第13話 彼の正体
「ミカエラ。彼が困っているだろう」
ライリーの顔をこねくり回している彼――ミカエラ――を止めてくれたのは、上品で貴族然とした服を着ている男だった。
髪はミカエラと同じプラチナブロンドで、男性にしては長い髪を後ろで一つ結びにしている。
瞳も同じく蜂蜜色だが、顔はあまり似ていない。
ミカエラが中性的で溌剌とした顔をしているのに対し、精悍でありながら、どこかミステリアスな雰囲気のある顔をしている。
「すみません叔父上。つい興奮しちゃって……。君もごめんね」
「とんでもございません」
非があったのは挨拶もなしに飛び付いてきたミカエラだが、立場はどう考えても彼の方が上だ。
ミカエラから謝罪され、ライリーは慌てて姿勢を正し、頭を下げた。
「頭を上げて。僕が悪いんだから」
そう言われたって立場があるだろう。
ライリーは「いえ」と断わったが、ミカエラはライリーの頬に手を添えて上を向かせた。
「ね?」
そうされては逆らうことなんてできない。
ライリーは体の力を抜き、されるがままになった。
顔を上げたことで、自然と部屋の様子が目に入る。
そこは、豪奢な装飾に包まれた広い部屋だった。
窓を背に細かい彫刻が施された執務机と、その下座の位置に三つの机が横に並んでいる。
両側の壁には難しそうな本が所狭しと並べられ、部屋の中央にはソファとローテーブルが応接用に置いてあった。
ライリーたちが出てきたのは、隠し扉になっていた本棚の一画だ。
この部屋にいるのは七人。
ライリーを含め、ハルデランからここまできたメンバーが四人。
ミカエラと、その『叔父上』と呼ばれた男。
そして、『叔父上』の隣に立つ、彼と似ている若い男だ。
「さあ、ライリーくん。こちらへ」
『叔父上』に促され、ライリーは部屋の中央にあるソファまで歩みを進める。
彼とミカエラ、もう一人の金の色を持つ男は、ライリーの対面にあるソファに。
ファングエラ、そしてユリウスはそのソファの後ろに立つ。
ファングはソファに座るよう手で指示してきたが、ライリーはその横で立ち止まった。
「どうしたんだい?」
「服が汚れていますので、こんな立派なソファには座れません」
「ああ、なるほど。だが気にしなくていい。高いものじゃないし、汚れたら綺麗にすればいい」
『叔父上』はなおも朗らかに笑い、ライリーをソファに座るよう促してくる。
(これ以上断ったら、逆に不敬だな)
ライリーは諦めてソファに座ることにした。
「では失礼します」
「どうぞ。ひとまずこれを飲んで一息ついて」
テーブルに置いてあるティーカップには、たっぷりとミルクティーが入っており、芳しい香りと共に湯気を立てている。
休憩を適度に取りながらの移動だったが、きちんとした椅子やソファに座っていたわけではない。
提供されたミルクティーは、とても魅力的に見えた。
「ありがとうございます。いただきます」
ライリーは遠慮なくカップに口をつけた。
ちょうど良い温度の甘く濃厚なミルクティーは疲れた体に染み渡っていくようだ。
文字通り一息ついたライリーは、テーブルを挟んで対面に座る彼らに視線を向ける。
すると、『叔父上』は朗らかに微笑んだ。
「飲みながらで構わない。まずは自己紹介からさせてもらうよ。私はローレンス・ドハティ・サニーラルン。現王の王弟で、ドハティ公爵の位を賜っている。そして、影の頭目だ」
彼――ドハティ公爵の言葉に、ライリーは目を剥いた。
(目の前のやけに整った顔の御仁が王弟殿下で、影の頭目だって? ラスボスじゃないか!)
まさか、ここに辿り着くまでに散々聞いていた影のトップに会うことになるなんて、誰が想像するだろうか。
口に含んだミルクティーを吹き出しそうになり、すんでのところで粗相を回避した自分を褒めてやりたい。
ドハティ公爵は動揺しているライリーを楽しそう眺めている。
クッと喉で笑うと、彼はライリーから向かって右に視線を向けた。
「こちらはオーウェン王太子殿下」
「よろしくね、ライリーくん」
オーウェンはドハティ公爵に似た顔を輝かせている。
態度は落ち着いているものの、視線はライリーの顔に釘付け。
ライリーに興味津々という態度が隠せていない。
「そして、こちらがミカエラ第二王子殿下だ。ミカエラは影の次期頭目だよ」
「僕もよろしくねぇ」
ドハティ公爵がミカエラを紹介すると、彼は手をヒラヒラさせ、にぱっと笑った。
ミカエラはおそらく成人年齢である十八歳前後だろうが、笑うとかなり幼く見える。
「よろしくお願いします」
無礼のないよう挨拶はしたが、身分差も甚だしい王族と平民が、何をどうしてよろしくしろというのだ。
王族で、影の統率者がいるこの場で、どんな話をされるのか。
きっと碌な話じゃない。
(今すぐハルデランに帰りたい)
覚悟半分、諦めて半分でここまで来たが、今は後悔が心を埋め尽くしている。
それでも、帰りたい気持ちをどうにか宥め、ティーカップをテーブルに置き、空いた両手で膝を押さえつけた。
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