おじさんが技術屋娘の愚痴を中華居酒屋で聞かされる話

英 慈尊

本編

 スマートフォンの画面に映し出されているのは、例えるなら、屹立したカニのような外観をしたロボットである。

 全長は、おおよそ5メートル程であることが分かった。

 何故、画面越しにそんなものが判別できるのか……。

 それは、ロボットの周囲に、破壊され、転がされたパトカーが、何台も転がっているからである。


『続いてのニュースです。

 一時間程前、港区にてフォンフレームを用いたテロが発生しました。

 犯人の要求は、不明。

 フレームを現出させた後、駆けつけた警察を相手に大立ち回りを演じ、ご覧の惨状を生み出しました』


 ――フォンフレーム。


 電子相転移デジタライズ技術によって突如現出するマシーンの初動を防ぐ手は、存在しない。

 結果、世界一優秀な日本の警察が、迅速に駆けつけ……。

 装備の貧弱さを晒し、血税によって購入されたパトカーなどが無残に破壊された様を報道されてしまうのが、近年では風物詩と化している。


 唯一、手放しで褒められるのは、テロリストが操るフレームの周囲を、全員無事だったらしい警官たちが慌てて逃げ回り、引け腰ながら包囲の態勢を敷いていることだろう。

 まあ、これは例えるなら、プロレスラーが受け身のプロフェッショナルであることと同じ……。

 やられることへ慣れすぎていて、自分たちの被害を抑えることに、上達しきってしまっただけとも言う。


『――と、ここまではいつも通り。

 ここからも、いつも通りです。

 テロリストのフレームは、駆け付けたマスタービーグル社のフォンフレーム……。

 アルタイルによって見事制圧され、犯人は警察により確保されました』


 ニュースキャスターの言葉通り……。

 野次馬のスマートフォンによって撮影されていたらしい映像が、夜空へと向けられる。

 そこに、現れたモノ……。

 それは、赤い人型だ。


 全身のシルエットは、均整が取れていて、まるでアスリートのよう。

 機体は、これでもかというくらいにド派手な真紅へ塗装されていて、見ようによっては、巨大化したプラモデルのように思えた。

 極めつけは、頭部の造形だろう。

 一体、何の意味があるのか……。

 いや、間違いなく深い意味はないデュアルアイを装備し、人間のそれを思わせるフェイスマスクなども装着されているのである。


 何という、趣味的なデザイン……。

 90年代のアニメーターにデザインさせたようなヒロイック・マシーンが、背部のブースターから火を吹かせて飛翔していた。


 そして――着地。

 同時に、腰の電磁剣を引き抜くと、悪党が操るカニ型マシーンへ向けたのである。


 そこからは、一方的だ。

 カニ型マシーンは、解体用重機じみた――というより間違いなくそれを転用してる――爪を、人型に向けて振るうのだが……。

 人型の方は、見た目通りに軽快な運動性能を見せつけ、それらを軽々と回避し続けた。


 そして、カウンターの電磁剣による斬撃。

 切れ味よりも、フレームへ電磁的打撃を与えることに重点を置いた攻撃は、的確にカニ型マシーンの運動性能を落としていき……。

 やがては、四肢の中枢部へ突き立てられ、完全にこれを無力化させる。

 お手本のようなフォンフレーム制圧劇と呼ぶべきだろう。


『この後、テロリストの操るフォンフレームはコックピットハッチを引き剥がされ、警官隊により犯人が確保されました。

 犯人の行動目的や素性などについては、現在、取り調べが続いており――』


「――もし。

 もしもし」


 ふと、前方から声をかけられた。

 スマートフォンから顔を上げると、視界に映るのはどこにでもある中華居酒屋チェーンの店内だ。

 店の中は、ちょい飲みを求めたサラリーマンや、あるいは安いラーメンで腹を膨らませようとする客で溢れており……。

 私の前にも、レバニラ炒めとビールのセットへ舌鼓を打つおじさんが座っている。


 そういえば、相席を求められてうなずいたんだっけ?

 ニュース映像に見入りながらビールを飲むので忙しくて、すっかりこの人の存在は頭から消え失せていた。


「どうされましたか?」


 アプリを閉じて、ワイヤレスイヤホンを外しながらおじさんに尋ねる。


「いや、どうしたもこうしたも……」


 困ったようにあごをかくおじさんは、本当に典型的なおじさんといった感じの人物だ。

 年齢は、40代前後だろうか?

 黒髪をオールバックにしていて、どこか疲れた雰囲気を感じさせる人物であった。

 夏ということもあり、半袖のワイシャツ姿なのだが、それもパリッとしてなくてみすぼらしい。


 このおじさんに声をかけられて、私が第一に浮かべた単語は、ただ一つ……。


 ――ナンパ。


 ……だ。

 22歳のうら若き乙女へ、見知らぬ男性が声をかけてきたのだから、真っ先にそれを疑うのは当然のことだろう。

 だが、実際には違った。


「見知らぬお嬢さんに、こんなこと言うのもなんだけど……。

 君、いくらなんでも飲み過ぎじゃない?」


 おじさんは、普通に心配そうな顔をしながら、私にそう言ってきたのである。


「えー、そうですかあ?」


 私はそう言いながら、卓のこちら側――自分が注文した品の並ぶスペースを見た。

 そこには、唐揚げと、ビールの空きジョッキと、空きジョッキと、空きジョッキと、空きジョッキと、空きジョッキが存在しており……。

 ついでに、半ばまで飲まれたジョッキが、私の手に握られている。


「うん、どこからどう見ても飲み過ぎだと思うよ?

