貴方の為は誰の為

「なぜ。邪魔をする?お前はとても大きな『不安』を抱えている。その不安はないほうがよかろう?」

「……」

「これで解決するのだぞ」

「だから?」

「私に『不安』を寄越すのだ。これはお前を幸せにしない。私に寄越せば、お前は幸せになれるのだ」


 かちん。


「誰がお前なんかに渡すものか」


 自分でも吃驚する程、感情の乗らない声がでた。

 握り締める手にまた力を込める。

 トゲが先程より食い込んで痛いけど、今はこれくらいの方が頭が冴える。


 不安はないほうがいいに決まっている。

 それはわかる。

 実際、今の今まで不安に押し潰されそうだったのだから。


 だけどなに?

 不安がなければ幸せになれるって。

 今の私幸せじゃないみたいに言うなよ。

 私の今までが幸せじゃなかったみたいじゃん。


 確かに思い返せば、幸せじゃないかもしれないけど。

 ……うん。

 幸せじゃないなそこはあってる。

 認めよう。


 でも全部が全部、どん底だったわけでもない。

 向こうの世界にいた時だって、こちらの世界に来てからだって、幸せがなかったわけじゃない。


 よく、不幸な人は身近な幸せに気づかないって言う。

 幸せは一瞬の出来事だよって。

 もしかしたら、私だって気づいていない幸せがあるかもしれない。

 気づいただげでも、不幸せより少ないけど確かに幸せがあったのだと思う。


 それにその不安がなくなってしまったら、私は私であるのだろうか。


 否。

 それは私ではないだろうし、私の求める幸せではない。

 私は不安も悲しみも痛みも苦しみも、全て飲み込んだ上での幸せがいい。

 乗り越えて行くことの出来ない不安や悲しみは、忘れてしまうのがいいのかもしれない。


 でも私はこの感情も一緒に連れていきたい。


 例え行く先が真っ暗闇の細道で行き止まりだったとしても。


 もしかしたら。

 それがなければ人の痛みが、悲しみが、苦しみがわからないモノになってしまうかもしれないから。


 だから私はそんな幸せはいらない。


「『今日』を経験するからその次に『明日』があるの。過ぎた時間を重ねた上にある、やっと訪れる『明日』がいいの。全てを投げ出して掴んだ幸せはきっと私の幸せじゃない!」


 そこで、私は昔話を聞いたときのイライラの原因に思い当たる。

 向こうの世界の昔話と一緒だ。


「あなたのため」と言ったって本当にそうとは限らない。

 私の求める幸せは、こいつがもたらす幸せと方向性が違うのだ。



 第一、その幸せが長続きするとは限らんだろ。

 それに、今まで逃げる事を極力してこないようにしてきたのに、はいそうですか、と投げ出すわけにはいかない。


 そんなの自分が許せない。

 今まで散々な人生だったんだ。

 今さらだろ?不幸だなんて。

 それになんでお前が決めてんだよ。


 こいつが神様なのか、なんなのか知らないけど、助けるならもっと早くこいよ。


 今更遅すぎんだよ。


「今さらやって来て簡単に手に入れれると思うなよ。勝手に不幸認定するなよ。幸せの押し売りをしないで!!」


 そして、一段と大きな声がでた。


「ふざけんな!!!」


 言葉とともに握っている手に全力を込める。



 ぱりん。



 ガラスが割れるような音とともにモヤッとボールが手のなかで爆ぜる。


 そして、強烈な光が部屋に広がる。


 ギュッと目をつぶる。

 直ぐに光がおさまり、そーっと目を開ける。


 何がおこった?


 みれば、窓のそとのの黒い影はいなくなっていた。


 本当に、なんだったんだ。

 頭のなかははてなだらけだった。


 さっきまでモヤッとボールを掴んでいた手のひらをみれば、トゲが突き刺さった痕からダラダラと血が流れていた。

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