第12話 秘密の通路の先に

 ライリーは丘陵を下りながら、初めて見る王都に胸を高鳴らせていた。

 あの立派な白い城壁を潜ると、どんな景色が広がっているのだろうか。

 それを楽しみにしていたのだが、ライリーたちは丘陵を下りきると、何故か大型馬車が三、四台すれ違うことができる城門に続く大きな街道を素通りし、王都の西側に進んでいく。


「おい、王都はあっちだろう?」

「こっちで合っている」


 ライリーが後ろを振り向いてユリウスに問いかけると、彼は馬鹿にしたような顔と声で答えた。

 ビキリ、とこめかみに青筋が浮かんだのが自分でもわかる。

 

(こいつ、いちいち俺を馬鹿にしないと死ぬ病気なのか?)


 ふんっと鳴らした鼻をへし折ってやろうか。

 そんな衝動を抑えられたのは、ファングとエラがユリウスを嗜めてくれたからだ。

 しかし、嗜めた二人は揃って苦笑している。

 おそらく、ユリウスはいつもこんな感じなのだろう。

 そういうものだと思って諦めるしかなさそうだ。


 綺麗に整備された農道には行き交う人もいるためゆっくりと、そこを抜けて再び草原になると、再び馬を走らせる。

 立派な城門を通りたかったと恨めしげに振り返るが、無情にも遠ざかって豆粒のように小さくなるのを見送るばかりだった。

 

 進行方向には大きな林が広がっている。

 目指す場所はその奥のようだ。

 林の手前に「立入禁止」と書かれた立札があったが馬は止まらない。


(おいおい、立入禁止って書いて……うわっ何だ⁉︎)


 立札を通り過ぎる瞬間、薄い膜をすり抜けるような感覚に襲われた。

 例えるなら、シャボン玉にそっと指を突き入れた時の感覚を全身で感じている。

 そんな感覚だった。

 

 おそらくは侵入を阻む類の魔術だ。

 三人が躊躇いもなく林に馬を進め、その魔術にも弾かれなかったということは、ここは王宮が管理している場所なんだろう。


 林の中をしばらく進むと視界が開け、広場に出た。

 そこには、小屋というには大きすぎるが、見た目だけはそれだとわかる建物が二棟と厩が建っている。


「ここは王家の狩猟場でね。許可した者しか入れない区域だよ」

「ああ、なるほど」


 ファングの説明で、推測が合っていたことがわかった。

 ライリーが納得していると、馬は二棟の小屋の間にある厩に向かう。

 そこでライリーは、再び不本意ながら、ユリウスに補助してもらいながら馬から降りた。

 

 休憩を挟んでいたとはいえ、ほぼ一日は馬上の人だったライリーの股関節は悲鳴を上げてる。

 ガクガクと震えている足を見兼ねたユリウスがライリーの腕を掴んで支え、狩猟小屋へと誘導してくれた。


「初めての乗馬の旅はどうだった?」

「走っている時の景色や風が当たる感覚は好きですが、当分は遠慮したいです」

「ははっそれはよかった」

「笑い事じゃありません」

「見ればわかる」


 ユリウスはライリーの回答は分かりきっていたのか、機嫌よく笑った。

 抗議すればより一層笑われる。

 本気で乗馬は懲り懲りなのだが、伝わっているのかどうか怪しいところだ。


 ユリウスに誘導されて入った狩猟小屋は、地方の民家の造りとそう変わりはしなかった。

 玄関から入ってすぐのところには、暖炉のあるリビングダイニングが広がってる。

 奥に続くのはキッチンやトイレ、シャワー室らしい。

 ないのは寝室くらいだ。

 

