第11話 王都へ
体を拭き終わって焚き火の場所まで戻る。
そこには、身支度を済ませたファングとユリウスがいた。
もしかしたら、ライリーが起きてすぐ、二人も起きていたのかもしれない。
「朝から鍛錬とは感心だな」
「そうでしょうか」
「騎士や冒険者ならともかく、一般人ではなかなかしないことだと思うよ」
「ありがとうございます」
ファングから褒められて良い気になっていると、焚き火を挟んで正面に座っているユリウスから不満の声が上がった。
「いいな……」
「え?」
簡潔明瞭な感情の声に顔を上げると、ユリウスの鋭い視線が襲ってくる。
彼の目元は険しく、口元は横に引き結ばれている。
(なんで? 寝る時も起きた時も、何にも変なことはしていないはずだけど……)
それとも、毛布を掛け直したことは、貴族にとって無礼だったんだろうか。
困惑しているライリーに、ユリウスはなおもじっとりとした目で見てくる。
そして、とても低い声でこう言った。
「ジャクソン様に稽古つけてもらうなんて羨ましすぎる」
ライリーは、ユリウスの言葉に呆然とした。
(……え?
ジャクソンに稽古をつけてもらうのはありがたい。
おかげで暴漢からは身を守れるし、魔獣に対しても強くなった。
ライリーには得しかない稽古だが、その過酷さ故に向こう一年は勘弁してほしい。
ジャクソンを前に、そんなこと言えるわけがないのだが……。
今度こそ、ユリウスからギリッと歯噛みする音が聞こえた。
ライリーはユリウスの激情にごくりと生唾を飲み込む。
ピンと張った緊張の糸を切ったのは、やはりファングだった。
「こらユリウス。妬むんじゃない」
「……はい」
「ジャクソン様は影の中で最強だから憧れている子たちが多くてね」
「なるほど」
ライリーは、ジャクソンは影の中では最強なのだということを思い出した。
別に忘れていたわけではない。
しかし、ジャクソンは日頃からフレンドリーで、どんな相手ともフラットに会話をする。
良い意味で偉ぶってない態度が、彼を身近に感じさせるのだ。
「そんなでもないだろ、こんなおっさんに」
「その無自覚さも奥方が家出した理由だと思いますよ」
「うぐっ……」
またしてもファングに妻の家出をネタにされたジャクソンは、否定できないと呟いて胸を押さえている。
(ジャクソンさん、奥さんに何をして家出されてしまったんだろう?)
昨日からずっとそのネタで揶揄われている。
最強の二つ名も形無しだ。
ライリーの胸に野次馬根性がむくむくと膨らんだが、ジャクソンの傷を抉りそうだからと我慢した。
そんなライリーたちの朝食は、エラが用意したパンと豆のスープ、魚の串焼きだった。
ジャクソンの料理に比べて優しい感じがする。
豆のスープはコクがあり、運動した体に染み渡るようで美味しい。
鍋はあっという間に空になった。
その後、使った皿やカトラリーを川でさっと洗ったり、テントを畳んだりして出立の準備をする。
手分けして掛かれば、作業はすぐに終わった。
ジャクソンはいつもの通りギルドマスターの格好を、ライリーを含めた四人は暗い色のローブを羽織りフードを目深に被る。
ファングに指示され、ライリーはネックガードも着けた。
これで冒険者ギルドに出入りするオリバーの完成だ。
ライリーは未だにぶすくれているユリウスに手を貸してもらいながら馬に乗った。
また尻が割れそうになる痛みに耐えなければならないかと思うと、今日一日が憂鬱だ。
それでも、出発の時はやってくる。
「じゃあ、気をつけてな」
「はい。ジャクソン様も」
ジャクソンが元気よく別れの挨拶を告げれば、ファングがそれに応える。
「俺はこの辺慣れてるからな。ライリー、不満はあるだろうがこの三人は最も信頼できるやつらだ。必ずお前を守ってくれる。ちゃんと頼れよ」
ジャクソンは馬をダイアナの横につけると、馬上のライリーの頭をフードごと掻き混ぜた。
子ども扱いされたというのに、今日は何故だか嫌じゃない。
「はい」
「じゃあな」
それぞれがジャクソンと別れを交わすと、名残惜しい気持ちを残したまま、ライリーたちは王都へ、ジャクソンはハルデランへと馬の頭を向ける。
ユリウスが馬の腹を蹴れば、ダイアナは軽快に走り始めた。
一晩休んで馬たちの調子はいいようだ。
王都までの道のりは険しかった。
街道を通ればなんてことはないが、時間短縮と人目を避けるため、今はほとんど使われていない旧街道を通る。
川の浅瀬を渡り、林を抜け、道が合っているのか不安になる草原を駆けていく。
昼食はエラが朝に作り置きしていたサンドイッチで、なだらかな丘の上で馬を休憩させながら食べることとなった。
バゲットに野菜とハムが溢れんばかりに詰められている。
オリーブオイルベースのソースが素材の味を引き立てていて、とても美味しかった。
それから少し休憩したあとはノンストップだった。
いくつもの草原や林を抜け、たまに道らしい道を走る。
やがて、一行は小高い丘陵を登りきった。
「見ろ、あれが王都だ」
ユリウスが指し示す場所。
それは、地平線に沈む西日に照らされ、どこまでも広がる王都だった。
白い城壁に守られた街。
城壁に近い建物は煉瓦のオレンジ色に染まり、中心にいくほど岩が使われている建物なのか白く輝いて見える。
視界の端から端までが王都の街で埋め尽くされ、ライリーはその巨大な人工物の塊に圧倒された。
とはいえ、王都といえど、壁の外には畑が広がっている。
人工物と自然が隣り合っている景色は、しかし調和が取れているように見えた。
「ここが、王都」
王都の大きさに圧倒されていたライリーは、それだけしか言えなかった。
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