


 この部屋に来て、何度気を遠のかせればいいのだろうか。

 

 無効化の魔術は、お伽話の中だけのものだと思われても仕方のないくらい、珍しい魔術だ。

 記録では、扱えた者は過去に二人しかいなかったとされている。

 どんな魔術も、無効化の前では無意味で、つまり無効化は最強の魔術なのだ。


 その魔術を使える者が目の前にいる。

 誰もが一度は憧れる魔術の使い手に、ライリーの視線はミカエラに釘付けになった。

 

「ミカエラには、その魔術で奴らの邸宅を護る魔術を無効化してもらい、動かぬ物的証拠を集めようというわけだ」

「成人の儀は聖なる儀式だから僕が出席するのは当然なんだけど、夜会は誰かを影武者にして抜け出せばいいでしょ」

「ところが、影武者の選定が難航していてね。まあ、そんな時だよ」


 ドハティ公爵は言葉を切り、ティーカップを手に取り、ミルクティーを飲み干した。

 

「第二王子は王族の責務を放棄し、王宮を抜け出してハルデランの冒険者ギルドに夜な夜な出入りして遊び呆けているようだ。そんな噂が一部の貴族たちの中で流れてね」

「当然、僕はそんなことしてないよ。勉強やマナーレッスン、剣術の訓練や影の任務で忙殺されているんだから」

「大体そんな暇があれば、とっくに腐った貴族を潰して回っていますからね」

「火のないところに煙は立たない。ハルデランに何かがあると確信した私たちは、冒険者ギルドのマスターをしている影、ジャクソンに連絡を取った。ところが彼、なんて言ってきたと思う?」


 ドハティ公爵は、くっと喉を鳴らした。

 堪えなければ、大笑いしてしまう。

 そんな反応だ。


 ライリーはジャクソンの顔を思い浮かべた。

 ジャクソンは優しく親切だ。 

 しかし、その正体が影だと明かされた後の彼の言動を見るに、限度を知らないユーモアも兼ね備えている。

 いや、でもまさか。

 

「ええっと……」

「面白いから見に来い。それだけだよ。まったく、困った人だ」


 答えを聞き、ライリーは思わず頭を押さえた。


(嘘だろジャクソンさん……! 上司に向かって何てことを⁉︎)


 それも、ただの上司ではない。

 国を統治する王族に、だ。

 

 普通、そんなことは畏れ多くてできない。

 失礼だが、ジャクソンは頭のネジが一本外れているようだ。

 家出した妻がいるとのことだが、まさにこういうところが原因なんだろう。


 しかし、ドハティ公爵は不快に思ってはいないようだ。

 もしかしたら、そんなところも好意的に見ているのかもしれない。


 頭を軽く振り、ショックから戻ってきたライリーに、ドハティ公爵は楽しそうに笑った。

 その笑みは歓喜に満ちている。

 

「そこでユリウスを向かわせた。そして見つけた」


 ああ、皆まで言われなくともわかる。

 

「ミカエラと瓜二つの、君をね」


 その言葉から、ライリーは何故、王宮に連れてこられたのかを理解した。

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