 ただし、一般民家に比べてそもそも小屋の材木や置いてある家具に掛けた金が桁外れのように思える。

 暖炉の側に置いてあるロッキングチェアは、何の魔獣の皮を使っているのか不明だが上品な艶感があった。

 これに触って傷ひとつでも付けてしまったらと思うと、背筋に冷たいものが走る。


 視線をあちこちに移しては肩をびくつかせているライリーは、三人に連れられて暖炉の前に立った。

 ファングが暖炉の上辺の枠の中央に手をかざすと、暖炉奥の石壁がズズズッと重い音を立ててへこみ、右へとずれた。

 現れたのは地下に続く階段だ。


「凄い……」

「ここは王家の避難用の隠し通路だ。平時は私たち影が任務で使っている。王城までは距離があるが心配ない。酔うかもしれないが、辛くなったらユリウスがおぶってくれる」


 ライリーの感嘆に、ファングは秘密の通路の説明をしてくれた。

 知的好奇心を満たしてくれるのはありがたい。

 しかし、そんな危ない情報を聞いたからには、ますます逃げられない状況になる。


(何? 嫌がらせ? これ以上機密情報を俺に教えるなよ……)

 

 そして、極め付けは辛かったらユリウスがおぶってくれるという発言だ。

 おぶってくれと頼んだ時の、ユリウスのさらに小馬鹿にしてくる顔が安易に想像できて腹が立つ。

 支えてもらいながら歩いている今ですら馬鹿にしてきているようなやつに、これ以上借りを作りたくない。

 一生馬鹿にされるに決まっている。

 

「大丈夫です」

「本当か?」

「ええ、もちろんです」


 ユリウスは、ぷぷっという笑い声が聞こえてきそうな顔をしてくる。

 彼を一回殴っても許されるだろうか。

 

「ユリウス、仕事中」

「大人気ないわよ」


 拳をワナワナと震わせていれば、ファングとエラが庇ってくれる。

 しかし、ライリーは思うのだ。

 最初から余計なことを言わないように、人を煽る顔をしないように、手綱を握っておいてほしい、と。


 ファング、ユリウス、ライリー、エラの順番で暖炉を潜り、階段を降りていく。

 階段は地下の深いところまで続いているようだ。

 エラが隠し扉を潜ると、それは自動的に閉じていく。

 便利なものだ。

 

 中は真っ暗なのかと思いきや、これもまた便利なものが機能していた。

 両側の石壁の下方部には仄かに光る魔術が仕込まれていて、足元を照らしてくれている。

 それは通路の先まで続いていて、暗闇で不安になるということはない。


 そして、もっと驚いたのは動く道だ。

 地属性と風属性の魔術を掛け合わせたものらしく、ファングが片手を振ると、四人は立っているだけなのに前へと進んでいく。


(う、わ……! 何これ、凄い!)

 

 立っているだけなのに、どんどん進んでいく。

 揺れることなく、風が頬を撫でる。

 最初は物珍しさから目を輝かせていたライリーだが、その慣れない感覚から、途中から頭がクラクラしてきた。

 

 そんなライリーの様子を見かねてか、ユリウスは無言でライリーを引き寄せ、その体に寄りかからせてくれた。

 無言だったが、顔はうるさい。

 翻訳するなら「やれやれ、言わんこっちゃない」だ。


(クソッ……顔もムカつくけど、こんなやつに頼らなきゃいけない自分にも腹が立つ)


 体を支えるために掴んだユリウスの腕。

 行き場のない感情を、掴んだ手に込めた。

 ちょっとした意趣返しだ。

 

 それに対して、ユリウスは文句を言うこともなく、変わらず不敵な笑みを浮かべている。

 甘んじて受け入れるということだと解釈したライリーは、遠慮なくユリウスに体を預けた。


 視界の端から端までを埋め尽くす王都の外れにある林から王城を目指しているだけあって、通路は果てしなく続いている。

 時折、分岐点が現れるが、基本的な景色は変わらない。

 そのため、時間感覚が狂い、時間の流れが遅く感じる。

 雑談を交わしてはいるが、それだけでは気が紛れない。


(まだ着かないのか?)