 しかも、ピッチが早いし。

 おれが席に着いてから、立て続けに3杯くらい飲んでるよね?

 その前からも、同じペースで飲んでたの?

 よくないと思うよ。そういう飲み方」


 そうなのだろうか?

 全然気づかなかった。

 そういうの、意識する精神状態じゃなかったし。


「あんまり、説教みたいなこと言うもんじゃないけどさ。

 いくら今日が金曜日で、君が若いといっても、もう少し体を大事にした方がいいと思うよ?」


「残念でしたー!

 私、明日もバッチリ仕事ですー!」


「あらら。

 余計によくないじゃない」


 ジョッキを掲げた私の言葉へ、おじさんがわずかに眉をひそませる。


「いいんですよー。

 飲まずにはやってられないんですから。

 そうだ。

 おじさん、ちょっと愚痴聞いてもらえますかあ?」


「身も知らぬ相手に、ぐいぐい絡んでくるねえ。

 こりゃ、声をかけたのは失敗だったかな」


 おじさんが何か言ってる間に、手に持ったジョッキへ口をつけた。

 そして、そのまま……一気に残る中身を飲み干す!


「――プハアッ!

 すいません、生おかわり下さい!」


「言ったそばから、またおかわりして……。

 まあ、愚痴くらいなら聞いてあげるから、そのおかわりを最後の1杯にしときなよ」


 おじさんが呆れた顔をしている間に、店員のお姉さんが、おかわりのジョッキを持ってきてくれる。

 この手際の良さは、おそらくエースアルバイトに違いあるまい。

 ついでに、彼女が空いたジョッキを片付けてくれたので、テーブルの上にはややスペースができ……。


「ん……ん……ん……。

 ――プハアッ!」


 再びジョッキに口をつけた私は、空いたスペースへドンとジョッキを叩きつけた。


「名も知らぬおじさん!

 聞いてくださいよ!」


「はいはい、聞いていますよ、と。

 何か、仕事で嫌なことでもあったのかい?」


「そうなんです!

 まさにその通りなんですよ!

 おじさん、サラリーマンっぽいけど、実は探偵か何かなんですか?」


「いやあ、大抵の場合、そこまで荒れるのは仕事か恋愛に絞られると思うよ」


「いよ! 名探偵!

 眠りのおじさん!

 せっかくだから、私がどんな仕事をしているか、当ててみてくださいよ!」


「話を聞かないねえ。

 そうだな……」


 あごに指を当てたおじさんが、やや真剣な眼差しをこちらに向けてくる。

 それから、こう言ったのだ。


「うん……技術者かな?

 この場合は、プログラマーなんかも含むよ。

 それで、何か不本意なプロジェクトとかへ関わらされて、その不満を酒で晴らしてる」


「大正解!」


 やっぱり、このおじさんは名探偵だ!

 きっと、毎度のごとく麻酔針を打ち込まれて、すでに総摂取量は致死量を遥かに上回っているに違いない。


「私、フォンフレームの技術者なんですよー」


「おお、すごいじゃないか?

 フォンフレームって、あれでしょ?

 スマホから、ウルトラマンみたいにロボットが出るやつ」


「デジタライズですね。

 まあ、別にロボットじゃなくても、車でもバイクでも出せるんですけど……。

 ロボット型を使ったテロが横行してるんで、そういう固定観念は抱かれがちですね」


「まあ、どんな尊い技術でも、悪用しようって輩は現れるものだからねえ。

 ちなみに、どここのメーカーで働いてるんだい?

 四菱? それともスズカかな?」


 レバニラ炒めを食べながら聞いていたおじさんが挙げた社名は、いずれも大手メーカーだ。

 だが、私の勤めている会社は、もう一つ上のグレードである。


「どっちも不正解!

 名探偵さんの調子が狂ってきましたかね?

 私がつとめているのはー……。

 マスタービーグル社でーす!」


 ケラケラと笑いながら、勤め先を漏らす。

 冷静に考えたら個人情報の気もするが、こんな中華チェーンで、知らないおじさんに教えるくらいは別にいいだろう。


「ほおう。

 大手も大手。

 一番の大手メーカーじゃないか。

 しかも、そこでフォンフレームというと……。

 えーと、あれだ。

 なんだっけ?」


「アルタイルですか?」


「そう、それそれ。

 カッコイイよね。

 社長さんは確か、カドキって人だっけ?

 自分でロボットに乗って、テロ退治で大活躍なんてさ。

 ……おや」


 私が膨れっ面をしていることに気づいたのだろう。

 おじさんが、やや意外そうに小首をかしげた。


「べっつに、全然格好良くなんてないと思いますけどー?