 

 ライリーは心の中で何度も愚痴をこぼし、ユリウスの腕をさらに強く掴んで八つ当たりした。

 何度もそうしていると、さすがにユリウスも黙っていられなかったらしい。

 ファングとエラには見つからないように、一度だけ尻を軽く叩かれた。


「ッ……⁉︎」


 ビキッと鋭い痛みが尻を直撃する。

 声なき悲鳴を上げ、ユリウスにしがみついたライリーは、ユリウスに視線で謝った。

 それを受けたユリウスは、口元に笑みを浮かべながら頷くと、体勢を崩したライリーをさらに引き寄せる。

 その動きは思いの外優しくて、ライリーの心が僅かに熱を持った。

 

 体感的に、一時間はそんな状況だったのだろうか。

 何度目かのため息を吐いたとき、動く道は緩やかに停止した。


 目の前には階段、左右には道が延々と伸びている。

 ようやく王城に着いたらしい。


 もう地面は動いていない。

 しかし、まだ動いているような気がして、これもまた変な感じだった。


「ここからは静かに頼むよ」


 ファングは口元に人差し指を当て、そう指示を出した。

 彼の先導で階段を登っていく。

 階段は真っ直ぐに伸びたかと思えば右に行ったり左に行ったり、はたまた鋭角に曲がっていたりしている。

 それぞれの階層に着けば、人間が一人が通れる幅の通路が十字路のように伸びていた。

 

 ライリーはすでにどこをどうやって進んだのかさっぱりわからなくなっている。

 一人でここに放り出されたら遭難は必至だ。

 そんなことをするような人たちには見えないが、ライリーはユリウスの腕を掴みなおした。

 

 ユリウスに引きずられ、いや、誘導してもらいながら辿り着いたのは、なんの変哲もない石壁だった。

 ファングがそこに手をかざすと、壁が手前に、そして左にずれて、暗い通路に光が差し込んだ。

 ライリーは、あまりの眩しさに目を細めた。

 目が光に慣れないまま、ユリウスに手を引かれてその光の中に足を踏み入れると……。


「うわぁ! 本当にそっくり!」

「うぐッ⁉︎」


 興奮を隠せない声と共に、前方から何かが勢いよくぶつかってきた。

 しかも、ぶつかってきただけでなく、ライリーの胴体にがっしりと腕が巻き付いている。

 ライリーはその勢いで後方へと倒れ、飛びついてきた誰かの体重もそのままに尻餅をつく。

 瞬間、尻にビキンッと激しい痛みが走った。


「いっ……!」


 ライリーは飛び出しそうな叫びを必死で抑えた。

 ここは王城。

 騒げば侵入者として捕まってしまうからだ。


「あ、ごめんね。大丈夫?」

「は、い……。大丈夫です」

 

 興奮した声の主は、慌てた様子でライリーの上から退いた。

 そして、あやすようにライリーの頬を撫でる。

 

 相手は誰で、どんな見た目をしているのか。

 今すぐにでも確認したかったが、いかんせん光に慣れず目が見えない。

 何度か瞬きをして視界を取り戻そうとしていると、目尻に浮かんだ涙が頬を伝う。

 すると、声の主は涙の粒を優しく拭ってくれた。

 

 しかし、その手は次第にライリーの顔をこねくり回し始める。

 なめらかで少し冷たい手は遠慮の「え」の字もない。

 しかし、ライリーは混乱と痛みに振り回されて声も上げられない。


「はわぁ、凄い……! これならいける! 僕と同じくらい強いんでしょ? ばっちりじゃーん!」


 何度も瞬きをし、徐々に視界が戻ってきた。

 やがてクリアになった視界に入ったのは、鼻先まで顔を寄せたライリーとそっくりな顔。

 

 勝気な猫目にすっと通った鼻。

 ぷっくりとした唇は艶々で、顔の形は卵のようだ。

 

 ライリーとの違いは、三つ。

 髪型、髪と瞳の色、肌と髪の質だ。


 ライリーはざっくりと切った榛色の短髪に、コバルトグリーン色の瞳だ。

 女性のように手入れもしていないし、そんな余裕もないため、髪はぱさつき、肌はがさついている。


 それに対してライリーに似た彼は、肩口で切り揃えられているプラチナブランドをさらりと靡かせている。

 蜂蜜色の瞳は美しく、髪は艶々しており、触れている手もなめらか。


 彼が着ているのは上質な絹で作られた、貴族然とした服だ。

 王城にいることや、ファングたちの肩書きを考えると、彼の正体はなんとなく予想はつく。

 

 嫌な予想だ。

 彼は、王家に名を連ねるうちの誰だ?

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