 こんなの……」


 さっきまで見ていたニュースアプリを立ち上げ、シークバーの操作。

 そして、問題のフォンフレーム――アルタイルが映っているところで、停止させる。


「こんなの、金にあかせて作ったでかいプラモですよ!

 でかいプラモ!」


 大事なことなので二度言って、唐揚げを頬張った。

 うん、やっぱりここの唐揚げは美味しい!


「でっかいプラモかあ。

 まあ、確かに趣味全開のデザインだとは思うよ」


「でしょ!?

 狭い都会で、時に人型が優位性を発揮するのは否定しませんよ?

 実際、それでテロ活動されて、警察は片付け屋と呼ばれるまでになってますし。

 ただ、それならテロリストが使ってるような多脚型か、あるいは風呂釜に手足を付けたようなロボットで十分なんですよ!

 こんなの、美しくない!」


「そっかあ、美しくないかあ……。

 でも、そんなこと言っていいのかい?

 報道見てるけど、これを設計したのも、君んとこの社長さんでしょ?」


「そんなの関係ないですよ。

 趣味の合う合わないに、上司もへったくれもありません。

 ……はあ」


「熱くなるねえ。

 もしかして、君、この趣味が合わないロボットの関連部署にでも、配属されたの?」


「そうなんですよー」


 別に、私は泣き上戸というわけじゃないが……。

 今ばかりは、泣きつくようにおじさんへ視線を向けてしまう。


「私、自分のフォンフレームを設計するのが夢だったのに……。

 よりにもよって、社長が指揮する対テロ対策部へ異動になっちゃって……」


「テロ対策の最前線じゃないか。

 そんなとこの所属になったなんて、大声で言うもんじゃないよ」


「あー……。

 それもそうですね」


 いけない。これはおじさんの言う通りだ。

 何かやたらと話しやすい人なので、ついつい、余計なことまで漏らしてしまった。


「それにしても、マスタービーグル社の社長室かあ。

 あそこの社長、SNS時代だからって警戒して、一切表に顔を見せてないって話だよね?

 最近は、内閣直々の要請でテロリスト退治してるから、尚更。

 どんな人なんだろうねえ?」


 おじさんが話したのは、日本人の多くが関心を持っている事柄だろう。

 マスタービーグル社社長――カドキ・ハジメ。

 その名前からして偽名らしく、正体を知る者はごく少数の役員や、それこそ総理大臣みたいな外部の大物に限られるといわれている。


 でもまあ、私にとっては、知ったことじゃない。

 どうせ、明日になれば嫌でも顔を見ることになるんだし……。


「きっと、いけ好かないおっさんですよ。

 いい年してTシャツ着て歩き回って、チーズバーガーが好物だとか言って庶民派アピールするような」


 おそらく、そのような人間であるに違いないのだ。

 あー、やだやだ。生理的に嫌なタイプ!


「決めつけるねえ。

 ……と、最後の1杯も飲み干したし、今日はそのくらいにして帰りなさい。

 明日も、仕事なんだろう?

 自分で帰れないようなら、タクシーに乗せるくらいまでは見届けてあげるから」


「ありあとうございま……ふあ」


「あーあー、寝ないの。面倒なことになるから。

 すいませーん! お勘定!

 こっちのお嬢さんの分も、おれに付けて!」


 朦朧とする頭を抱えながら、なんかおじさんに奢られて、ついでに表でタクシーを呼んでもらい……。


「……ふう、やっと住所を聞き出せた。

 それじゃ、出してしまって下さい。

 君、着いたらちゃんと起きるようにね?

 あんまり、運転手さんを困らせないように」


「あいあい。

 おごってもらってありあとうございま……くあ……」


 それで、私の意識は闇に落ちたのである。



--



 で、運転手さんに起こされて、おじさんが先払いしていたのだというタクシー代の釣り銭を、無理矢理渡されて家に帰った。

 ……あのおじさんに、あらゆる意味で迷惑かけてしまったことを猛省したいが、それより先に、アルコール過剰摂取への猛省がゲロと共に込み上げたものである。




--




 翌日。

 ウコンの力で二日酔いを乗り越えた私は、マスタービーグル社の社長室へとやってきていた。


 ビルのガラス面が、そのままモニターとして機能する室内は、広々としていて……思ったより殺風景。

 そんな部屋の中……。

 唯一、存在する調度が社長のデスクであり、社長その人は私に背を向けて座っている。


「オシイ・シノブです。

 本日より、対テロ対策部の所属となりました!」


 ぴしりと背を伸ばしながら、挨拶。

 果たして……。

 正体が謎に包まれた天才技術者にして社長――カドキ・ハジメが、ゆっくりとこちらに椅子を回転させた。


「――あっ!?」


 そして、その顔を見た私は、驚愕の表情で指を指してしまったのだ。

 だって……だって、この人は……。


「どうも。

 そういうわけで、おれがカドキ・ハジメです。

 よろしくね」


 昨日、中華居酒屋で相席したあのおじさんだったのだから……。

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